第7話 過去
教室に戻っても、こいつらがその暗い表情を変えることはなかった。
「おい、お前ら。どうしたんだよ。昨日の威勢はどこに行った?」
「...先生、その......ごめん、なさい」
「え? いや、なぜリンが謝るんだ?」
「だって、私たちが弱いせいで...」
リンの顔が、どんどん暗くなっていくのが分かる。
「あいつら、本当意味わからない奴らだったよな。敬語も使わないし、大体なんであんな理由で訓練場を出なきゃいけないんだよ、全く」
「いや、それは......」
「いいわよ、リン。私が話すから」
ラナはリンの肩を軽く撫で、俺の方を向いた。
「あんた、ちょっといい?」
「いいぞ」
リンは、教室の後ろに小さく座った。
他の三人は何も話さない。異様な空間だった。
「...去年の、十月くらいだったわね。私達が、訓練場で久しぶりに魔術の練習をしてた時、...来たの、あいつが」
「あの男のことか?」
「...そうよ。でも、私達は気にせずに続けてだんだけど...そいつがね、とんでもなく馬鹿にしてきたの、私達のこと。最初は無視してたんだけど...私達以外の悪口とか、本当に、最悪なこと言ってきて。耐えられなくなっちゃったの...リンが」
......。
「それで、パーティー戦をすることになったの。まあ、そこでこてんぱんにやられちゃったわ。当たり前よね、相手はAクラスだったもの。...でも、リンだけは、違った。あの男に、一人で立ち向かったの。ーーーー
『おい、貴様一人か? そんなボロボロで、どうやって俺に勝つというんだ? アホなのか?』
『黙っ、て。許さない、あなただけは、絶対に...っ!』
『うぉ、怖い怖ーい。でも、ちょっと弱すぎるな』
『私、はっ...負けないっ! 界域画定ーー『アクセラレート・レイ』-『パワード・ブースト』-『アクセル・ニューロン』』
『魔術か。まあいい。俺は素でやってやろう。せめてものハンデだと思っておけ』
その剣は、振れども振れどもほとんど当たらない。当たっても、そいつには傷一つついていない。
『ほーらっ、よっ!』
『ガハッっ...ゴホェ』
『ひゅーひゅー、いいぞいいぞー』『いけー!』
『ガフっ、ゴフッ...ぐっ...』
『悪い悪い。ちょっと、遊びすぎたな。そんなに血が出てるんだ、俺が回復魔術で治してやろう』
『やっ、やめっ...』
『接続- 界域画定ーー『リジェネレーション』』
『ふっざ、けんっ...なっ』
『ふっ、はははっ、ははははっ!!』ーーーー
...そんなリンを、あいつは、周りの奴らに見せしめにした。それはもう、とてつもなく最悪な方法で」
「...そうか」
俺の中で、また何かが切れた音がした。あの時と、同じ。奥底から、とてつもない何かが込み上げてくる。
でも、俺はそれを出してはいけない。俺が教師としてここにいる限り。
「リン、戻ってこい」
「......はい」
リンは、重い足取りで座席に座った。
「まずはみんな、よく耐えたな。あそこで出なかったのは、正解だ。本当に偉い」
「偉くなんかない。私が弱いから...」
「弱くなんかない。お前がしたことだって、仲間を思ってのことだろ?」
そんな俺の言葉は、届いてはいないようだ。リンは、その顔を上げることなく話す。
「そんな慰めなんて、いらないです。分かってますよ、分かってましたよ。あの時も、自分が弱いってわかってました。これが、私達の普通なんですよ」
「...普通ねぇ......じゃあ、このままでいることを受け入れるってことか?」
「・・・」
「昨日言った"変わる"ってのは、もう諦めるってことでいいのか?」
「・・・」
...俺は、こういう時にどんな言葉をかければいいのか、全く知らない。習ってないし。
それなら、俺の思ってることを、そのまま言うべきだろう。きっと、それしか人を動かす方法はない。なんか、そんな気がした。
「...じゃあ、俺から一つ聞こう。リンは、あいつが勇者になってもいいのか? このままってことは、あいつの方が勇者になれる可能性は高いってことだ」
「......別に、いいん、じゃないかしら。私よりも、ずっと強い、から」
「俺はそうは思わないけどな」
「...えっ」
ふと、顔を上げた。
「俺はな、勇者に一番必要なものを、“心”だと勝手に思っている。人類を守る、大切なものを守る、そんな心がなければ、それはきっと本当の勇者じゃない。...そして、それがある奴が、一番相応しい。そう、リンのような人にこそ、勇者になってほしい」
「なっ...ななっ...」
言い方に熱が入りすぎたけど...俺の思ってることはちゃんと伝えた。
リンは、頬を赤らめながらも、なんとも困惑した表情をしている。
「あいつには、そんな心は微塵もない。俺は、あんな奴には勇者になって欲しくない。だから、お前は弱くなんてない。まあ、ちょっと剣術が下手なところもあるけど...それでも、お前は強いよ」
「そうよ、リン。あんなクソ男とか、この胡散臭い教師なんかより、ずっと強いんだから」
「そうだぞ...って、おいなんか言ったか?」
「いや、なんにも」
「...まっ、まあいい。そしてだ、リン。...突然だが、人がその殻を抜け出すのは、どんな時だと思う?」
「...えっ.........わっ、わからない、です」
「それは、強敵に打ち勝った時だ。その時、初めて強くなったと感じることができる。...だから、お前はあいつに絶対に勝たなきゃいけない」
「......無理です、そんなの。私にできるわけーー」
「じゃあ、本当に弱いままだな」
「・・・」
「リンは、それで本当にいいのか?」
「いい訳ないでしょっ...っ」
リンの目つきが、変わった。俺に木刀を向けた時みたいな目に。
「でも、無理、なんです。Aクラスとは、才能も環境も、何もかもが違う。私には、もう無理なのっ。...あんな奴に、勝てるわけない」
「そのために、俺がいるんじゃないのか」
「っ......!」
なんか、ずっと前の俺みたいだ。自分の才能の無さに苦しんで、悩んで、諦めそうになる。わかる、わかるわぁ...
