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【連載版】悪役令嬢に転生したけど、ここ乙女ゲームじゃなくてRPGでした ~それでも、やれることをやるだけです~  作者: スナハコ


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18.これ、完全に攻略UIじゃない

 宿の部屋で、天上を見つめていた。


 眠れなかったわけではない。明け方に一度目が覚めて、それからずっと考えていた。昨日の遺跡のこと。壁の紋様のこと。わたしにだけ読めた、あの導線図のこと。


 なぜ読めるのか。


 外界観測の延長なのか。転生の副産物なのか。それとも、この世界そのものの仕組みなのか。


 わからない。前世の記憶を全部ひっくり返しても、手がかりがない。転生もののテンプレには「チート能力」というやつがあるが、あれは大抵、本人が理解できる範囲の能力だ。剣が強いとか魔法が使えるとか。わたしのこれは――自分でも何なのか分かっていない。


 怖い。それは認める。


 でも、使わないという選択肢は存在しなかった。


 わたしには戦闘スキルがない。剣も振れない。魔法も撃てない。使えるものを使わなければ、このパーティは前に進まない。わたしが立ち止まれば、三人が止まる。


 天上の木目の節が、ちょうど目の模様に見えた。古代遺跡の壁紋様とは何の関係もない、ただの木の節。当たり前だ。何でもかんでも意味があるように見え始めたら、それこそ危ない。


 起き上がった。着替えて、顔を洗って、鏡を見た。プラチナブロンドの巻き髪が寝癖で少し崩れている。直す。悪役令嬢が寝癖のままギルドに行くわけにはいかない。



 朝のギルド。いつものテーブル。


 ガレスがパンを齧っている。エルトが紅茶を淹れている――わたしが淹れた方がおいしいのだけれど、この子が張り切っているのでたまには任せる。ミアはテーブルに突っ伏している。平常運転。


「昨日の遺跡の件。続きの依頼が来ているわ」


 セシリアから朝一番に渡された依頼書を広げた。


 朽ちた祭壇遺跡・深層部。昨日の炉心安定化が成功したことで、これまで封じられていた深層部への道が開いた。内部調査と、存在が推測される第二炉心の確認。ランクB+。


「またあの遺跡か」


 ガレスがパンを飲み込む。


「昨日ので終わりじゃなかったのか」


「炉心が安定したら奥の封印が解けたらしいわ。よくある構造ですわね」


「よくあるのか?」


「RPG――いえ、冒険譚としてはよくある構造よ」


 危なかった。


 ミアがテーブルから顔を上げた。髪が顔に張り付いている。


「……あの模様、また読めるの」


「たぶん」


「たぶん、か」


「確証はないわ。でも――昨日と同じ種類の紋様があれば、読めると思う」


 ミアがしばらくわたしの顔を見ていた。何かを言いかけて、やめた。代わりに「行く」とだけ言って、またテーブルに突っ伏した。エルトが紅茶を差し出すと、突っ伏したまま手だけ伸ばして受け取った。器用だった。



 遺跡の深層部は、昨日とは空気が違った。


 封印が解けたばかりのせいか、魔力の密度がさらに高い。松明の火が青みを帯びる。ミアが無言で杖を握り直した。魔力に敏感なこの子には、かなり濃い空間なのだろう。


 そして――壁の紋様は、やはりあった。


 昨日より密度が高い。線が細かく、情報量が多い。わたしの目には、フロアマップが展開されたように見えた。通路の構造、分岐点、罠の種類と位置、敵の配置予測。


 前世で攻略サイトを見ていたときの感覚が、鮮明によみがえった。あのページの構成。太字の見出しがあって、注意事項が赤字で書いてあって、マップ画像に矢印が引いてある。壁の紋様は、あれと同じ機能を果たしている。


 古代戦術盤。


 昨日、祭壇で感じた直感を、今はもう少し整理できる。これは誰かが――古代の誰かが――この遺跡を管理・運用するために残したシステムだ。管理者用の表示。運用者向けのインターフェース。


