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【連載版】悪役令嬢に転生したけど、ここ乙女ゲームじゃなくてRPGでした ~それでも、やれることをやるだけです~  作者: スナハコ


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11.Bランク依頼は筋肉だけじゃ足りない

 ギルドの扉を開けた瞬間、空気が変わった。


 いや、正確には変わっていたのだ。模擬戦の後から、ずっと。ただわたしがそれを肌で確認したのが、今朝だったというだけの話。


 カウンター近くで固まっていた冒険者の一団が、こちらを見る。目を逸らす。もう一度見る。そしてひそひそと何かを囁き合う。


「……あれだろ、令嬢パーティ」


「旗だけ取って勝ったって聞いた」


「色物じゃなかったのか?」


 色物から格上げされたらしい。「少し気になる」くらいには。まあ、上出来でしょう。一夜で英雄になるより、じわじわ評価が上がるほうが都合がいい。急に持ち上げられると、急に落とされる。


「ヴィクトリアさん、おはようございます!」


 エルトが後ろから駆けてきた。朝から元気がいい。その横を、ガレスが無言で歩いている。ミアは——いた。エルトの影に半分隠れるようにして、フードを深く被っている。


「帰りたい……朝、早すぎ……」


「八時ですわよ」


「早すぎ……」


 この子の体内時計は昼夜逆転しているのだろうか。


 受付のセシリアに声をかけると、奥からドノヴァンが出てきた。昨日の模擬戦を仕切ったギルド長。白髪交じりの髭面に、妙に楽しそうな笑みが浮かんでいる。


「早いな、ノブレス・オブリージュ」


「朝は得意ですの」


「結構。——ちょうどいい依頼がある」



 ドノヴァンがカウンターに広げたのは、湿地帯の地図だった。


 《濁流湿地》。街の南東、馬で半日ほどの低地帯に広がる沼沢地。雨季になると水位が上がり、乾季には毒虫が湧く。地図の端に赤い印がいくつか打たれている。


「Bランク依頼だ。湿地の奥に巣食った大型の沼蜥蜴を三体、討伐してほしい」


 Bランク。模擬戦で勝ったとはいえ、わたしたちの公式ランクはまだCだ。ガレスが腕を組む。


「沼蜥蜴か。デカいのか」


「体長四メートル前後。鱗は硬いが、動きは遅い。単体なら大したことはない」


 ドノヴァンの言い方が引っかかった。単体なら。


「問題は環境ですわね」


 ドノヴァンが頷いた。


「そうだ。泥で足を取られる。霧で視界が利かない。水流が不規則に変わる。毒虫が常時湧く。火力だけで押し切ろうとしたパーティが何組か、途中撤退している」


 地図を見る。外界観測——と呼ぶほどのものでもない。ただ、盤面が頭の中に広がる感覚。湿地の地形が、味方の配置図が、敵の動線が、ぼんやりと重なって見える。


「死者は?」とミアが聞いた。珍しく自分から。


「出ていない。だが、怪我人は多い。足を滑らせて沼に沈みかけた者もいる」


 ミアがフードの奥で何かを呟いた。たぶん「帰りたい」だと思う。


「受けますわ」


 わたしの即答に、ガレスが目を丸くした。エルトが「え、あの、もう少し考えなくても」と言いかけて、口をつぐむ。わたしの顔を見て、何かを読み取ったらしい。


 ドノヴァンの目が細くなった。試している顔だ。段階的に負荷を上げてきている。模擬戦は対人。次は環境戦。わかりやすい教育方針じゃない。



「いい? 敵を倒す前に、まず湿地を味方にしなければ話にならないわ」


 ギルドの隅のテーブルで、わたしは地図を広げた。ガレスが椅子に座り直す。ミアがテーブルに突っ伏しかけて、エルトに肩を支えられている。


「ガレス。あなたの仕事は沼蜥蜴を殴ることじゃない」


「……は?」


「足場よ。あなたが先に進んで、沈まない場所を踏み固める。導線を作る。壁になるのはその延長」


 ガレスの眉間に皺が寄った。でも反論はしない。模擬戦で学んだのだ。考えるのはわたしの仕事で、彼の仕事は「最適な場所に立つこと」だと。


「ミア。霧を払える?」


「……風系の術なら、まあ」


「視界の確保が最優先。それと水流を読んで、蜥蜴の移動経路を狭めてほしい。水を切るんじゃなくて、流れを曲げるだけでいいわ」


「省エネでいいなら……やる」


 エルト。


「毒虫の毒、解毒はできますわよね」


「はい。ただ、三人同時に受けたら追いつかないかもしれません」


「だから順番を決めるの。まずガレス、次にミア、最後にあなた自身。前衛が倒れたら全壊する。火力が止まったら膠着する。回復役が最後まで立っていれば、やり直しが利く」


 エルトが真剣な顔でメモを取っている。この子は本当に真面目だ。


「で、俺は結局殴れるのか」とガレスが聞いた。


「殴れるわよ。足場を作って、導線を確保して、蜥蜴を誘い込んだら。最後の最後に、思い切り」


「——まあ、いい。やってみる」


