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【連載版】悪役令嬢に転生したけど、ここ乙女ゲームじゃなくてRPGでした ~それでも、やれることをやるだけです~  作者: スナハコ


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1.王子がいないなら誰が断罪されるんですか

 わたしは悪役令嬢である。


 そんなわたしは、今、冒険者ギルドにいた。


 あちこちのテーブルに冒険者たちが座っていて活気に溢れており、壁一面に依頼書が貼られている。


 革鎧の匂いと、エールの匂いと、それから何かの獣脂を煮詰めたような臭いが混ざっていて、鼻の奥にじんわりくる。


 ——さて、なぜ悪役令嬢であるわたしがこんなところにいるのか。


 ——話せば長い。いえ、短い。今朝の話だ。


 ◇


 目を開けたら、天蓋つきのベッドだった。


 絹のシーツ。ふかふかの枕。窓から差し込む朝日が、磨き上げられた床に四角く落ちている。


「……へ?」


 わたしは上半身を起こして、正面の鏡台に目をやった。


 鏡に映るのは一人の美少女。


 プラチナブロンドの巻き髪。紫水晶みたいな瞳。陶器じみた白い肌に、やたら長い睫毛。作り物のような大きくて丸い目が、分かりやすく揺れている。


 どう見ても美少女で、どう見ても令嬢で、どう見ても——


「……やった」


 小さく拳を握った。


 前世の記憶がある。日本で会社員をやっていた。毎日終電、休日はソファで気絶、唯一の楽しみは悪役令嬢ものの小説を読むこと。それがある日——悪役令嬢って英語で何て言うんだろう、みたいなどうでもいいことを考えながら意識が途切れて、気がついたらこの体にいた。


 ヴィクトリア・フォン・シュヴァルツ。公爵家の一人娘。


 この体の記憶によれば——傲慢で、高飛車で、平民を見下す性格。


 完璧だ。テンプレ通りの悪役令嬢。


 ということは、やるべきことは決まっている。断罪イベントの回避。学園に入って、王子様に目をつけて、聖女をいじめて、卒業パーティーで衆人環視の中「お前のような女は——」と宣告される。あのルートを避ければいい。


 わたしは悪役令嬢ものを百冊は読んだ女だ。回避法ならいくらでも知っている。


 まず、情報収集。王子は誰。聖女は誰。攻略対象は何人。


 わたしはベルを鳴らした。


 ◇


 メイドが来た。きっちりとした身なりの、二十代半ばくらいの女性。名前はマルタ。この体の記憶では、小さい頃からわたしの世話をしてくれている人だ。


「おはようございます、お嬢様。今日はずいぶん早いですね」


「ちょっと聞きたいことがあるの」


 できるだけ自然に。唐突に見えない程度に。


「この国の王子様って、何人いるの?」


 テンプレでいえば王子様がいて、わたしの婚約者で、なのに彼は聖女に惹かれて——なんてパターンが多い。


 けど、マルタの反応は想像と違った。


 彼女は首をかしげた。困惑、というよりは純粋な疑問を浮かべた顔だった。


「王子様、ですか? この国は議会制ですので、王族はおりませんが」


「……へ?」


「国家元首は議長です。現議長はドワーフ族のゴルドン氏で、御年百二十歳の——」


「ちょ、ちょっと待って」


 指を一本立てて止めた。


 王族がいない。王子がいない。議会制。ドワーフ。


 いいわ、まだ慌てない。


「じゃあ、聖女って呼ばれてる人はいる?」


「聖女、ですか。聞いたことがありませんね。教会はございますが、特別な巫女制度はなかったかと」


 聖女もいない。


 指先が冷たくなった。朝の空気のせいだと思いたいけれど、たぶん違う。


「……学園は? わたし、学園に通うわよね?」


「学園?」


 マルタが不思議そうにわたしを見た。朝日の角度が少し変わって、彼女の白いエプロンの皺がくっきりと影を落としていた。


「お嬢様、何をおっしゃっているんですか。今日、冒険者ギルドにご登録なさるのでしょう? 十七歳の誕生日にギルド登録。ずっとそう決めていらしたではありませんか」


 冒険者ギルド。


 ……ぼ、冒険者ギルド?


