第3話 問題児どもとご対面
「ーーここ、か...」
その教室は、校舎の最奥にあった。ボロボロに廃れた扉に、剥がれかけた塗装。こんな教室は、学生時代には見たことがない。
初めての教師、俺はとてつもなく緊張している。どんな感じで接しればいいのだろうか。
とりあえずは、みんなが安心できるように。あの時みたいに、また見放されては、もう立ち直れないかもしれないから。
よしっ、行こう。
「はーい、みんな席に着いて! ホームルームを――
――――ドゴォォォォォーーン
「誰よ、あんた」
その歓迎の挨拶は、あまりにも唐突なものだった。
...扉が、爆風とともに消し飛んだ。
刹那、火の弾が俺へと放たれたのだ。瞬時に結界を貼れたものの、
「これは、なんのマネだ?」
「なっ......?!」
それは、許してはならないものだ。どれだけ問題児であっても。
「ここは"勇者学院"だ。それは、すべての人を助けるための力。突然人に対して向けるなど、あってはならない」
やはりな。こんなクラスにいるということは、単に実力が低いだけではない。
勇者としての'それ'が、欠落しているのだ。
勇者とは、国王から認められし人類の守護者。その志を持たない者は、こうやってやさぐれてしまうのだろうか。
「じゃあ、改めてホームルームを始めるとするか」
目の前にいるのは、五人の少女であった。
俺に火の弾をぶち込んできやがったのは、一番右で、不機嫌そうに机に足を投げ出している少女。
その左隣の奴は、金髪で艶のある長髪。ぶち込み少女と同じく大層機嫌がよろしゅうない感じを醸し出している。
真ん中でじっと睨んでくる少女は、身長がどこか他の奴らよりも低いような気がする。なんだろう、見たことのない、強いて言うなら銀灰色(?)の髪に碧眼で、身体的に中等部っぽい見た目。
さらに左隣に座る薄青髪のボーイッシュ少女は、何とも分からない顔をしている。
一番左の少女は......俯いていて、よく顔が見えない。
おっと、変な観察をしている場合ではなかった。いや、なかなか癖は消えないもんだな。
「では、自己紹介から。俺はノア・クレイシスだ。よろしく!」
「あんたが、新しい担任?」
「そうだ」
不審にこちらを見つめる教え子達を見ると、まともに話を聞いてくれるのか、不安になってくる。
あんまり受け入れられてはいないようだね。
「あなた、それ本気で言ってるの? 悪いけど、早めに帰った方がいいわよ」
金髪で、名前は...リン。彼女は、冷ややかな声を発した。
「去年の先生だって、三日三晩で取っ替え引っ替え。私たちに教えて功績を上げようだなんて、無駄よ。だって、私たちは、...学院に見捨てられた、ただの『ゴミ』なんだから」
その言葉に、他の生徒も影を落とす。
ここに来るまでに、ひそひそと聞こえた言葉、『ゴミ』。やっぱり、Fクラスのことだったのか。
「そんなこと、本気で思っているのか?」
...この沈黙は、きっと肯定を意味するのだろう。
こいつら、諦めたような顔をしてやがる。この反発は、俺を心配して言っているのかもしれない。ここにはいないほうがいいって。
それか、ただ単純に俺が気に食わないのかもしれないけどね。
でも、
「それはないぞ。お前達は、別にゴミなんかじゃない」
「...何、慰めのつもりなの? そんな薄っぺらい言葉は、これまで何人もの先生から聞いたわ。でも、みんな最後は同じ。分かってる、私たちには、その才能がないから」
俺にそう言ってくるのは、さっき火の弾をぶち込んできた少女だ。赤髪に青い瞳。えっとね...ああ、ラナという名らしい。
「慰め? 勘違いするな、俺が言いたいのは逆だ。いいか、つまりは――お前らの努力が、まるで足りないってことだよ。才能とかいう使い勝手のいい言葉で片付けるんじゃない」
才能なんてのは、勇者には全く必要ではない。努力は全てを超越する力がある。
すると、ラナはその目をさらに細めた。
「はぁ? あんた、ふざけてんの?」
「ふざけてなんかいないぞ。いいか、お前らはな、才能がないんじゃない。努力が、全く足りていないんだ。才能なんて言葉、2度と使うんじゃない」
「...っけんな」
その顔は、さっきの失望したような顔から、だんだんと生気に満ちてゆく。
「ふっざけんじゃないわよっ、死ね!!」
その手から、再び魔術が放たれた。
――しかし、その魔術は、即座に彼方へと消え去る。
「そうそう、それでいいんだよ」
「なっ、なんで...魔術が、発動しない?!」
俺は、指先を軽く振る。
全員、どうやらびっくりしているようで。俺を怪訝に見ていた目が、大きく見開いている。
「何したのよ、あんたっ!」
「ただの魔術破壊だ。見たことないのか?」
