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【連載版】悪役令嬢に転生したけど、ここ乙女ゲームじゃなくてRPGでした ~それでも、やれることをやるだけです~  作者: スナハコ


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9.公開模擬戦、受けて立つわ

 ギルド併設の訓練迷宮は、普段なら薄暗い練習場でしかない。


 それが今日は、通路の上に仮設の観覧席が組まれ、柱という柱に魔力灯がぶら下がり、受付前の広場には屋台まで出ていた。焼きソーセージの煙が天井の石組みに当たって横に流れている。匂いだけなら祭りだ。中身は——公開処刑に近い。


 少なくとも、観客はそう思っている。


「ノブレス・オブリージュ対グローリークラウン、三旗制圧戦。制限時間三十分」


 掲示板に貼られた告知の文字を、わたしはもう一度目で追った。殲滅不要、制圧数で勝敗。模擬迷宮内に旗が三本。先に二本押さえた側が勝ち。——ルールだけ見れば、わたし向きの勝負だ。


 問題は、観客の九割がそう思っていないことだった。


「あれが戦えない指揮官ってやつ?」


「まあ見世物としては面白いんじゃない」


「グローリークラウンが何分で終わらせるかだな」


 声が聞こえる。わざわざ小声にする気もないらしい。


 わたしは扇子を開いた。本来は日よけ用に買ったものだけれど、口元を隠すのに便利だったので最近は常備している。扇の向こう側で、唇の端が少し引きつったのは見せなくて済んだ。


 ——大丈夫。想定通り。下馬評は低い方が、ひっくり返したときに絶景になるわ。


 ◇


 観覧席に腰かけて、わたしはグローリークラウンの四人を見ていた。


 彼らは迷宮入口の反対側——東ゲート側で準備をしている。装備の手入れをしながら、軽く会話を交わし、ときどき笑い声が混じる。余裕がある。余裕を見せているのではなく、本当に余裕があるのだろう。その差が一番怖い。


 わたしの中で、四人の輪郭が色分けされるように分かれた。


 レオン・アークライト。剣を提げて中央に立っている。体格は中肉だけれど、重心の置き方が違う。どの角度からでも一歩で前に出られる構え。周囲の視線を集めて、それを当然のように受け止めている。——突撃型のエース。開幕で前に出て、戦場の空気ごと持っていくタイプ。


 その右後ろ。大盾を壁に立てかけている男。体を動かさず、ただ待っている。レオンが動く前提で、自分は定位置を守る役割。——盾役。守備固定。


 左手の柱に背を預けている女性。弓を持っている。目が忙しい。わたしたちの方、迷宮の入口、観客席、レオン。視線が常に動いている。——弓手。先行索敵。戦闘が始まる前に情報を取る役だ。


 最後の一人は少し離れた場所で、杖を磨いている。立ち位置がレオンからちょうど中距離。レオンが突っ込んだあとの面を制圧する配置。——魔術師。中距離制圧。


 四人の役割が、きれいに見える。


 そしてそれは——きれいすぎた。


 レオンが切り込み、盾が守り、弓が索敵し、魔術師が面で抑える。教科書のような構成。穴がない。個々の能力も高い。正面からぶつかれば、うちが勝てる要素はほとんどない。


 だから、正面からぶつからなければいい。


 ◇


「勝ち条件を確認するわ」


 わたしは自分のパーティに向き直った。東ゲートの反対側、西ゲート前の控え室。石壁に囲まれた狭い部屋で、ガレスが壁に背を預け、ミアが隅の椅子に座り、エルトが立ったままこちらを見ている。


「相手を倒す必要はない」


 ガレスの眉が動いた。


「旗を二本先に押さえる。それだけ。殲滅は勝利条件に入っていないの。つまりレオンを打倒する必要も、全員を倒す必要もないわ」


「でも」とエルトが手を上げかけた。


「向こうが攻めてきたら——」


「受けるわ。でも目的が違う。向こうは強い相手を叩き潰すことに慣れている。わたしたちは旗を取ることだけに集中する。戦闘は、旗を取るための手段。それ以上でも以下でもない」


 ミアがフードの奥から、ぼそっと言った。


「……人を倒すんじゃなくて、旗取り」


「そう。よくわかってるわね」


 ミアのフードがわずかに揺れた。頷いたのか、照れて俯いたのか、判別がつかない。


 ◇


「配置を決めるわ」


 わたしは控え室の壁にかけてあった模擬迷宮の簡易地図を指でなぞった。三叉路が多く、中央広間を挟んで東西に分かれる構造。旗は北端、中央広間、南通路の突き当たりに一本ずつ。


「ガレス。あなたの仕事はレオンを止めること」


「倒すんじゃなくて、止める?」


「止めるだけでいい。レオンは突撃型よ。開幕で一番目立つ獲物に向かってくる。あなたが正面に立って、通路を塞いで、前に出させない。それだけで相手の最大火力が盤面から消える」


