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【連載版】悪役令嬢に転生したけど、ここ乙女ゲームじゃなくてRPGでした ~それでも、やれることをやるだけです~  作者: スナハコ


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14.脳筋を最適化するとこうなる

 ギルドの食堂で朝食を摂っていたら、ガレスが向かいの席にどかりと座った。パンを片手に、もう片方の手でテーブルを叩く。食器が跳ねた。


「なあ」


「食事中です。行儀が悪いですわよ」


「昨日の話だけどよ」


 来た。昨日の一件——ミアにだけ指示が異様にスムーズに通る現象を確認した後、ガレスが「俺にもわかる言葉で説明しろ」と拗ねた、あの話の続きだ。一晩寝たら忘れるかと思ったが、甘かったらしい。


「ミアには細かく言うのに、俺には『前に出ろ』しか言わねえだろ」


「言ってますが」


「それだよ。雑なんだよ」


 ミアがスープの器を両手で持ったまま、視線だけこちらに寄越した。エルトは困ったように笑っている。朝から面倒なことになった。


 正直に言えば、ガレスへの指示が短いのは意図的だ。ミアへの指示が長いのとは理由が違う。ミアは射線と詠唱タイミングの調整が必要だから言葉数が増える。ガレスは——必要ないから減らしている。それだけのことだが、本人にしてみれば「扱いが軽い」と映るのだろう。


 わたしはカップを置いた。紅茶の温度が少し下がっている。淹れ直したいところだが、先にこの脳筋を黙らせなければ。



「ガレス。あなたへの指示が短い理由を、正確に説明しましょうか」


「おう」


「あなたには雑でいいんです」


 ガレスの顔が一瞬止まった。ミアが器の陰で「あー……」と呟いた。エルトが「ヴィクトリアさん、もう少し言い方が」と口を挟みかけたが、わたしは手で制した。


「勘違いしないでくださいな。軽視しているのではありません。あなたの役割が明確だから、長い指示が要らないだけですわ」


「……どういうことだ」


「ミアには『どこを撃つか』『いつ撃つか』『何を撃つか』を伝える必要があります。選択肢が多いから。エルトには支援の優先順位を伝えます。判断基準が複数あるから」


 指を一本立てた。


「あなたに必要なのは、たった一つ。『どこに立つか』。それだけです」


 ガレスは黙った。怒っているのか考えているのか、この男は表情の変化が読みにくい。いや——眉間の皺が浅くなった。怒りではない。咀嚼している。


「役割が単純だから雑に扱っていいってことか」


「単純ではありませんわ。明確なんです。単純と明確は違います」


 わたしはテーブルに指で線を引いた。見えない線だが、ガレスの目がそれを追う。


「あなたが正しい位置に立つだけで、ミアの射線が通り、エルトの支援範囲が安定し、わたしの指示が全体に届く。前衛が一歩ずれれば、後ろの三人全員が崩れます。あなたの立ち位置は、このパーティの基準点ですの」


 ガレスはパンを齧った。咀嚼しながら、こちらを見ている。


「つまり、俺が一番大事ってことか」


「一番面倒が少ない、と言っていますの」


「……それ褒めてんのか」


「褒めていますわ」


 ミアが小さく吹き出した。エルトが安堵したように肩の力を抜く。ガレスは納得したのかしていないのか微妙な顔で、パンの残りを口に押し込んだ。



 その日の依頼は、東街道の輸送路に出没する大型甲虫——ハードシェル・ビートルの群れの討伐だった。Cランク依頼。前衛負荷が高い。硬い外殻を持つ敵が複数同時に来るため、正面で受け止め続ける力が要る。


 わたしがこの依頼を選んだのは、ガレスの適性を試すためだ。


 街道の脇、崩れかけた石壁の手前で隊列を組んだ。ガレスが前、ミアが左後方、エルトが右後方。わたしはミアの後ろ、全体が見渡せる位置に立つ。


「ガレス」


「おう」


「今日は一匹も倒さなくていい」


 ガレスが振り返った。ミアも振り返った。エルトだけが「はい?」と声に出した。


「あなたの役目は、止めること。斬る必要も砕く必要もありません。ハードシェル・ビートルがミアの射線に入るまで、動かさず、通さず、ただ前に立っていなさい」


「……倒さなくていいのか」


「ええ。倒すのはミアの仕事。あなたは壁ですわ」


 ガレスの目が細くなった。不満——ではない。試されていることを理解した顔だ。この男は言葉の機微には鈍いが、戦いに関する直感は鋭い。だから指示が短くて済む。


「わかった」


 壁、たった二文字。それでいい。


 地面が揺れた。甲虫の群れが来る。五匹。光沢のある黒い外殻が、木漏れ日を弾いている。一匹が馬車ほどの大きさで、突進の圧力は相当なものだ。


「ガレス、中央。動くな」


 わたしの声が出た瞬間、ガレスの足が地面に沈み込むように止まった。大剣を横に構え、五匹の先頭を正面から受ける。轟音。石壁が震えた。ガレスの腕が軋む——が、退かない。一歩も退かない。


