第25話 「憤怒の残響 ― Prototype-02/WRATH」
――アルディナ拠点・戦術情報室。
薄暗い室内を、無数のホログラムが青白く照らしていた。
空中へ展開された立体映像。
灰の都市。
崩壊したビル群。
そして――
《Prototype-01/ORDER》との交戦記録。
ノアの蒼白の軌跡。
アシュレイの銀弾。
二つの線が交差し、“秩序”を切断した瞬間の映像が、何度も繰り返し再生されている。
ネオンは椅子へ深く腰掛けたまま、その映像を無言で見つめていた。
指先が高速で端末を叩く。
数式。
波形。
弾道予測。
空気密度。
通常の兵士なら理解すらできない情報群が、彼女の視界を流れていく。
隣では、リリスが静かに画面を覗き込んでいた。
「……改めて見ると異常ね。」
白金の刻印が、鎖骨の下で淡く揺れる。
「この距離で誤差ゼロ。しかも、お互いの動きを“見ないまま”合わせてる。」
ネオンは目を細めた。
「視覚で合わせてないからよ。」
映像を止める。
ノアが踏み込む瞬間。
アシュレイが引き金を引く瞬間。
完全に同時。
誤差、〇・〇〇一秒以下。
「ノアは空間の“揺らぎ”を読む。」
ネオンが静かに言う。
「アシュレイは、その“間”に呼吸を合わせる。」
映像がスロー再生される。
灰が舞う。
光輪が開く。
そして、二人だけが同じ瞬間を見ている。
「計算じゃない。」
ネオンの声が低くなる。
「戦場の“呼吸”で噛み合ってる。」
リリスは小さく息を吐いた。
「……まるで、動く秤。」
ネオンが笑う。
だが、その笑みはどこか疲れていた。
「ゼロバレットって名前は伊達じゃないわ。」
一拍。
「“ゼロ”の状態で戦う。」
感情。
迷い。
恐怖。
怒り。
全部削ぎ落として、ただ均衡だけを残す。
「でも、それがどれだけ危険か……本人たちは分かってない。」
リリスが視線を落とす。
モニターの中のノア。
感情を削りすぎた少年。
そしてアシュレイ。
静寂の中でしか生きられない狙撃手。
「壊れるわよ、いつか。」
リリスが小さく呟く。
「人間のままじゃいられない。」
ネオンは否定しなかった。
ただ静かに、ノアの胸の刻印を拡大する。
蒼白の天秤。
「でも、あの印は“力”じゃない。」
画面へ触れる。
「誓いよ。」
責任。
均衡。
誰かが壊れれば、自分が支える。
誰かが傾けば、自分が戻す。
ゼロバレットとは、“そういう集団”だった。
その瞬間――
警報。
赤い光が室内を染め上げた。
ビィィィィィ――!!
ホログラムが切り替わる。
旧リスボニア地下区画。
深度表示が、一気に赤へ変わる。
ネオンの顔から笑みが消えた。
「地中熱源反応、急上昇。」
解析窓が次々展開される。
熱量異常。
重力波歪曲。
感情増幅フィールド。
識別コード――
【Prototype-02/WRATH】
リリスが目を細める。
「……怒りの模造体。」
ネオンが頷く。
「ORDERより危険。」
「理由は?」
「理性がない。」
静かに答える。
「秩序は計算する。でも憤怒は、壊す。」
沈黙。
赤い警報灯だけが点滅する。
リリスが低く問う。
「……またノアを行かせるの?」
ネオンは少しだけ目を伏せた。
「今度は一人じゃない。」
モニターに映る。
蒼白。
銀。
二つの波形。
「今のあの領域へ入れるのは、あの二人だけ。」
――地下五階・旧動力区。
空気が、重かった。
熱ではない。
圧力。
感情。
もっと原始的な何か。
通路の壁が、わずかに震えている。
配管の奥から、低い振動が響いていた。
ゴォォォ……。
まるで巨大な心臓が脈打っているようだった。
ノアはゆっくりと歩く。
足音を殺しているわけではない。
この空間が、“音を吸っている”。
背後では、アシュレイが《Silverline》を構えたまま周囲を見ていた。
銀の瞳が、暗闇を静かに舐める。
「……嫌な場所だな。」
低い声。
「怒りの匂いがする。」
ノアは前を向いたまま答える。
「WRATHは感情反応を検知する。」
一拍。
「怒れば怒るほど、出力が上がる。」
アシュレイが苦笑した。
「じゃあ今日は、“無表情大会”か。」
「得意だろ。」
「お前もな。」
短いやり取り。
だが、その空気は妙に自然だった。
崩れた隔壁を越える。
その先。
巨大な空洞。
動力区画。
床一面が焼け焦げていた。
鉄が溶けている。
コンクリートが泡立っている。
そして、その中央。
二つの人影。
「……ラザロ!」
カリナが先に駆け出した。
ラザロとダリオが倒れている。
呼吸はある。
だが、意識がない。
ノアが膝をつき、ラザロの脈を確認する。
「生きてる。」
アシュレイが傷口を見る。
その瞬間、眉が動いた。
「……これ。」
弾痕。
銀色に焼けた裂傷。
「俺の弾だ。」
苦く呟く。
「戦闘の時の傷が、まだ閉じてない。」
ノアが周囲を見る。
「熱で再生阻害されてる。」
空気が、揺れた。
次の瞬間。
ゴォォォォォ――ッ!!
