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【連載版】悪役令嬢に転生したけど、ここ乙女ゲームじゃなくてRPGでした ~それでも、やれることをやるだけです~  作者: スナハコ


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閑話 前衛は賭場でも退かない

 異変に気付いたのは、朝だった。


 ギルドの食堂でいつもの席に着いたら、ガレスがいない。


 ミアはテーブルに突っ伏している。平常運転。


 エルトは湯気の立つスープを両手で包んで、ふうふう冷ましている。平常運転。


 だがガレスの席だけが空で、パンも残っている。


「ガレスは?」


「あ、ガレスさん、今朝はもう出かけましたよ。何か用事があるって」


 エルトが首をかしげた。わたしも首をかしげた。ガレスに用事。嫌な予感しかしない。


 あの男の用事といえば、剣の手入れか、飯か、酒か。朝からやる用事はそのどれでもないはずだ。


「……昨日の夜、酒場で誰かと盛り上がってた」


 ミアが突っ伏したまま呟いた。片目だけ開いている。


「盛り上がってた?」


「サイコロ振ってた。すごい楽しそうだった。……うるさかった」


 サイコロ。

 

 嫌な予感が、確信に変わった。



 ガレスを探したら、ギルドの裏手にある酒場、赤豚亭にいた。


 朝の九時である。まともな人間が酒場にいる時間ではない。だが扉を開けたら、奥のテーブルに赤毛の大男が立っていた。向かいに二人の冒険者。


 テーブルの上に木製のサイコロが三つと、銅貨の山。


「来いっ! 六! 六を出せ!」


 ガレスがサイコロを振った。からからと転がって、二、三、一、合計六。


「よっしゃあああ!」


 テーブルを叩いた。食器が跳んだ。向かいの冒険者が苦い顔で銅貨を押しやっている。


「ガレス」


 わたしの声が酒場に響いた。ガレスの手が止まる。振り返った顔は、子供が悪戯を見つかった時のそれだった。


 いや、子供の方がまだ取り繕う。この男は取り繕うという概念を持っていない。


「お、おい。ヴィクトリア」


「朝の九時に何をしていますの」


「……情報収集」


「サイコロで?」


「……文化体験」


「銅貨を賭けて?」


 ガレスは三秒ほど黙って、それから観念したように肩を落とした。


「……ギャンブルです」


「知ってますわ」



 ガレスを引きずって食堂に戻った。


 パンの皿を突き出して、まず食え、と言う前に事情聴取をした。指揮官は情報を先に取る。


「いつから」


「昨日の夜。合同依頼の打ち上げで、隣の席のやつにサイコロを教えてもらって」


「それで」


「三回やったら、三回勝った」


「それで」


「朝まで十二回やって、十回勝った」


 十二戦十勝。勝率八割以上。


 ……いや、おかしい。サイコロ賭博でその勝率はおかしい。


「いくら賭けたの」


「最初は銅貨五枚。最後は銅貨三十枚」


「今いくら持ってるの」


 ガレスがテーブルの下から革袋を出した。じゃらりと重い音。


「銅貨二百六十枚」


 ミアが片目を開けた。エルトがスープを置いた。


「「「……」」」


 銅貨二百六十枚。依頼二、三回分。一晩で。


「……すごいじゃん」


 ミアが起き上がった。


「ガレスが頭使って稼いだの、初めて見た……」


「頭は使ってねえ。勘だ」


「……」


「ガレスさん、でもギャンブルはよくないですよ!」


 エルトが正論を出した。


「負けたら大変なことに!」


「負けてねえだろ。十勝二敗だぞ」


「それはそうですけど……」


 エルトが助けを求めるようにこっちを見た。わたしは腕を組んだまま、ガレスの顔をじっと見ていた。


「……なんだよ」


「やめなさい」


「なんでだよ! 勝ってんだろ!」


「勝っているから言っているのよ。――あなた、なぜ勝っているかわかっていないでしょう」


 ガレスが口を開いて、閉じた。図星だった。



「いい? サイコロ賭博で勝率八割は異常よ。普通は五分五分。つまり何かが偏っている」


「俺が強いんだろ」


「サイコロに強いも弱いもありませんわ。偏っているのはあなたじゃなくて――」


 わたしは食堂の隅を見た。朝の食堂は空いている。聞いている人間はいない。


「たぶん、あなたの振り方よ」


「振り方?」


「ガレス。あなた、サイコロを振るとき手首をどう使ってる?」


「どうって――普通に、こう」


 ガレスがエルトのパンをサイコロに見立てて振る真似をした。指先でつまんで、手首を返して、パッと放す。丁寧だが力加減がおかしい。前衛としてたたき上げた手首は、細かい制御が異様にうまい。


「……あなた、無意識で出目を操作していますわ」


「は?」


「手首の角度と力加減で、サイコロの回転数をほぼ一定にしている。たぶん本人に自覚はない、でも前衛の手首の精度で木のサイコロを投げたら、同じフォームから同じで目が出やすくなるの」


