15.お人好しは後衛の要です
ギルドの掲示板に、合同依頼が出ていた。
《旧城砦地下・掃討作戦》。
複数パーティで地下空間を手分けして相当する形式の依頼で、Cランク以上のパーティが三組必要とされている。報酬は参加パーティで分配。ギルドが定期的に出す、いわゆる消化依頼の一種だ。
わたしたちが受付で手続きをしていると、隣に別のパーティが並んだ。三人編成。前衛二人に攻撃魔法使いが一人、そして――支援役がいない。
そのパーティのリーダーらしき長身の剣士が、こちらを一瞥した。視線がわたしと通り過ぎ、ガレスを見て、ミアを見て、エルトで止まった。
「僧侶か。合同なら支援役が一人いると助かるな」
別に悪い意味で言ったのではないだろう。だが、その言い方には前提があった。
支援役は「いると助かる」存在であって、「いなければ困る」存在ではない、という前提が。
エルトは笑顔で頭を下げた。
「よろしくお願いします」
剣士はうなずいて、連れに一人に小声で言った。聞こえないつもりだったのかもしれないが、わたしの耳には届いた。
「支援一人か。まあ後ろで祈ってもらう分には邪魔にならんだろ」
エルトには聞こえなかったようだ。ガレスには聞こえた。眉が動いたのがわかった。わたしはガレスの腕を軽く押さえた。ここは噛みつく場面ではない。
◇
旧城砦の地下は、予想より入り組んでいた。
三パーティで手分けして相当する予定だったが、構造上、二パーティが隣接した区画を担当する場面がある。わたしたちと先ほどの剣士のパーティ、アイアンクラッドと名乗っていた――が、並行して南側の通路を進むことになった。
最初のに十分は問題なかった。アイアンクラッドは前衛が厚い分、正面突破力がある。通路に出現する亡骸兵を次々と切り伏せていく。攻撃魔法使いが後方から火球を投げ込み、残りを焼く。効率は悪くない。
問題が起きたのは、通路が広間に開けた場所だった。
亡骸兵が八体。それに加えて、骨の弓兵が三体、広間の奥の段差に並んでいた。
アイアンクラッドの剣士が前に出た。前衛二人が亡骸兵を引き受け、魔法使いが弓兵を狙う――普通の判断だ。だが、弓兵が先に撃った。矢が三本同時に飛ぶ。一本が魔法使いの肩をかすめ、詠唱が止まった。
支援役がいない。
回復がない。かすり傷程度なら戦闘続行できるが、魔法使いの集中が途切れた。二射目が来る。前衛は亡骸兵に囲まれていて戻れない。魔法使いが一人で弓兵の射線に晒されている。
「エルト」
わたしは短く呼んだ。
「はい」
エルトはもう動いていた。
わたしが呼ぶ前に、半歩前に出ていた。このお人好しは、他人が危ないと見ると体が先に動く。以前ならそれは欠点だった。全員を助けようとして、誰も間に合わない――そうなる危険があった。
だが今は違う。
「魔法使いに障壁、弓兵は無視。ガレスが前に出ます」
「わかりました」
エルトの杖から淡い光の膜が広がり、アイアンクラッドの魔法使いを包んだ。二射目の矢が光に弾かれる。その間にガレスが亡骸兵の群れを割って前に出て、弓兵の射線を体で塞いだ。ミアがガレスの脇から氷の矢を通し、弓兵を一体ずつ落としていく。
十五秒。それで広間は片付いた。
◇
だが本当の仕事は、そこからだった。
アイアンクラッドの前衛の一人が、亡骸兵の反撃で脇腹で切られていた。もう一人の盾の腕に打撲。魔法使いは肩の傷は浅いが、明らかに詠唱のリズムが狂っている。
三人が同時に支援を必要としている。
以前のエルトなら、全員に走り回っただろう。少しずつ、薄く、広く。結果として誰も回復しない中途半端になる。
エルトは立ち止まった。三人を見渡して、一呼吸置いた。
「剣士さん、脇腹の傷を先に塞ぎます。動かないでください」
剣士が驚いた顔をした。たぶん、僧侶に指示されることに慣れていない。だがエルトの声には迷いがなかった。静かだが、明確だった。