でも、リンには俺と違うところがある。それは、俺がいることだ! ナルシストじゃないよ?
立ち直るのって、一人じゃめっちゃ難しいんだから。
それに、リンは俺よりずっと優しいし、多分一人で抱えちゃうタイプだからね。
「俺は教師、お前らを強くするために、ここにいる。いいか、俺が聞きたいのはそうじゃない。勝ちたいかどうかだ」
「......勝ちたいに、決まってるでしょ」
「それなら、お前は絶対に勝てる。いや、勝たせてやる。お前は、勇者としてあいつよりもずっと強い」
「.........私に、できるの?」
やっぱり、この目はいい。
「できるさ。昨日言っただろう、努力は才能なんかよりもずっと強い」
俺は話しながらも立ち上がった。
教室を見渡しても、やっぱどんよりしてる。
「みんなも、ちょっと暗すぎやしないか? 本当に、どうしちゃったんだよ」
「ふざけないで。こんな時に、明るくなれるわけないでしょ」
「...そこでだ。賭けの内容を、少し変えようと思う」
「変えるって、昨日決めたばっかじゃない」
「まあ、それは置いといて...。それで、内容だけど、"変わったって感じる"って、なんか曖昧じゃないか? 俺もよくわかんないないし」
「いや、あんたが言ったんじゃない」
...ラナは、なんかちょっといつも通り感あるわ。いちいち突っかかってくるところとか。
「だから、......三週間だ。三週間に伸ばす。その代わり、三週間後にあいつらと戦う。そこで勝てたら、それは努力で変わったって、一番感じられるだろう。どうだ、悪くはないだろ?」
「...は? いやいや、あいつと戦うとか、勝てるわけないじゃん。大体、三週間ってーー
「私はやる」
一言、それを了承したのは、リンだった。
「ちょっとリン?! それ本気で言ってるの?! 冗談はやめてよ!」
「冗談なんかじゃない!」
声が、一段と大きくなった。
「私は、もう逃げたりしない。もう一回だけ、本気でやってみたい」
「...でも、私達じゃ......」
「嫌だったらいい。でも、お前はムカつかないのか? さっき話してくれた時だって、ずっと悔しそうだったじゃないか」
「そっ、それはっーー
「私、やる」
俺の呼びかけに答えたのは、ラナではない。ハイナだった。
ハイナは俺を見てはいない。でも、まっすぐ前を見ている。
「私、ずっとイライラ、してた。私達のために、色んな人のために本気だったリンを、馬鹿にする、とか。絶対に、許せない」
すごいしっかり話してくれるけど...なんか、意外だったな。喋り方もゆっくりだし、大人しい子だと思ってたけど。
「じゃあボクも〜。ちょっと、面白そうだしっ!」
後ろで、その発言に同意するようにコクコクと頷くエーレ。
みんな、やっぱり思ってたことは同じだったん、だな。
少人数すぎてどうかと思ってたけど、みんながその心を持ってるし、思いやれる。いいクラスじゃないか。
「それで、ラナ。お前はどうなんだ? ...きっと、勝てたらスカッとするんだろうなぁ」
「...ああっ、もうっ! 思うわよ、私もクッソムカつくわよ! いいわよ、やってやろうじゃない!」
「ほう? まあ、ラナにも少しは"心"ってのが分かってきたんじゃないか?」
「うるっさいわね!」
このクラスは、なんか、いいな。
「前も言ったが、後悔はさせない。俺もな、ちょーっとムカついてるんでね。ーー絶対に、勝たせてやるよ」