地面が震えた。
鉄骨が軋む。
照明が一斉に赤へ変わる。
アシュレイが立ち上がる。
「……来る。」
熱風。
だが、ただの熱ではない。
感情だった。
怒り。
憎悪。
殺意。
むき出しの衝動が、熱になって空間を焼いている。
そして。
暗闇の奥から、“それ”が現れた。
赤黒い巨体。
溶けた鉄を踏み潰しながら歩く。
全身を這う神経ケーブル。
内部で脈打つ赤い光。
頭部はない。
代わりに、胸部中央の巨大な発光孔が、心臓のように脈動していた。
ドクン。
ドクン。
空気そのものが震える。
《Prototype-02/WRATH》。
憤怒の模造体。
アシュレイがスコープを覗く。
熱源表示が振り切れていた。
「……出力異常。」
低く呟く。
「戦車砲どころじゃない。」
ノアは《ブランク・リッジ》へ手をかけた。
「感情波で増幅してる。」
一拍。
「理性がない分、“止まらない”。」
その瞬間。
《WRATH》が腕を振り上げた。
空気が爆ぜる。
ドゴォォンッ!!
今度は“音”があった。
衝撃波。
鉄骨が吹き飛ぶ。
床が砕ける。
コンクリート片が弾丸みたいに飛び散る。
ノアが跳ぶ。
アシュレイが撃つ。
銀弾。
だが――
着弾直前。
弾丸が、赤熱して溶けた。
「……っ!」
アシュレイが舌打ちする。
「熱で弾道が死ぬ!」
ノアが叫ぶ。
「違う!」
灰が逆巻く。
「怒りそのものだ!」
《WRATH》の周囲では、“敵意”へ反応して熱量が増幅している。
怒り。
殺意。
敵対感情。
それら全部が、怪物の燃料だった。
アシュレイがゆっくり息を吐く。
「……なるほど。」
ライフルを構え直す。
呼吸が消える。
心拍が落ちる。
「怒りが燃料なら――」
銀の瞳が静かに細まる。
「無で撃つ。」
ノアが頷いた。
《蒼白の天秤》が光る。
ドクン。
「無に還せ。」
その瞬間。
アシュレイの存在感が、消えた。
敵意ゼロ。
殺意ゼロ。
ただ、“引き金を引く動作”だけが残る。
《WRATH》の熱量が、一瞬だけ揺らいだ。
今。
ノアが踏み込む。
蒼白の刃が走る。
《WRATH》の重心が崩れる。
同時。
銀の閃光。
今度は溶けない。
一直線。
赤い発光孔へ突き刺さる。
ドォォォォンッ――!!
爆発。
赤い熱が吹き荒れる。
衝撃で壁が裂ける。
ラザロを庇ってカリナが地面へ伏せる。
アシュレイは煙の中で目を細めた。
「……終わったか?」
熱が晴れる。
そこには。
崩れ落ちた《WRATH》があった。
赤い光が、ゆっくりと消えていく。
ノアが刃を下ろす。
「中枢停止。」
静かに告げる。
「出力、消失。」
アシュレイが煙草を咥える。
「このサイズで試作品。」
火を点ける。
「ザラキエルってやつ、どんな神様気取りだよ。」
ノアは答えなかった。
ただ、《WRATH》の胸部を見つめる。
そこに刻まれていた文字。
【秩序の継承】
ノアの瞳が細くなる。
「……怒りの次は、静寂か。」
アシュレイが煙を吐く。
「感情で繋がってるってわけか。」
「均衡を取ってる。」
ノアが低く言う。
「感情で世界を測ってる。」
その時。
ラザロが咳き込みながら目を開けた。
「……っ、は……」
カリナが駆け寄る。
「ラザロ!」
ラザロはぼやけた視界のまま、アシュレイを見る。
「……お前。」
苦笑。
「助けたのか。」
アシュレイは肩をすくめた。
「撃ったのも俺だ。」
煙を吐く。
「帳消しだろ。」
ダリオもゆっくり起き上がる。
端末を確認する。
その瞬間、顔色が変わった。
「……ノア。」
低い声。
「上層から通信。」
ノアが振り返る。
ダリオが端末を握る手を強くした。
「熱源反応が、もう一つある。」
沈黙。
ノアの視線が上を向く。
「……静寂。」
アシュレイが《Silverline》を担ぐ。
銀の瞳が細くなる。
「怒りの次は沈黙、か。」
一拍。
「今度は、耳が壊れる前に終わらせるぞ。」
ノアは静かに頷いた。
崩壊した《WRATH》の残骸。
その赤い光が、まだ微かに脈打っている。
まるで。
消えた感情を探しているように。
そして。
地下深く。
港湾区の方向から。
“音が消えていく波”が、静かに広がり始めていた。
――次回更新:明日17:30公開予定
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも面白いと感じていただけたら、ブックマーク・評価・感想で応援していただけると嬉しいです。
『ゼロバレット』続編、第26話「静寂の境界 ― Prototype-03/SILENCE」――
をお楽しみに。