 学園じゃない。


 王子もいない。聖女もいない。恋愛イベントの気配すらない。


 あるのは、冒険者ギルド。


「……ここ、何ゲー?」


「はい?」


「なんでもないわ」


 マルタは小首をかしげたまま、着替えの準備に戻った。わたしはベッドの上で、しばらく天蓋の刺繍を見つめていた。蔦模様の刺繍の一箇所だけ、糸がほつれかけているのが妙にはっきり見えた。


 ◇


 ——というわけで、私は今、獣脂の匂いが充満する冒険者ギルドに立っている。


 受付で、名前を言った。


「ヴィクトリア・フォン・シュヴァルツ。ギルド登録をお願いするわ」


 受付嬢——胸のネームプレートにセシリアとある——が丁寧に書類を処理してくれた。カードを渡された瞬間、目の前に半透明のウィンドウが浮かんだ。


 ——『ステータス画面』


 名前:ヴィクトリア・フォン・シュヴァルツ

 種族:人間

 レベル:1

 HP:80

 MP:120


 【スキル】

 ・威圧 Lv5

 ・話術 Lv8

 ・策略 Lv10

 ・カリスマ Lv7

 ・礼儀作法 Lv6

 ・紅茶鑑定 Lv9


 戦闘スキル:なし


「RPGじゃん!!」


 叫んでいた。


 周囲の冒険者が何人かこっちを見た。わたしは咄嗟に口を押さえたけど、もう遅い。大剣を背負った男が一瞬だけ眉を上げて、すぐに興味を失ってエールに戻った。


 落ち着け。状況を整理しろ。


 ここは乙女ゲームの世界じゃない。レベルがあって、ステータスがあって、モンスターがいて、ダンジョンがある。RPGの世界だ。


 そしてわたしのスキルは——威圧、話術、策略、カリスマ、礼儀作法、紅茶鑑定。


 戦闘スキルが、ない。剣も振れない。魔法も使えない。


 紅茶鑑定Lv9に至っては、何の役に立つのか見当もつかない。


 ステータス画面をもう一度見た。レベル1。戦闘スキルなし。ここはモンスターが出る世界。


 喉の奥がきゅっと詰まった。


 死ぬのでは。普通に。


 ◇


 怖い、と思った。


 断罪イベントなら回避法を知っている。悪役令嬢ものは山ほど読んだ。王子を避けて、聖女と仲良くして、領地経営でもしていれば大抵なんとかなる。


 テンプレという名のレールの上を走るだけ。それだけでいいはずだった。


 でもこの世界はRPGで、戦闘スキルがゼロで、レベルが1。これはどうすればいい。


 ギルドの喧騒が耳の奥で遠のく感覚がした。


 前世でもこういうことがあった。炎上案件が降ってきたとき。徹夜明けで全然別の無茶振りを渡されたとき。頭が真っ白になりかけて——そこから勝手に整理が始まる。


 何がボトルネックで、誰に何を振って、今すぐ捨てるべき作業は何か。パニックになるほど、わたしの頭は状況を分解しにかかる。仕事でも、趣味で読んでた攻略wikiでも、やることは同じだった。


 ——乙女ゲームじゃないなら、攻略対象は王子じゃない。


 ——断罪がないなら、回避じゃなくて生存が目的。


 ——じゃあ、このスキルセットで生き残るために、何を攻略すればいい?