 そしてわたしは、なぜかそれを読める。


 理由が分からないまま使う。それが怖くないかと聞かれたら、怖い。でも怖いまま使う。


 前世の仕事だってそうだった。仕組みを完全に理解してから動いていたら、一生何も終わらない。


「最初の分岐。右の通路が正規ルートよ。左は――循環路。ぐるっと回って元の場所に戻るだけ」


「なんでわかる」とガレスが聞く。昨日と同じ質問を、昨日より軽い口調で。


「壁に書いてあるの」


「また壁か。まあいい。右だな」


 理由は後でいい、今は通る。ガレスの態度はそういうことだった。理解できなくても、実績を信じて動く。前衛に必要な資質を、この人は最も原始的な形で持っている。


 右の通路を進んだ。壁の紋様が途切れない。十歩ごと、二十歩ごとに新しい情報が現れる。わたしはそれを読み取り、声に変換して三人に渡した。


「この先、床の左半分に圧力板。右壁沿いを歩いて」


「次の部屋の天井に結晶が四つ。三時方向の結晶だけ偽物。触れると崩落する」


「二つ先の曲がり角、内側に待ち伏せ。二体。ミア、角を曲がる前に風刃を内壁に反射させて」


 ミアが「反射角は」と聞き返した。


「四十五度。壁の材質は砂岩だから、風は散る。絞って」


「……了解」


 ミアの風刃が壁に当たり、角の内側に滑り込んだ。悲鳴のような金切り声が響いて、何かが倒れる音がした。角を曲がると、石化した蜥蜴型の魔獣が二体、床に転がっていた。


「確認。二体とも無力化されてる。ガレス、止めを」


「おう」


 淡々と処理していく。昨日のような緊張感はなかった。壁が全部教えてくれるから、未知の恐怖がない。知っている道を歩いているのと同じだ。


 ——その「同じ」に、わたしは少し不安を覚えた。これが当たり前になったら、読めなくなったときに対応できない。依存は危険だ。


 でも今は使う。今は、通る。



 深層部の第三区画で、エルトが声を上げた。


「ヴィクトリアさん。この紋様——教会の記録で見たものに、やっぱり似てます」


 立ち止まった。エルトが壁の一角を指差している。他の紋様より大きく、装飾的な線が加えられた部分。


「思い出したの?」


「全部じゃないんですけど……教会の地下書庫に、古代の祭祀施設に関する記録があって。『戦の盤』って呼ばれていたもので——戦術や陣形を記録・伝達するための仕組みだったと」


「戦術盤」


「はい。でも記録はすごく断片的で、解読もされていなくて。ただの歴史的遺物だと思われていたみたいです」


 古代戦術盤。エルトの記憶と、わたしの読解が、ここで繋がった。


 これは遺物ではない。今も機能している。少なくとも、わたしが見れば。


 ミアが杖を壁に向けた。目を閉じている。魔力を感知するときの、この子の癖だ。


「……エルトが指差したところ、魔力の結節点になってる。他の線が全部ここに集まってきてる」


「ハブ——中継点みたいなもの?」


「たぶん。ここを起点に情報が分岐してる……ような流れ」


 わたしの目にも、それは見えていた。この装飾的な紋様は目次だ。ここから先の区画の構造を一覧で示している。部屋の数、通路の接続、危険度の段階。全部が、この一枚の壁に圧縮されている。


 攻略サイトのエリアマップそのものだった。


「ここから先、部屋が六つ。罠が四箇所。敵が三部屋に配置。最奥に第二炉心がある」


「全部見えてるんですか?」


 ガレスが呆れたように言った。


「全部じゃないわ。七割くらい。欠損してる部分がある」


「七割見えてりゃ十分だろ。残りはこっちで対応する」


 その通りだ。完璧な情報はない。でも七割の地図があれば、残り三割の不確実性は対処できる。


 ガレスが剣の柄を叩いた。


「で、何殴ればいい」


「まだ早いわ。先に罠を処理する」


「了解」


 文句を言わなかった。二週間前のガレスなら「早く殴らせろ」と言っていたはずだ。いや、言っていたかもしれないが、わたしの指示を待つことも覚えた。待った方が、結果的に一番いい位置で振れると知ったからだ。



 六つの部屋を、予定通りに抜けた。


 罠は四箇所中三箇所が紋様の指示通り。一箇所だけ、紋様が欠損していて読めなかった部分があった。そこではミアの魔力感知が補った。「ここ、流れが不自然に曲がってる」という一言で、床下の圧力機構を回避できた。


