表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】悪役令嬢に転生したけど、ここ乙女ゲームじゃなくてRPGでした ~それでも、やれることをやるだけです~  作者: スナハコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/19

17.古代遺跡の画面がわたしにだけ読める

 依頼書の文面は簡潔だった。


 朽ちた祭壇遺跡。街の北西。丘陵地帯の地下に広がる古代の祭祀施設跡。


 近年、内部の魔力反応が不安定になり、周辺の魔獣が活性化。原因調査と、可能であれば魔力炉心の安定化を依頼する。ランクB。


 セシリアが補足した。


「先週、別のパーティが調査に入ったんですが、内部構造が複雑で奥まで到達できなかったそうです。罠も多いようで……」


「罠迷宮系ですわね」


 罠迷宮。先日グローリークラウンが詰まったのも罠迷宮だった。力押しが通じない、構造把握と判断力が求められる依頼。わたしたちの得意分野だ。


 ガレスが依頼書を覗き込んだ。


「古代遺跡か。殴れんのか?」


「遺跡は殴らないで」


「モンスターの方だ」


「多分出るわ。でもそっちは本題じゃない」


 ミアが受付のカウンターの端、人通りの少ない側に張り付いたまま、小さく呟いた。


「……古代、か」


 その声に、わずかに引っかかるものがあった。



 丘陵地帯の入り口から地下へ降りる石段は、苔と蔦に覆われていた。エルトが松明を灯し、ガレスが先頭で階段を踏み固める。いつもの隊列。


 地下に入った瞬間、空気が変わった。冷たいとか湿っているとか、そういう物理的な変化ではない。思い、とでも言えばいいのか。空間自体に密度がある感じ。


「ミア、魔力の流れは?」


 ミアが杖を軽く持ち上げた。フードの奥で目を細めているのが、松明の光でうっすら見えた。


「……濃い。あちこちから流れてる。でも――これ」


 足を止めた。


 壁だった。


 通路の左壁に、線が刻まれている。風化してところどころ欠けているけれど、規則的な溝。直線と曲線の組み合わせ。ゴブリンの巣窟で見たもの、結晶蝙蝠の廃塔で見たものと、同じ系統の紋様。


「またあの模様がある」


 ミアの声には、確信があった。三度目だ。偶然ではないと、この子は気づいている。


「前にも見たのか?」


 ガレスが聞いた。


「……二回。最初のダンジョンと、蝙蝠の塔」


「俺は覚えてねえな」


「ガレスは模様なんか見ないでしょ……」


「見ないな。壁は壁だ」


 エルトが松明を壁に近づけた。光に照らされた紋様が、溝の影をくっきりと浮かび上がらせる。


「あ、これ――教会の地下書庫で見た記録に、似てるかもしれません。古代の祭祀に使われた印だったような……。でもうまく思い出せなくて」


「前にも同じこと言ったわね」


「すみません……帰ったらもう一度調べます」


 わたしは壁の紋様に目を向けた。


 ――そして、息が止まった。



 見えている。


 模様が、文字として読める。


 正確には、文字ではない。でも意味がある。


 線の一本一本が、何かを示している。方向。距離。分岐の位置。行き止まりの警告。通路の先にある空間の広さ。


 頭の中で、ゴブリンの巣窟の壁模様が重なった。あのときは気にも留めなかった規則的な線。今にして主言えば、あれもこれと同じものだったのだ。ただ当時は読み方を知らなかった――いや、読めることに気づいていなかった。


 これは地図だ。


 この遺跡の構造をを示す、導線図。


 線を目で追う。右に二本、下に一本、円弧がひとつ。これは――「右の通路に二つ進み、下の階層に降り、回廊を抜ける」。前世でゲームの攻略サイトを見ていたときの、あのフロアマップの感覚に近い。矢印があり、危険表示があり、チェックポイントがある。


 ――なぜ、読める。


 この世界の古代語を知っているわけがない。ヴィクトリアの記憶にもない。わたしの前世の知識にも、当然ない。


 なのに読める。外界観測で人が役割ごとに分類されて見えるように、この壁の模様が――情報として、整理されて見える。


 ゲームのUI。


 その単語が、頭の中で点滅した。


 ステータス画面を初めて見たとき。敵の動きが色分けされて見えたとき。ミアに射線を指定したとき。全部、同じ感覚だった。世界の情報が、わたしにだけ「操作可能な画面」として見えている。