「盾の方は打撲だけなので、次に回します。魔法使いさんは肩を押さえていてください、出血は少ないので三番目で大丈夫です」
順番を決めた。優先度を切った。全員を同時に助けるのではなく、一人ずつ、確実に。
――これは私が教えたことだ。訓練の中で、支援の優先順位を叩きこんだ。致命傷、行動不能、軽傷。この順で処理すれば全体の継戦力が最も高くなる。エルトはそれを、他パーティの相手にも適用してみせた。
剣士の傷が塞がる。盾役の打撲が和らぐ。最後に魔法使いの肩。三人の処置が終わるまで、エルトの手は一度も震えなかった。
わたしは少しだけ、息を吐いた。
エルトの優しさは、以前は散漫だった。誰にでも手を差し伸べようとして、結果として手が足りなくなる。だがそれは優しさの問題ではなく、運用の問題だった。
優先順位さえ与えれば、この男の「放っておけない」という性質は、最も信頼できる支援基盤になる。
やりたいことと、やるべきことの区別がつくようになった。それだけだ、エルトは別人のように安定した。
◇
掃討が終わり、地上に出た。
午後の光が眩しい。地下の湿った空気から解放されて、ミアが「生き返った……」と呟いた。
アイアンクラッドの剣士が、こちらに歩いてきた。
「さっきは助かった」
わたしにではなく、エルトに向かって言った。
「いえ、当然のことをしただけです」
エルトは首を振った。
「……正直、支援役を軽く見てた」
剣士は頭の後ろを掻いた。気まずそうだが、誤魔化さない姿勢は好感が持てる。
「うちは前衛で押し切るスタイルだから、回復は薬で足りると思ってたんだが。あの場面で薬を取り出す余裕はなかった」
「支援は回復だけじゃないですから」
エルトは少し考えてから言った。
「障壁も、優先順位を決めることも、支援の一部です」
「僕がやらなくても、誰かがやらないと、崩れる部分なので」
「誰かがやらないと、か」
剣士はしばらく黙って、それからエルトの手を握った。
「次に合同があったら、また組んでくれ」
「はい、喜んで」
エルトは笑った。いつもの、少し困ったような、でも嬉しそうな笑顔だ。
ガレスが腕を組んで鼻を鳴らした。
「エルトが褒められてるの、なんか変な感じだな」
「変って何ですか、ガレスさん……」
「いや、いつも俺が殴って終わりだから」
「それはガレスさんが殴りすぎなんです」
ミアが小さく笑った。わたしも口元だけ緩めた。
四人の基礎形が、ようやく揃った気がする。ガレスが前に立ち、ミアが撃ち、エルトが支え、わたしが全体を見る。それぞれの役割が明確になって、初めてパーティとして機能し始めている。
――まだ足りない。まだ全然足りない。だが、土台はできた。
◇
ギルドに戻る道すがら、わたしはふと気配を感じて振り返った。
街道の向こう、ギルドの二階のテラス席に人影があった。四人。見覚えのある銀色の髪が、夕陽を受けて光っている。
レオン・アークライト。その隣にマーカスの大きな体、フィンの細身の影、カーラのローブの裾。グローリークラウンが、テラスから街道を見下ろしていた。
目が合った――ような気がした。距離があるから確信は持てない。だが、レオンの視線がこちらを向いていたのは間違いない。
わたしは視線を外して、前を向いた。
あの人たちが何を見ていたのか、今は考えない。考えるべき時が来たら、考える。今日の収穫はエルトの成長であって、それ以外は後回しでいい。
「ヴィクトリアさん、どうしました?」
「いいえ。帰ったら紅茶を淹れますわ。今日は少しだけ、いい葉を使いましょう」
「お、いいな」
ガレスが反応した。
「あなたには出しませんわ。味がわからないでしょう」
「……味は分かる。たぶん」
「たぶん、ですって。論外ですわね」
ミアが「わたしは甘いのがいい……」と小声で言った。エルトが「僕もいただけますか」と遠慮がちに手を挙げた。
日が沈みかけている。四人分の影が、石畳の上で重なって伸びていた。