 わたしが読めない部分を、ミアが感じ取る。完全ではないが、二人の感覚が補完し合っている。


 敵の配置も概ね正確だった。三部屋中二部屋は紋様の通り。一部屋だけ、数が一体多かった。


「三体って言ったじゃねえか」とガレスが四体目を叩き伏せながら言った。


「紋様が古いのよ。情報が更新されていないわ」


「書き直してくれよ」


「古代の遺物に書き直しを求めないで」


 ミアが「ゲームの修正みたい……」と呟いた。ゲーム。その言葉をこの子が口にするたびに、わたしの胸の奥がざわつく。


 最奥の部屋に辿り着いた。第二炉心。昨日の第一炉心より小さいが、構造は同じだった。青白い光が脈動し、周囲の壁に紋様が密集している。


 エルトが補修術を使い、ミアが魔力の流れを補助する。わたしは紋様を読んで損傷箇所を指示する。ガレスは入口で警戒。役割分担が自然に回った。


 三十分ほどで第二炉心も安定化した。


「依頼完了よ」


 エルトが額の汗を拭いた。ミアが壁にもたれかかった。ガレスが剣を鞘に収めた。


 先週のパーティが三日かけて到達できなかった深層部を、わたしたちは一日で踏破し、炉心を安定化させた。普通なら考えられない速度だ。


「なあ」


 ガレスが言った。


「これ、お前の目がなかったら無理だったよな」


「そうね」


「すげえけど、ちょっと怖えな。正直」


 ガレスにしては珍しく、率直に感情を口にした。怖い。そう言ってくれる人がいることが、少しだけ救いだった。わたしも怖いのだから。


「怖くても使うわ。使える以上は」


「ああ。俺もそう思う。理由は後でいい」


 その言葉は、たぶんガレスなりの信頼の表現だった。



 遺跡を出た。


 夕暮れの空の下で、荷物を整理していたとき——セシリアから預かっていた追加書類の封を切った。ドノヴァンからの補足情報。


 遺跡の深層部、さらにその先に未踏の領域が確認されたこと。


 そして——その領域から、知性体の反応があること。


「知性体?」


 エルトが首をかしげた。


「ただの魔獣じゃないってことだ」


 ガレスの声が低くなった。


 ミアがフードの奥から目だけ出して、書類を覗き込んだ。


「……Aランク級って書いてある」


 書いてあった。小さな字で、但し書きのように。「推定Aランク級の知性型ボスの存在が示唆される。詳細不明。要警戒」。


 Aランク級。知性型。つまり、力だけでなく頭を使って戦ってくる相手。


 わたしは書類を畳んで、鞄に仕舞った。


「今日は帰るわ。続きは、準備を整えてから」


「準備って、何をする」とガレスが聞いた。


「知性型の相手に、力押しは通じない。こちらも頭を使う。——わたしの得意分野ですわ」


 言いながら、内心では計算が始まっていた。古代戦術盤が読めるこのアドバンテージ。知性型ボスに対して、どこまで通用するか。紋様が敵の行動パターンまで教えてくれるのか。それとも、構造情報だけで打ち止めなのか。


 わからないことだらけだった。


 でも——わからないまま前に進むことには、もう慣れ始めている。


 帰りの馬車で、ミアが隣に座った。珍しいことだった。普段は一番端の、人から遠い席を選ぶのに。


「ヴィクトリア」


「何?」


「あの模様。わたしにも、いつか読める?」


 わたしはしばらく考えた。正直に答えた。


「わからない。でも——あなたは、わたしとは違う形で、すでに感じ取っている。それは読むのとは違うけれど、同じくらい大事なことだと思う」


 ミアは何も言わなかった。馬車の揺れに身を任せて、フードの隙間から夕焼けを見ていた。


 知性型ボス。Aランク級。古代戦術盤。読めることの意味。


 考えることが多すぎて、頭がパンクしそうだったけれど——隣にいる小さな魔法使いの横顔を見ていたら、不思議と落ち着いた。


 一人で抱えなくていい。全部を理解しなくていい。わたしが読んで、ミアが感じて、ガレスが立って、エルトが繋ぐ。


 そういうパーティだ。


 馬車が街に着く頃には、星が出ていた。

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