 壁の紋様は、その延長にある。


 冷や汗が出た。服の下で、背中に汗が一筋流れ落ちるのがわかった。



「ヴィクトリアさん? 顔色が悪いですよ」


 エルトの声で、意識が戻った。いや、意識は飛んでいなかった。ただ、壁を凝視したまま数秒間固まっていたらしい。


「……大丈夫よ。少し考え事をしていただけ」


 声が上ずらなかったのは、話術Lv8のおかげだと思う。


 ミアがこっちを見ていた。フードの奥の藍色の瞳が、じっとわたしの顔を観察している。


「……何か、見えた?」


 この子は鋭い。


「見えた、というか――読めた。かもしれない」


「読めた?」


 ガレスが眉をひそめた。


「何がだ? この模様か? ただの線じゃねえか」


「ガレスには線に見えるわよね」


「線以外に見えるのか」


 わたしは壁を指さした。紋様の右端、三本の直線が扇状に広がっている部分。


「ここ。この先の通路が三方向に分岐していることを示しているわ。右が行き止まり。中央が罠のある通路。左が正規ルート」


 三人が壁を見た。それからわたしを見た。また壁を見た。


「……見えねえ」とガレスが言った。率直に。


「見えねえもんは見えねえ。お前にだけ読めるってことか?」


「そうみたいね」


 エルトが困った顔をした。でも、その困り方は「信じられない」ではなく「どうすれば手伝えるだろう」という種類の困り方だった。


「僕には読めません。でも――ヴィクトリアさんがそう言うなら、信じます」


「根拠なく信じるのは危険よ」


「根拠はあります。今までの指示で、外れたことがないですから」


 真っ直ぐすぎる。この子のそういうところは、時々眩しくて困る。


 ミアが杖をかすかに持ち上げた。壁の紋様に向けて、何かを感じ取ろうとしている。


「魔力は……感じる。この線に沿って、何かが流れてる。形は見えないけど」


「流れの方向は?」


「左。左の通路の方に向かってる――と思う。たぶん」


 わたしが壁から読み取った情報と一致する。左が正規ルート。


 ミアには文字としては読めない。でも魔力の流れとして、近いものを感知している。わたしとは違うチャンネルで、同じ情報の端を掴んでいる。


「よし。確認するわ。左の通路を進む」



 左の通路を選んだ。


 五十メートルほど進むと、床の色が変わる場所があった。石の材質が微妙に違う。罠だ――と思った。正確には、壁の紋様がそう告げていた。三歩手前の壁に小さな円形の印があり、それが「ここから先、足元注意」を意味していた。


「止まって。床が変わっているところ、右端の壁際だけ安全よ。一人ずつ、壁に沿って通り抜けなさい」


 ガレスが先に進んだ。壁際に体を寄せて、慎重に。大柄な体が壁にこすれて鎧が嫌な音を立てたが、床は沈まなかった。


「通れたぞ。なんでわかった?」


「壁に書いてるのよ」


「……どこに?」


「あなたには見えない方の壁に」


 ガレスが首をかしげたまま、向こう側で待機した。次にエルト、次にミア。最後にわたし。


 全員が通過した直後、ミアが振り返って床を見た。


「……今、魔力が動いた。踏んでたら起動してた、あれ」


「何の罠?」


「落とし穴か、射出系。魔力の残滓が下に向かってるから、たぶん落とし穴」


 ガレスが「マジか」と呟いた。


 次の分岐点でも、壁に紋様があった。今度は渦巻の中に点が三つ。わたしには「この先、三体の魔獣」と読めた。


「戦闘準備。この先に敵が三体いるわ」


「さっきの壁か?」


「そうよ」


「本当に見えてんだな、お前……」


 ガレスの声に、疑いはなかった。理解できないことへの困惑はあったが、否定する気配はなかった。この人は自分に見えないものがあることを認められる。脳筋と侮れない美点だ。


 角を曲がると、広い部屋に出た。天上が高い。朽ちた柱が何本か立っていて、奥の壁際に――確かに、三体の石像のような魔獣が蹲っていた。体表が石化した蜥蜴型。動きは鈍そうだが、鱗の硬度は厄介に見える。