 二匹目が横から回り込もうとした。


「ガレス、左に半歩」


 半歩。たった半歩の移動で、二匹目の突進軸がずれた。壁に激突して動きが止まる。


「ミア、二匹目。関節」


「……了解」


 氷の槍が飛ぶ。甲虫の外殻は硬いが、関節部分は別だ。ミアの魔法が正確に脚の付け根を貫いた。一匹が崩れる。


「エルト、ガレスの左腕に回復を」


「はい!」


 薄緑の光がガレスの腕を包む。先ほどの衝撃で痛めたであろう部分が、即座に修復される。ガレスは回復を受けながらも姿勢を崩さない。前を向いたまま、三匹目の突進を受け止めた。


 ——強い。


 いや、強いのではない。正確だ。わたしが「動くな」と言えば動かない。「半歩」と言えば半歩だけ動く。それ以上のことをしない。それ以下のこともしない。指示に対する忠実さが、この男の前衛としての精度をここまで上げている。


 しかも——これは気のせいだろうか。わたしが指示を出した直後、ガレスの反応が明らかに速くなっている。命令を聞いてから動くのではなく、命令が体に直接届いているような。角猪の坑道でも感じた、あの妙な手応え。


 五匹目が倒れるまで、ガレスは一度も攻撃しなかった。ただ前に立ち、受け止め、位置を微調整しただけだ。それだけで、ミアは全弾を急所に通し、エルトは一度もタイミングを外さなかった。



 戦闘が終わった後、ガレスは大剣を地面に突き刺して、額の汗を拭った。


「一匹も斬ってねえ」


「ええ」


「全部ミアが倒した」


「ええ」


「……でも、俺がいなかったらミアは撃てなかった」


「その通りですわ」


 ガレスは大剣を引き抜いた。刃に甲虫の体液すらついていない。使ったのは腹の部分だけだ。盾のように。


「なんつーか」


 ガレスは首の後ろを掻いた。


「勝った気がしねえんだけど、負けてもねえな」


「あなたは勝ち負けを気にしなくていいんです。あなたが前に立っていれば、パーティが勝つ。それで十分ですわ」


「……前に立つのは得意だ」


 それは昨日までのガレスなら言わなかった言葉だ。「斬るのは得意だ」なら言っただろう。「殴るのは得意だ」でも。でも「前に立つ」という言い方は、役割を自分の言葉で定義し直した証拠だった。


 ミアが杖を肩に担いで歩いてきた。


「ガレスが動かないと、すごい楽……」


「褒めてんのかそれ」


「褒めてる……たぶん」


 エルトが駆け寄ってきて、ガレスの腕を改めて確認した。


「ガレスさん、左腕の筋に少し負荷が残ってます。ギルドに戻ったらちゃんと治療しますね」


「ああ。頼む」


 帰り道、ガレスはいつもより半歩前を歩いた。意識しているのかいないのか——たぶん、していない。ただ自然に、前に立っている。


 わたしはその背中を見ながら、内心で整理する。


 ガレスへの指示は、やはり短くていい。短い方がいい。この男は余計な情報を与えると迷う。だが、明確な一言を与えれば、それを完璧に遂行する。そして——わたしの命令口調に対する反応速度が、三人の中で最も顕著だ。


 理由はまだわからない。スキルなのか、相性なのか、ただの気質なのか。


 だが、使える。


 悪役令嬢らしい思考だと、自分でも思う。けれどこのパーティで最も「指示に忠実な剣」になれるのはガレスだ。そしてそれは、彼を貶めているのではない。彼の最も強い部分を、最も活かせる形に整えただけだ。


 ——わたしの仕事は、このパーティの全員を「勝てる形」にすること。ガレスは今日、その形を一つ手に入れた。


 次はエルトの番だと、ぼんやり考えながらギルドへの道を歩いた。紅茶が飲みたい。朝の一杯は結局、あの脳筋のせいでぬるくなったままだった。

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