 ガレスが顎を引いた。


「前に出る、止める、退かない。——それならわかる」


「ミア。あなたは中央広間に続く通路を焼きなさい。通せんぼよ。敵の魔術師と弓手が中央に合流するルートを塞ぐの。精度はいつも通り、わたしが指示するから」


「……焼くだけでいいの」


「焼くだけでいい。人に当てなくていいわ。床と壁を焼いて、通れなくすればそれで十分」


 ミアの肩から、ほんの少しだけ力が抜けた。


「エルト。あなたは前半、魔力を使いすぎないで。ガレスの維持に最低限の補助だけ。後半、わたしが合図を出したら全力で支援に切り替えて」


「前半は温存、ですね。わかりました」


 エルトの声はいつもより低かった。顔には出さないけれど、緊張しているのだろう。爪先がかすかに床を叩いている。


「わたしは全体の導線を見る。相手が迷宮のどこを通って、どの旗を狙うか。それを読んで、あなたたちを動かす。わたしが走り回る必要はないわ。声が届く位置にいれば、それでいい」


 四人の配置が、頭の中で地図に重なった。


 勝てる。——いいえ、勝てるかもしれない。正直に言えば、確信はない。ただ、勝ち筋は見えている。あとはそれを、三十分の中でどれだけ正確に引けるか。


 ◇


 控え室を出ると、レオンが待っていた。


 正確には、通路の真ん中に立って剣の柄に手を置いていた。すれ違うだけなら避ければいいのに、わざわざ正面に来ている。


「指揮官殿」


 声に嫌味は薄い。ただ、確信がある。自分が勝つという確信。それが声の温度から伝わってきた。


「せっかくの公開戦だ。少しは見せ場を作ってくれよ。一方的だと観客が退屈する」


 わたしは扇子を閉じた。


「ご心配なく。退屈はさせませんわ」


「期待してる。——ああ、ひとつ聞いていいか」


 レオンが半歩、近づいた。金色の髪が、魔力灯の光を弾いて少しだけ眩しい。目の奥に、本気の問いがあった。


「お前は、何が楽しいんだ」


「何が、とは?」


「自分で剣を振らない。魔法も撃たない。後ろに立って指示を出すだけ。——それで冒険者をやる意味があるのか。俺にはわからない」


 純粋な疑問だった。見下しているのとは少し違う。剣で前に立つことしか知らない人間の、本当の不思議。


 わたしはレオンの目を見た。


 ——この男は厄介だ。


 強いだけなら対処のしようがある。速いだけなら地形で殺せる。


 だがレオン・アークライトの本当の怖さは、剣でも速度でもない。この男がいるだけで、周囲の人間が勝手に彼の物語の登場人物になる。


 質問されれば答えたくなる。挑まれれば受けたくなる。彼の土俵に上がることが、なぜか正しい選択に感じられてしまう。


 天性のものだろう。努力で身に着けたのではなく、たぶん生まれた時からそうだった。空気を掴むのではなく、空気の方が彼に合わせる。


 前世の会社にもいた。会議室に入っただけで議題の重心がずれる人物。ああいうのは理屈で対抗してはいけない。同じ空気を吸った時点で、質問に答えた時点で、もう相手の盤面にいる。


 だから、乗らない。

 彼の空気を吸わない。わたしの盤面で呼吸する。


「楽しいかどうかは、終わったあとに教えてあげますわ」


 レオンがわずかに目を細めた。期待した反応と違ったのだろう。一瞬だけ間があって、それから口角が上がった。


「いい度胸だ。——じゃあ、その通りにしてもらおうか」


 背を向けて去っていく足音が、石の通路に硬く響いた。靴底の減り方が左右で微妙に違うのが目に入った。右足の踏み込みがわずかに強い。初動は必ず右から入る。


 ——ありがとう。もう一つ、材料が増えたわ。


 ◇


 開始五分前。


 西ゲートの前に、四人で並んだ。


 石の扉はまだ閉じている。向こう側には模擬迷宮が広がっていて、三つの旗が待っている。その先に——たぶん、わたしたちの答えがある。


 ガレスが大剣の柄を握り直した。鎧の隙間から覗く腕の筋が、一度だけ跳ねた。


 ミアはフードを深くかぶったまま、杖を抱えるように持っている。指先だけが白い。


 エルトが小さく息を吐いた。目を閉じて、また開ける。瞳はまっすぐ前を向いていた。


「ガレス」


「おう」


「レオンより先に折れたら怒るわよ」


「折れねえよ。そういう役だろ」


「ミア」


「……なに」


「観客のことは忘れなさい。あなたの世界は、通路の幅と射線だけでいい」


 フードの奥で、小さく息を吸う音がした。


「エルト」


「はい」


「あなたが持たせれば、わたしたちは勝てる。信じなさい」


「——はい。信じます」


 三人の顔を見渡した。寄せ集めのパーティ。脳筋と引きこもりとお人好しと、戦えない令嬢。誰がどう見ても不利で、誰がどう見ても負ける側で。


 だから——ひっくり返す価値がある。


「勝つわよ」


 声が、思ったよりも静かに出た。


「戦力差の言い訳ができない形で」


 鐘が鳴った。


 石の扉が、左右にゆっくりと開いていく。向こう側から湿った空気が流れ込んできて、魔力灯の光が通路の奥へ細く伸びた。


 観客席のどよめきが、扉の隙間から遠く聞こえる。


 わたしは一歩、踏み出した。

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