「ガレス、左の柱を背にして引き付けて。ミア、右の柱の影から二時方向に射線が通る。エルト、中央で双方をカバー」


 三人が動いた。迷いなく。


 壁の紋様が示していた配置図と、実際の空間がぴたりと重なった。柱の位置、部屋の広さ、敵の初期配置。全部、壁に書いてあった通りだった。


 戦闘は三分で終わった。紋様の指示通りに動いただけだ。


 ミアが汗を拭った。


「……普通、ここまでスムーズにいかない」


「壁が教えてくれるんですもの」


「壁は教えてくれない……わたしには」


 少し口を尖らせたように聞こえた。悔しいのかもしれない。魔力の流れは感じ取れるのに、情報として読み解けないことが。


 その後も、壁の紋様を頼りに進んだ。罠を三つ回避し、分岐を二つ正しく選び、最短ルートで遺跡の中核部に到達した。先週のパーティが三日かけてたどり着けなかった場所に、わたしたちは半日で着いた。



 中核部には、大きな祭壇があった。


 石造りの台座に、青白い光が脈動している。魔力炉心、依頼にあった不安定化の原因は、炉心を取り巻く回路――壁や床に刻まれた紋様の一部が損傷していることだった。少なくとも、わたしにはそう見えた。


「ミア。炉心の周りの魔力の流れ、どう?」


「……乱れてる。三箇所くらい、流れが途切れてる」


「どこ?」


 ミアが指差した場所と、わたしが壁から読み取った損傷個所が一致した。三箇所中三箇所。


 エルトが損傷個所を覗き込んだ。


「これ、僧侶の補修術で一時的に魔力の流れを繋げられるかもしれません。教会で習った古い祈祷に、似たようなものがありました」


「やってみて。ミアは魔力の方向を補助して。流れが正しく繋がるように」


 二人が作業を始めた。ガレスは部屋の入り口に立って周囲を警戒している。やることがないと手持ち無沙汰になるこの人は、こういうとき黙って壁になるのが上手くなった。


 わたしは祭壇の紋様を見つめていた。


 他の壁の者より、ずっと精緻な線だった。密度が高く、情報量が多い。全てを読み解けているとは思えないが、断片的にわかることがある。


 これは戦術盤だ。


 配置図であり、導線図であり、危険警告であり、攻略情報。古代の誰かが、この遺跡を「運用する」ために刻んだインターフェース。


 ――インターフェース。


 その言葉を思い浮かべた瞬間、背筋が粟立った。


 ゲームのUI。ユーザーインターフェース。プレイヤーに情報を伝えるための画面表示。


 これは、それと同じものだ。


 古代の遺跡に刻まれる紋様が、わたしにだけ「攻略UI」として機能している。外界観測が人を駒として見るように、この紋様が世界の構造を画面として見せている。


 なぜ。どうして。何の目的で。


 答えは出ない。


 でも――使わない理由もない。怖い。正直に言えば怖い。自分だけに見えるものを信じて行動すると言うことは、自分だけが間違っている可能性を常に抱えると言うことだ。


 エルトが補習を終えた。炉心の光が安定し、青白い脈動が穏やかになっていく。


 ミアが「流れが繋がった」と小さく言った。


「帰りましょう。依頼は完了よ」


 来た道を戻りながら――壁の紋様が、行きとは違う情報を表示しているように見えた。


 帰路用のガイド。


 これ、完全に攻略UIじゃない。


 内心で漏らしたその言葉を、口には出さなかった。出したら、たぶん、何かが決定的に変わってしまう気がした。


 怖さと、興奮が、胃の底でぐるぐる混ざっている。


 ミアが隣を歩きながら、ぽつりと言った。


「……あの紋様。ヴィクトリアが見てるとき、魔力の流れが変わる」


「変わる?」


「見てないときは静か。見てる時だけ、動く。……なんか、起動してるみたいに」


 わたしは何も言えなかった。


 松明の光が揺れて、壁の紋様が明滅した。わたしにだけ読める文字。ミアにだけ感じられる魔力。


 二人の間に、言葉にならない何かが共有された。


 出口の光が見えた。地上の空は、もう夕暮れだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