 不満そうだが、納得はしている。その区別がつくようになったのは、一週間一緒にいた成果だろう。



 濁流湿地は、想像以上にひどかった。


 足首まで沈む泥。視界を塞ぐ白い霧。どこからともなく漂ってくる腐臭。そして時折、足元の水が不意に流れを変える。何の前触れもなく。


「最悪……」とミアが呟いた。


 珍しく、ミアの意見が他三人と一致した。


「ガレス、右に三歩。そこの根が張ってる場所」


 わたしは後方から指示を出す。泥の色が微妙に違う場所、草が生えている場所、水面が安定している場所。それを繋いで道を作る。ガレスが重い体で一歩ずつ踏み固めていく。


「ミア、正面の霧」


「……ん」


 ミアの杖から淡い緑の風が吹いた。霧が裂ける。視界が十メートルほど開けた瞬間、水面に波紋が走った。


「来るわ。右寄り、水中から」


 ガレスが盾を構えた。


 泥水を割って、巨大な顎が突き出た。沼蜥蜴。四メートルの灰色の体躯。鱗にびっしりと苔が張りついている。水中ではこちらより遥かに速い。だから——


「ガレス、踏み込まないで。引きつけるだけ。ミア、左の水流を右に曲げて」


 ミアが水流を操作する。泥水の流れが変わり、蜥蜴の体が僅かに横に流される。浅瀬に乗り上げかけた瞬間。


「今よ」


 ガレスの大剣が振り下ろされた。首筋。苔ごと鱗を断ち切る一撃。蜥蜴が痙攣して、泥の中に沈んだ。


「一体目」


 息を整える間もなく、毒虫が湧いた。紫色の羽虫が、ガレスの首筋にたかる。


「エルト!」


「はい——浄化!」


 エルトの手が光り、ガレスの肌に浮きかけた紫の痣が消える。対応が早い。優先順位が頭に入っているからだ。


 二体目は、水流を二方向から曲げて陸に追い上げた。ミアの魔力消費が嵩む。でも彼女は杖を握ったまま「まだいける……たぶん」と呟いて、三体目に備えた。


 三体目が一番厄介だった。深い場所に潜んでいて、出てこない。


「……おびき出すか?」とガレスが聞く。


「泥に踏み込んだら終わりよ。待つわ」


 待った。五分。十分。ミアが霧を払い続け、エルトが毒虫を処理し続け、ガレスが足場を守り続けた。


 そして水位が僅かに下がった瞬間——蜥蜴の背中が見えた。


「ミア、水流を止めて。全部」


「……え? 止める?」


「流れが止まれば浅くなる場所がある。あいつの真下が、それよ」


 ミアが目を見開いた。それから小さく「あー……なるほど」と呟いて、杖を振った。


 水が止まる。泥底が露出する。蜥蜴が、自分の体重で泥に沈み始めた。


「ガレス」


「おう」


 今度は全力だった。助走をつけて踏み込み、大剣を叩きつける。泥に半分埋まった蜥蜴は回避もできない。鱗が砕け、絶命した。



 帰り道。


 泥だらけの四人が、街道をとぼとぼ歩いていた。ミアは魔力切れ寸前で、エルトに半分おぶわれている。ガレスの鎧は泥で元の色がわからない。わたしのドレスは——考えないことにする。


「なあ」


 ガレスが口を開いた。


「筋肉だけじゃだめって言われるの、正直ちょっと腹立つ」


 知ってる。


「でも、確かにそうだった。足場がなきゃ振れないし、水流がなきゃ追い込めないし、毒が処理できなきゃ集中できない」


 ガレスが首を回した。ごきり、と鳴る。


「お前が『殴れ』って言った瞬間が、一番いい位置で振れてる。それは認める」


「ありがとう。褒め言葉として受け取っておきますわ」


「……褒めてねえ、事実を言っただけだ」


 ミアがエルトの背中から顔だけ出して言った。


「褒めてる……それ、褒めてる……」


「うるせえ」


 エルトが困ったように笑っている。平和な帰り道だった。



 ギルドに戻ると、ドノヴァンが待っていた。


 討伐証明の蜥蜴の牙を三つ、カウンターに並べる。セシリアが目を丸くした。


「全数討伐ですか。撤退なしで?」


「当然ですわ」


 ドノヴァンが牙を手に取り、しばらく眺めてからカウンターに戻した。


「環境を使ったな」


「使わない理由がありませんもの」


 ドノヴァンが顎鬚を撫でた。あの楽しそうな目だ。


「次の依頼がある。少し毛色が違う」


 差し出されたのは、依頼書ではなく封蝋のついた書状だった。紋章入り。貴族の書式。


「ヘイズウッド男爵家からの直接依頼だ。内容は——まあ、行けばわかる。力押しじゃ解決しない類のものだ」


 わたしは書状を受け取った。封蝋の紋章に見覚えがある。没落しかけの小貴族。前世——いや、この体の記憶の片隅に、かすかに。


「戦闘以外の頭も使え、ということですわね」


「さあな。わたしはただ、適切な依頼を適切なパーティに回しているだけだ」


 嘘つき、とは言わなかった。代わりに一つ、お辞儀をした。


 ドノヴァンが少しだけ驚いた顔をしたのが、今日一番の収穫だったかもしれない。

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