 ギルドの中を見回した。冒険者たちの装備が目に入る。大剣を背負った戦士。ローブの魔法使い。杖を持った僧侶。盾を構えた前衛。


 その瞬間——妙なことが起きた。


 人の群れが、急に整理された。


 前衛。後衛。支援。火力。それぞれの装備と立ち位置と体の使い方から、役割が色分けされたみたいにぱっと分かれて見えた。騒がしいギルドの喧騒が遠のいて、動くべき駒だけが浮き上がるような。


 何だ、これ。考え方の癖にしては、妙に鮮明すぎる。


 でも、理由を考えるのは後でいい。今は、この視界が使える。


 わたしが殴る必要はない。


 盤面を整える人間がいれば、パーティは成立する。


 悪役令嬢は、人を使うのが仕事でしょう。


「——パーティを組むわ」


 セシリアが顔を上げた。


「パーティですか? ご登録いただいたばかりですが」


「ええ。メンバーを探したいの。掲示板に募集を出してもいいかしら」


「それは問題ありませんが……ご自身の戦闘スキルがないようですので、役割としては——」


「指揮よ」


 セシリアの手が一瞬止まった。


「……指揮、ですか」


「わたしが戦う必要はないわ。戦う人を正しい場所に立たせるのが仕事」


 我ながら根拠のない宣言だった。でも、今この瞬間、それだけが生き残る道に思えた。恋愛イベントがないなら、攻略対象はダンジョンと依頼。わたしは勇者じゃない。だったら——道を切り開くしかない。