「それは、おかしい。魔術破壊は、現代の魔術師で使える人なんてほとんどいないはず」
そう話したのは、左から二番目に座る女の子だ。名前は確か、ハイナだっけ。
さっきもらった名簿には、試験の順位も書いてあった。全員学年最下位であったのにも関わらず、彼女だけは、座学で学年3位だった。
とりあえず、この中では一番好印象だ。
「その通りだ。よく知っているな、ハイナ」
「その通りって、その理屈じゃ先生はーー」
「今、そんなことはどうでもいい。それよりも、ラナ。お前はさっき、少し怒っただろう。なのに、どうしてゴミなんて言われても努力を怠る? それは、才能とかいう言葉で、すべてを片付けてしまっているからではないのか?」
怒り、悲しみ、後悔、憎しみ。すべては努力の原動力となりうるものだ。そういった感情からさらに高みへと切磋琢磨する、そのための勇者学院であるというのに。
ちなみに、俺の原動力は単なる’興味’だった。
少しの沈黙ののち、ラナは再び口を開いた。
「そんなの、そんなのは、嘘よ。だって、あんなに頑張ったのに...全然ダメだった、のに」
「別に、俺はお前らが頑張ってないなんて言っていない。まあ、お前らのことはまだよく知らないけど。ただ、今言えることは、その努力は多かれ少なかれ間違いだと言うことだ」
「...何が、言いたいの?」
「努力とは、単に量をこなすことだけではない。なぜできないのか、なにが足りないのか、そんなふうに考えながらやらないと、全然伸びないし、努力したとは言わない。つまり、努力の方向が違っただけってこった」
「わっ、わかったような口を――
「例えば、さっきの火弾だ。多分だが、ラナ。お前は訓練で、ただがむしゃらに魔術を撃ってるだけなんじゃないか?」
「...それが、どうしたっていうのよ」
「魔術を使うとき、魔素の分子構造が乱れすぎだし、詠唱も雑。繰り返しすぎて、変な癖がついてるぞ。そのせいで、着弾前に魔素エネルギーが離散して威力が低い。俺が一目見てわかるほど、問題だらけだ」
俺の言葉に、驚いたような表情を見せた。今まで、言われたこともなかったんだろう。
まあ仕方ないかのもな。これまでの教師たちは、軒並み逃げ出しちゃったみたいだし。
Fクラスなんて名前してるんだから、きっとまともな教師は来たことがないんだろ。こんな単純なことさえ、教わらなかったのか。
「.........なん、でっ...」
一瞬にして、教室は静まり返った。
「これで、分かったか?」
「...それでもっ」
ラナは、それでも口を開いた。
「結局、ちょっと分かったとしても、上にはもう行けない。どれだけやっても、才能がないとーー
「また才能とか言ったな。それ、もう禁止ね」
「なっ...」
この頭にこびりついてる思考は、なかなか取れたもんじゃない。'才能'がないと信じ続けてきたんだから、当たり前ではあるが。
「まだわからないのか? まあ、やらないと実感も湧かないのかもな。ーーそれなら、一つ賭けをしよう」
「賭、け?」
「...今から一週間だけ、俺の言う通りに動いてみろ。そこで、もし'変わった'って思えたら、それは才能なんかじゃなく、努力で上に行けるってことだ。逆に、もし変われなかったら、お前らに才能がないから弱いんだと認めてやろう」
教室は、一瞬にして静まり返った。
「......ふざけてんじゃないの?」
「いや、大真面目だ」
ここで受け入れて貰えないと、俺はもう終わりだな。
「...いいわよ、やってやろうじゃない」
最初に答えたのは、やはりラナだった。不貞腐れながらも小さく頷く。
「私も構わないわ。別に減るもんじゃないし」
「じゃあ、わたしも。ちょっと興味ある」
続けてリンとハイナも答える。
でも、後の二人はまだ一言も喋ってないんだよな。名前はっと...ルイと、エーレか。
「ボクはなんでもいいよ。どうせ無理だけどね」
...いやボクっ子かよ。このボーイッシュを裏切らない感じ、久しぶりに見たな。
しかも、なんかニコニコしてるし...。
「・・・」
でも、エーレだけは、待てども待てども一向に答えてはくれない。
この子だけは、顔が怖くない。別に俺を睨んでるわけでもなく、ただ俯いて座っている。
「――エーレ、君はどうだ?」
「へっ?! あっ、いやっ、そっ、その...べっ、別にっ、なんでも...はいっ、なんでも、大丈夫、です」
「そうか」
よっし、これで五人っ。
「安心しろ。俺は、絶対に後悔はさせない。何も考えずついてこい!」
「その自信はいったいどこから来てるのよ...」
呆れ顔のラナを横目に。こうして、俺と教え子達の変な楽しい毎日が、幕を開けたのだった。




