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【連載版】悪役令嬢に転生したけど、ここ乙女ゲームじゃなくてRPGでした ~それでも、やれることをやるだけです~  作者: スナハコ


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13.ゲームみたいに説明しないでください

 翌朝。ギルドの隅のテーブルで、わたしは地図を広げていた。


 今日の依頼は小規模迷宮の掃討。街の北にある遺跡の一部が魔物の巣になっていて、定期的に間引く必要がある。Cランク相当。湿地や金庫に比べれば、通常業務に近い。


 だからこそ、試すには丁度いい。


「いい? まず迷宮の構造から」


 三人が地図を覗き込む。ガレスは腕を組んで。エルトはメモ帳を開いて。ミアは突っ伏したまま、片目だけ開けて。


「入口から三つ目の部屋までは直線。四つ目で分岐。左が行き止まりで、右が奥に続く。ただし左の行き止まりにも湧きがある」


「わき?」とガレスが聞いた。


「魔物が出現する地点よ。パターンがあるの。一定時間ごとに、決まった場所から湧いてくる」


 ガレスの眉間に皺が寄った。エルトがペンを止めた。


「あの、ヴィクトリアさん。湧きって——魔物って、巣から出てくるんじゃないんですか?」


「そうね。巣から出てくる。ただ、出てくる場所と間隔にパターンがあるから、それを湧き地点、湧き間隔と呼んでるの」


「……誰が?」とエルトが首を傾げた。


 わたしが。わたしだけが。


「——とにかく。分岐の左は湧き地点が二箇所。ここを放置すると背後から挟まれる。だから先に左を潰す。ミア、左の二箇所を外周処理して」


「外周処理」とミアが繰り返した。突っ伏したまま。


「端から順番に潰すってこと?」


「そう。中央に寄せると面倒だから、壁際に押し付けて各個撃破」


「了解……」


 ガレスが手を挙げた。


「待て。湧き地点とか外周処理とか、半分くらい意味がわからん」


「簡単に言うと——」


「いや、ミアはわかってたよな。なんで?」


 沈黙が落ちた。


 ミアが顔を上げた。ガレスとエルトがわたしを見ている。そしてわたしは——確かに、と思った。ガレスの指摘は正しい。


 わたしの説明を、ミアだけが一発で理解している。昨日の金庫の時も。湿地の時も。そして今も。


「……後で話すわ。まず迷宮に行きましょう」



 迷宮の中は薄暗く、壁は古代の石組みだった。苔むした床に、うっすらと紋様が浮いている。松明の光が壁に揺れる。


 分岐点に着いた。左の通路は暗い。


「ミア、左。壁際に。ガレス、ミアの前に立って」


「おう」


 ガレスが通路に踏み込む。奥から低い唸り声。灰色の犬型の魔物が三体、闇の中に目を光らせている。


「ガレス、三歩下がって。通路の狭い場所で受けて」


「下がるのか?」


「敵の正面幅を絞るのよ。一度に一体しか来られない場所で受ければ、三対一じゃなくて一対一が三回になる」


 ガレスが下がる。魔物が突っ込んでくる。狭い通路では確かに一体ずつしか来られない。ガレスが一体目を盾で弾き、大剣で叩き伏せた。二体目が来る前に、ミアの氷弾が壁際に着弾し、二体目の足を止めた。


「遅延入れた」とミアが言った。


 遅延。ミアはその言葉を自然に使った。


 三体目が二体目を押しのけて来ようとしたが、通路が狭いので詰まる。ガレスが二体まとめて薙ぎ払った。


「左、終わり」


 右の通路に進む。奥の部屋は広かった。天井が高く、四隅に石柱がある。中央に——何もない。でもわたしには見える。盤面として。


「奥の壁際、左右に一箇所ずつ。あと中央の床、紋様のある場所。合計三箇所から来る」


「ヴィクトリアさん、どうしてわかるんですか?」とエルトが不思議そうに聞いた。


「紋様の配置と、空気の流れ。魔力が淀んでいる場所は、匂いが違うのよ」


 半分は嘘だ。半分は——外界観測としか言いようのない感覚で、ただ「見えている」。


「ミア、右奥を先に。ガレス、左奥に張り付いて。エルト、中央の紋様から離れて。出たら一体ずつ処理する」


 ミアが杖を構えた。


「右奥、外周から。了解」


 やはり通じている。外周から、という指示の意味を、ミアは説明なしで理解している。部屋の端から順番に制圧する。中央を空けておく。逃げ場を確保しながら敵を壁際に追い込む。


 魔物が現れた。予想通りの三箇所から。ガレスが左を押さえ、ミアが右を凍らせ、中央から出た一体はエルトが障壁で足止めしている間にミアが片付けた。


 全滅まで三分もかからなかった。



 迷宮を出て、遺跡の入口に座り込んだ。


 エルトが水筒を回す。ガレスが鎧の泥を叩き落とす。ミアがいつものように地面に座って膝を抱えている。


「ミア」


 わたしが声をかけると、ミアが顔を上げた。


「さっきの件。あなた、わたしの説明がわかりやすいと思う?」


「……うん。変な話だけど」


 ミアが膝を抱えたまま、言葉を探すように天井——ではなく空を見上げた。


「湧き地点とか、外周処理とか、遅延とか。他の人は使わない言い方だと思う。冒険者の用語でもないし。でも自分には、妙にしっくりくる」


「前にゲームをやっていたから?」


「それもあるけど……」


 ミアが首を横に振った。


「ゲームっていうか、頭の中で、戦場が図になるんだよね。敵がどこにいて、どう動いて、どこが安全で、どこが危ない。それが——地図みたいに見える。ヴィクトリアの説明は、その地図の上に直接指示が載ってくる感じ」