 やれることをやる。それだけだ。


 ◇


 掲示板に募集の紙を貼った。午前中に。


 午後にはもう三人来ていた。


 一人目。赤毛の大男。全身鎧。背中に大剣。さっきギルドでこっちを一瞬見て、すぐにエールに戻った男だ。


「ガレスだ。戦士。レベル15。前のパーティは——まあ、方針の違いで」


「方針の違いって?」


 ガレスは頭をがしがし掻いた。


「リーダーが作戦立てるんだが、俺は考えるのが苦手で、毎回手順を間違える。最終的に『もうお前は勝手に殴ってろ』って言われて、それでもダメで」


 声のトーンが少し落ちた。宿代が今日中に必要らしく、依頼を取れるパーティをその日のうちに見つけないといけないとのことだった。


 わたしはガレスの体格と大剣を見た。装備の消耗具合、足の開き方、手のひらのタコの位置。——前衛タンク。純粋な壁役。余計な判断さえ求めなければ、この人はたぶん強い。


「考えなくていいわ。前だけ向いて殴りなさい。それ以外は全部わたしが決める」


 ガレスが目を丸くした。


「……本気で言ってるのか」


「本気よ。採用」


 二人目。フードを目深にかぶった小柄な少女。ローブの下から顔がほとんど見えない。


「……ミア。魔法使い。レベル18」


「レベル18? 高いわね」


「高位魔法が使える。でも」


 フードの奥で、声が小さくなる。


「人と話すのが……つらい。外に出たくない。でもお金がないとごはんが食べられないから、仕方なく」


 引きこもりだった。研究部屋の家賃と触媒代が足りなくて、短期で稼がないといけないらしい。レベル18の高火力が、対人ストレスで完全に死蔵されている。


 もったいない。こんな火力札を、ただ黙らせておくなんて。


「人と話さなくていいわ。撃つ場所だけ、わたしが決める」


 ミアがフードの隙間から、ちらっとこっちを見た。暗がりの中で、瞳の色が少しだけ見えた。


「……それなら」


「採用。次」


 三人目。にこにこ笑顔の青年。白いローブに杖。


「エルトです! 僧侶をやっています! レベル12です! よろしくお願いします!」


 声が大きい。


「あなた、なんでパーティを探してるの?」


「前のパーティで、みんなの喧嘩を止めようとしたら『お前の説教うぜえ』って追い出されちゃいまして。今朝の話です。あはは」


 笑ってるけど、目が少し赤かった。行く先がなくて、ギルドの掲示板を眺めていたところにわたしの募集を見つけたらしい。


 回復と補助。支援の要。この人の問題は能力じゃなくて、前のパーティが使い方を間違えただけだ。


「回復役に空気読みを求める方がおかしいのよ。あなたの仕事は味方を生かすこと。それだけに集中しなさい」


 エルトの目がじわっと潤んだ。


 泣かないで。まだ何もしてないから。


 ◇


 三人を前に、条件を出した。


「わたしの指示に従うこと。戦闘の判断は全部わたしがやる。文句がある人は?」


 ガレスは肩をすくめた。


「考えなくていいなら楽だ。お前が決めろ」


 ミアはフードの中でもぞもぞ動いた。


「指示してくれるなら……自分で考えなくていいから……楽」


 エルトが手を挙げた。


「ヴィクトリアさん! ついていきます!」


 脳筋。引きこもり。お人好し。どこのパーティでも余り物扱いされてきた三人。普通なら絶対に組まない組み合わせ。


 でも、ここにはわたしがいる。


 この三人は余り物じゃない。未編成の素材だ。


 前衛が一枚、火力が一枚、支援が一枚。足りないのは、並べる人間だけだった。


「パーティ名は『ノブレス・オブリージュ』よ」


「なんだそれ」


 ガレスが首をかしげる。


「高貴な者の義務、っていう意味。わたしが高貴に導いてあげるわ」


「いい名前だと思います!」


 エルトが即座に賛同した。


 ミアは何も言わなかったけれど、フードの奥でノブレス・オブリージュと二回くらい口の中で繰り返しているのが見えた。気に入ったのか、確認しているだけなのかは、わからない。


 ◇


 その日のうちに、ダンジョンに向かった。


 ゴブリンの巣窟。難易度C。初心者向け——ただし、受付のセシリアが「最近、奥の反応が少し妙なんです。お気をつけて」と言っていたのが引っかかる。


 入り口で陣形を組んだ。


「前衛ガレス。中衛エルト。後衛ミア。わたしは最後尾で全体を見る」


「お前、戦わないのか」


「わたしの仕事は、あなたたちを正しい場所で戦わせること。余計なことは考えないで、前を向いて」


 言い切った瞬間、自分の声に少しだけ力が乗った気がした。ガレスの背筋が微かに伸びて、表情が変わる。


 最初の部屋。ゴブリンが四匹。


「ガレス、正面二匹を引きつけて。ミア、左奥にファイアボルト。エルト、ガレスにプロテクション」


 声が出た。自分でも驚くくらい、迷いなく。


 ガレスが踏み込む。ゴブリンの注意が集まった瞬間に、ミアの火球が横から残りを吹き飛ばした。エルトの防護魔法がガレスを包んで、反撃の爪がほとんど通らない。


 八秒。


「……すげえ」


 ガレスが剣を下ろした。


「一発も食らってねえ」


「当然よ。わたしの指示通りに動けばそうなるわ」


 腕を組んでみせる。内心、心臓がうるさい。策略Lv10のおかげか、敵の動き出しが手に取るようにわかった。前世のプレゼン仕事とは全然違う種類の快感がある。


 ——怖いけど、気持ちいい。この感覚は何だろう。


 ◇


 その後もいくつかの部屋を抜けた。連携はまだぎこちないけれど、確実に噛み合い始めていた。ガレスの踏み込みが安定して、ミアの射線が通りやすくなって、エルトの補助が一手ずつ早くなる。


 ミアが、不意にフードの隙間からこっちを見た。


「……このダンジョン、魔力の流れが変」


「変?」


「奥の方。何か、普通じゃない」


 少し間があった。


「……気のせいかも」


 壁に刻まれた古い模様が、松明の光でちらちら揺れていた。ただの装飾にしては線が妙に規則的で、何かの図面か記号に見えなくもない。気になったけれど、今は先に進む方が優先だった。


 そして——ボス部屋の前。


 巨大な石の扉。その向こうから、重い呼吸音が漏れている。


 ガレスの背中が少しだけ強張った。ミアがフードを深く引き下げた。エルトが小さく何か祈っているのが聞こえる。


 わたしは三人の背中と、扉と、自分のスキル一覧を交互に見た。


 怖い。正直に言えば、怖い。でも——怖いときほど頭が回る。前世からずっと、そうだった。


「ここからがチュートリアル本番よ」


 三人が振り向いた。


 わたしはできるだけ悪役令嬢らしく、不敵に笑ってみせた。


 ——扉の向こうの呼吸音が、ひとつ大きくなった気がした。

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