「あなたのスキルじゃなくて、あなたの筋肉の問題よ」


 ガレスが自分の手首を見た。握って、開いて、また握った。


「つまり――俺の筋肉がイカサマしてるってことか?」


「意図していないから厳密にはイカサマではありませんけど、仕組みとしてはそう。相手から気づいたら揉めるわよ」


「揉めるのは――まずいか」


「まずいわね」


「でも二百六十枚あるぞ」


「返しなさい」


「いやだ」



 翌朝。


 ガレスが食堂に現れた時、顔色が悪かった。


「負けた」


 椅子に崩れ落ちるように座る。


「いくら」


「百八十枚」


 エルトが「ひえっ」と声を挙げた。ミアが「あー……」と天井を見た。


「相手が変わったのか、それとも――」


「最初は勝ってた。途中から全然ダメだった。振り方を変えたわけじゃねえのに」


「相手が対策したのよ。あなたの手首の癖を見抜いて、賭け金の張り方を変えた。あるいはサイコロを入れ替えた。重心が違うサイコロなら、あなたの筋肉制御は意味がなくなるもの」


 ガレスが顔を挙げた。


「……お前、知ってて放っておいたのか」


「少し考えれば分かることよ」


「それに、止めたでしょう。聞かなかったのはどなた?」


 ガレスが口をつぐんだ。ぐうの音も出ない顔をしている。ぐうの音しか出ない、の方が正確かもしれない。


「で、残りは」


「八十枚」


 一晩で二百六十枚が八十枚。差し引き百八十枚の損失。元手を考えれば、まだ利益は出ているが――


「もう一回やれば取り返せる」


「やめなさい」


「でも――」


「ガレス」


 わたしは声のトーンを一段落とした。戦闘中に使う声だ。指示の声。


 ガレスの背筋が反射的に伸びた。体に染みついた反応。


「ギャンブルで負けた人間が『もう一回やれば取り返せる』と言ったら、それは撤退判断ができなくなっている証拠よ。戦場で同じことを言ったらどうなる?」


 ガレスの顔色が変わった。


 戦場で撤退を拒否する前衛。それがどれだけ危険が、この男は身をもって知っている。


「……退くべき、か」


「退くべきね」


 五秒の沈黙。長い五秒だった。


 ガレスが革袋をテーブルに置いた。じゃらり。


「わかった。――やめる」


「よろしい」


「ただし」


「何」


「この八十枚で肉を食う。全員分。――文句あるか」


 わたしは扇子を開いた。口元を隠す。


「……文句はありませんわ。あなたが奢るなら」


「奢りだ。令嬢にも引きこもりにもお人好しにも、全員に」


「……脳筋」


「うるせえ。食うのか食わないのか」


「食べる……」


「僕も食べます!」


 エルトが挙手した。



 その夜、四人で食堂の一番大きなテーブルを陣取った。


 ガレスが注文した肉の量は常識の範囲を超えていた。牛の丸焼きが出てきたときは目を疑った。テーブルに載り切っていない。


「食え! 遠慮するな!」


「遠慮以前に量がおかしいですわ」


「うめえんだから問題ねえだろ」


 ガレスが骨つき肉を片手で引きちぎりながら笑っている。ミアが静かに芋の付け合わせだけ確保して隅で食べている。エルトが肉と野菜を均等に取り分けて、ミアの皿にそっと野菜を追加している。ミアが無言で野菜をエルトの皿に戻している。エルトがまた戻している。無限ループが発生していた。


「ガレスさん、今日で銅貨全部使い切っちゃいますよ?」


「いいんだよ。明日からまた依頼で稼ぐ」


「ギャンブルでは稼がないの……?」


 ミアが聞いた。


「やめた。——あれは俺の盤面じゃねえ」


 盤面、という言葉をガレスが使ったのは、たぶん初めてだった。


 わたしは紅茶のカップを傾けた。ギルドの食堂の紅茶はいつも通り薄いけれど、今日は少しだけ、美味しく感じた。


「わたしの盤面でもありませんわ。賭場の盤面は見えないもの」


「お前に見えないものがあるのか」


「ありますわよ。わたしは万能ではありませんの」


「嘘つけ」


「嘘じゃないわ」


 ガレスが骨を皿に置いて、不器用に笑った。


「まあ——見えない盤面には近づかねえことにする。見える盤面で、お前が『殴れ』って言ったときに殴る方が性に合ってる」


「ようやくわかりましたの?」


「最初からわかってたわ。ちょっと寄り道しただけだ」


「寄り道で百八十枚溶かさないでちょうだい」


「うるせえ」


 ガレスが新しい骨つき肉に手を伸ばした。エルトが笑い、ミアが芋をもう一つ確保し、わたしは扇子の陰でため息をついた。


 ——明日の依頼の前に、パーティの共有財布の管理を見直そう。ガレスの個人資産に触れる権限はないけれど、パーティ費用から賭場に流れるのだけは阻止しなければ。


 経理は指揮官の仕事ではない。でもこのパーティでは、たぶんわたしがやるしかないのだ。


 脳筋の財布を守るのも、ノブレス・オブリージュですわ。——冗談よ。

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