 ガレスとエルトが黙って聞いている。


「ガレスさんとエルトさんには、わかりにくいと思う。ごめん。でもわたしには妙にわかるの。なんでかは、自分でもよくわからない」


 ミアの声は平坦だったが、少し戸惑っていた。自分の認知が他人と違うことに、今さら気づいたような顔だった。


 わたしは黙って考えていた。


 外界観測。わたしがこの世界を見るとき、人は「役割」として整理され、戦場は「盤面」として展開される。それは転生者だからだと思っていた。前世でゲームをやっていたから。この世界を物語の中だと知っているから。


 でも、ミアにも似たものが見えている。


 ミアは転生者ではない——たぶん。この世界で生まれ、この世界で育ち、この世界で引きこもっていた魔法使いだ。それなのに、わたしの「盤面語」が通じる。


 なぜ?


 考えても、今は答えが出ない。ただ一つわかるのは、ミアとの連携精度が他の二人より一段高いということ。それは使える。使わない理由がない。


 同時に、少し怖い。自分の認知の癖を、鏡で見せられているような感覚。


「——ありがとう、ミア。あなたとは作戦が組みやすいわ。理由はそのうちわかるかもしれないし、わからないかもしれない。今は、使えるものを使いましょう」


「……うん」


 ミアは小さく頷いた。そしてフードを深く被り直した。照れているのかもしれないし、単に日差しが眩しいだけかもしれない。この子の感情は、声だけでは読みにくい。



「で」


 ガレスが立ち上がった。鎧の音ががしゃりと鳴る。


「俺にもわかる言葉で説明してくれ」


 怒っているのではない。ガレスの声には苛立ちよりも、取り残された感覚があった。模擬戦から湿地、金庫、そして今日の迷宮。ずっとヴィクトリアの指示に従ってきた。それで結果は出ている。でも——


「お前の説明、半分わかんねえんだよ。湧きとか外周とか遅延とか。俺はそれでも動けるけどさ。わかって動くのと、わかんないで動くのは違うだろ」


 エルトが「あ、実は僕も……」と小さく手を挙げた。


「ヴィクトリアさんの指示は信頼しています。でも、もう少し噛み砕いてもらえると、判断が早くなるかなって……」


 二人の言い分は正しかった。


 わたしは——翻訳をサボっていた。ミアに通じるからといって、全員に通じるわけではない。ガレスに必要なのは盤面全体の理解ではなく、「どこに立つ」「何を殴る」「いつ動く」の三点だけだ。エルトに必要なのは「誰を優先する」「いつ使う」「何を捨てる」の判断基準。


 全員に同じ言語で話す必要はない。むしろ、一人ひとりに最適化された言葉で話すべきだ。


 ガレスには体で覚える言葉を。エルトには優先順位の言葉を。ミアには盤面の言葉を。


「……ごめんなさい。配慮が足りなかったわ」


 ガレスが目を丸くした。エルトも驚いている。


「お前が謝るの、初めて見たぞ」


「失礼ね。わたしだって間違いは認めますわよ」


「ほんとか?」


「ほんとよ。——次からは、あなたには『どこに立って何を殴るか』だけ先に言うわ。理由は後から」


 ガレスが腕を組んだ。考えている。


「……それでいい。俺は考えるのが得意じゃない。でも、立つ場所が正しければ、振る力には自信がある」


「知ってるわ」


「エルトには?」


「『誰を先に治すか』の順番と、『今は治さなくていい』の判断。それだけ伝えるわ」


 エルトが頷いた。「わかりやすいです」と笑った。


 ミアが膝を抱えたまま言った。


「わたしには今まで通りでいい……。変に噛み砕かれると、逆にわかりにくい……」


「ええ。あなたにはそのままで」


 四人で顔を見合わせた。笑ったわけではない。ただ、何かが少しだけ噛み合った感覚があった。歯車の遊びが減ったような。


 パーティは四人で一つだ。でも四人が同じである必要はない。


 指揮官の仕事は、全員を同じ方向に動かすことではない。一人ひとりの最適な動き方を見つけて、それが結果的に同じ方向を向くように、盤面を整えること。


 帰り道、ガレスが隣に並んだ。


「次は俺が主役の依頼がいいんだが」


「あら。いつだってあなたは主役よ。最前線に立ってるんですもの」


「そういう意味じゃねえ。俺が——俺のやり方で、正面からぶっ飛ばす依頼」


 ガレスの目が真っ直ぐだった。不満ではなく、渇望。自分の力を、自分の理解の中で振るいたいという欲求。


「いいわ。次はそういう依頼を選びましょう」


「……ほんとか?」


「ほんとよ。ただし、わたしが『殴れ』と言うまで待つこと。そこだけは変わらない」


「ああ。それは——もう、わかってる」


 ガレスが少しだけ笑った。不器用な笑い方だった。


 ミアがぼそっと呟いた。


「筋肉回だ……」


「聞こえてるぞ」


「聞こえていい……」


 エルトが間に入って「まあまあ」と取りなしている。


 夕日が街道を赤く染めていた。四人の影が長く伸びる。九日前、ゴブリンの巣窟でぎこちなく並んでいた四つの影が、今は少しだけ近い距離で歩いている。


 まだ十日だ。まだ何も成し遂げていない。


 でも——悪くない。この盤面は、悪くない。

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