第18話 「秤に誓う ― 刻印の義」
夜。
拠点は静かだった。
騒ぎもなく、足音も少ない。
ただ、遠くで風が壁を撫でる音だけが続いている。
ノアは一人、廊下に立っていた。
左胸に手を当てる。
ドクン。
鼓動が、少しだけ重い。
刻印。
蒼白の天秤。
皮膚の上にあるはずなのに、
感覚はもっと深い場所にある。
ドクン。
(……まだ慣れないな)
指でなぞる。
熱はない。
だが、触れるたびに何かが返ってくる。
「気になるか?」
後ろから声。
ネロだった。
壁にもたれ、腕を組んでいる。
「……少し」
ノアは振り返らずに答える。
ネロは自分の首筋に指を当てる。
そこにも刻印があった。
銀色。
光は弱いが、確かにそこにある。
「最初はそんなもんだ」
軽く叩く。
「焼いた時の痛みは一瞬だがな」
一拍。
「残るのは、こっちだ」
指が、刻印の位置に止まる。
ノアは何も言わない。
その時。
廊下の奥から足音が近づいてきた。
リリス。
カリナ。
カイン。
カサンドラ。
ルアン。
それぞれが、自然に集まってくる。
呼んだわけでもない。
だが、誰かがそこにいると分かると、自然と集まる距離だった。
カインが手を振る。
「おー、新入り。もう慣れたか?」
「……まだ」
「だよな!」
カインは笑う。
その手の甲にも、刻印がある。
桃色。
動くたびに、わずかに光る。
カリナは壁に背を預ける。
太ももに刻まれた紅が、短パンの隙間から見えた。
「まあ、そのうち慣れるわよ」
軽く言う。
「嫌でもな」
リリスはノアの胸を見る。
少しだけ目を細める。
「ちゃんと“乗ってる”わね」
「乗ってる?」
「重さよ」
微笑む。
「刻印ってね、ただの印じゃないの」
指先で、自分の鎖骨の下に触れる。
白金の光。
「そこにある限り、勝手に“均衡”を取ろうとする」
ノアはわずかに眉を動かした。
「均衡……」
「そう」
今度はカサンドラが口を開く。
背中を壁につけたまま、腕を組む。
「誰かが前に出すぎれば、誰かが引く」
「誰かが止まれば、誰かが動く」
短い説明。
「それだけよ」
ネロが小さく笑う。
「だから崩れねぇ」
ルアンは少し離れた場所にいた。
腕を組み、全体を見ている。
「十一」
低く言う。
「ようやく揃った」
誰も返さない。
だが、その言葉は全員に届いていた。
その時。
足音。
ソフィアが来た。
白いシャツ。
髪は下ろしたまま。
戦場の時とは違う姿。
だが、空気は同じだった。
ノアの隣に立つ。
「慣れそう?」
「……まだ分からない」
正直に答える。
ソフィアは小さく頷いた。
「それでいい」
ノアの胸を見る。
蒼白の天秤。
「刻印はね、説明して分かるものじゃないの」
手を伸ばす。
触れはしない。
少し手前で止める。
「持ち続けて、初めて分かる」
ノアは視線を落とす。
ドクン。
さっきより、少しだけ重い。
ネロが口を開く。
「要するにだ」
全員を見渡す。
「一人で動くなってことだ」
カリナが笑う。
「シンプルすぎでしょ」
「事実だろ」
短いやり取り。
ノアはそれを聞きながら、胸に手を当てる。
重さ。
さっきより、少しだけ“分かる”。
(……一人じゃない)
小さく息を吐く。
ソフィアが言う。
「ゼロバレットは、単独で動く集団じゃない」
一拍。
「全員で一つの秤」
ネロが続ける。
「傾いたら、支える」
リリスがグラスを持ち上げる。
いつの間にか持っていた。
「じゃあ――」
微笑む。
「均衡に」
カインが乗る。
「乾杯だな!」
カリナが肩をすくめる。
「ほんと、そういうノリ好きよね」
それでも、全員がグラスを持つ。
ノアは少し遅れて、グラスを取る。
軽い。
だが、手の中の感覚は変わっていた。
胸の刻印に触れる。
ドクン。
(……分かる)
グラスを上げる。
「……乾杯」
小さく言う。
音が重なる。
チン。
静かな夜に、軽い音だけが響いた。
――次回更新:明日6:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、第19話「灰色の予兆 ― 出撃前夜」――
をお楽しみに。




