第2話 次の職場は
「ここが、俺の次の職場、か」
あれから一ヶ月が経ち。ノアは、かつての学び舎でもあった帝国立勇者学院の門前に立っていた。
少し時を戻そう。
追放されてから十日後、俺のもとに一通の便りが届いた。
「なんだ、これ?」
封を切る。
差し出し人は書かれていない。そこには、ただ『勇者学院への臨時講師依頼』と、書いてある紙があった。
勇者学院とは、その名の通り未来の帝国の'勇者'を育てる為の学院。
時に冒険者パーティー、時に魔術師団長、時にギルドマスターだったり、国から認められし人類の守護者が、勇者である。
どうやら、昔からの知り合いが勇者学院にいるらしく、俺の追放の知らせを聞いて声を掛けてくれたらしい。
それは、職を探していた俺にとって、あまりに素晴らしい誘いだった。
正直、俺の悪い噂ばかりが流れていて、働き口が全然見つからなかったのだ。
ちなみに、差し出し人の見当は大体ついている。
◇
「あら、ノア。久しぶりじゃない!」
「久しいな、クラリス。六年ぶりくらいか?」
「そうね。もう、それくらい経ったかしらね」
綺麗に整えられた長い銀髪に、清楚な佇まい。
クラリス・ユークラウス。俺の学院時代の同期で、超数少ない友人の一人だ。
「まずは、礼が言いたい。俺を誘ってくれて、本当にありがとう」
「顔を上げなさいよ。こっちこそ、来てくれて感謝してるんだからっ」
「...それにしても、お前がこの席に座ってるって事は、その歳で教頭まで上り詰めたってわけか。さすがだな、クラリス」
「ふっふーんだ。学院時代は、あんたに次いでずっと二番目だったんだから。眼中になかったのかもしれないけど、あんまり舐めないことねっ。今なら、ノアにだって勝てるかも...?」
「ほう、じゃあやってみるか?」
「......いや、やめておくわ。私は今やこの学院の教頭、あなたみたいな下っ端にあっさり負けるわけにはいかないしっ」
「下っ端て」
でも、確かに立場上クラリスは俺の何倍も高い地位にいるわけだ。
「けっ、敬語を使ったほうがいいか?」
「...はぁ? そんなの嫌に決まってるじゃない。ノアに敬語を使われるとか、さすがに違和感しかないわよ。勘弁勘弁」
「そうか?」
「・・・・・・」
少しだけ、視線を逸らした。仕草まで、なんも変わっていないようだ。
「はぁ、何か言いたいことでもあるのか?」
「......あんた、誘われた時あんっなに嬉しそうに話してた幼馴染に、見放されたんでしょ? その、大丈夫かなって...」
クラリスは、小さな声で話した。それは、俺への心配だった。
あの時は、クラリスに"行かない方がいいわよ"とかなんとか言って、すっごい止められたからな。
そんなクラリスも、最後には笑顔で送り出してくれたが。
「そのことなら、もう大丈夫。全部吹っ切れたし」
「そ、そう。それなら良かったわ。ノア、学院を辞めてまで着いて行っちゃったから。悔いが残ってないか、心配になっただけよ」
...俺は、勇者学院に通っていなかったあいつらに誘われて、卒業を目の前に学院を辞めた。
一応レイは騎士を目指していたとはいえ、ほぼ全員素人。何も分からない俺らは、全て一から、みんなのレベルと腕を上げていったのだ。
そんな俺を、まさか慰めてくれるなんて、
「......ありがとな、クラリスっ」
「ひゃっ?!」
クラリスの頬が一瞬にして赤く染まった。
「ちょっと、何すんのよ!」
「あれっ、ごめんごめん...」
気づけば、頭を撫でてしまっていた。
昔っから、なぜかクラリスには変に接してしまう。全くよく分からんけど。
「...そういうところも、全然変わってない、のね。まっ、まあいいわ。...それにしても、なんでよりによってノアが追い出されるハメになったのよ? どう考えても、あのパーティーでノアがぶっちぎりで一番強いじゃない」
「いや、まあそうかもしれないけど...俺が、これまで程よく魔術の効果を上げ下げしてきたからな。それが、ただ弱い奴に見えたんだと」
「調節してたってこと? ノアのことだし、ちゃんと意味があるんでしょ?」
「もちろんだ。できるだけ、自分自身の手で倒せるようになって欲しいし、その方が早くレベルが上がると思ったから。それに、俺だけやっててもいつか限界が来るし、みんな楽しくないだろう、からな。だから、そう、やって...でも......」
「やっぱり、他人のことばっかり」
「...............」
また思い出して、言葉に詰まってしまった。
「......っ」
そんな俺を見てか、クラリスはおもむろに俺へ近づき、包み込むように、そっと頭を撫でた。
「大丈夫よっ。私は、あなたがすごい魔術師だってことを、知ってるから。だから、気にする必要はないわ」
クラリスの顔には、柔らかい笑顔が浮かぶ。背伸びしてまで俺を撫でてくる。
...俺には、もうあいつらに未練がなく、完全に切り替えができていると思っていた。
でも、まだ少しは俺の心の中に残ってるものがあるのかもしれない。
クラリスに言われて、心に沈んでいた淀みが、少しだけ解けていくような気がした。
「...でも、俺が撫でた時はいちゃもんつけてきたくせによ。自分はちゃっかり撫でてるのな」
「こっ、これは違くてっ! べっ、別に、これはいいのよっ!!」
「はあ」
「ーーちょっと、お二人さん。いちゃいちゃするのも、それくらいにしてもらえませんか?」
突然、後ろから声がした。ふと振り返ると、一人の男がいた。
知らない、初めて見る人だ。その人は、じっと立ちながらもこちらを見つめる。
いつのまに部屋に入ったのか、全く気づかなかった。
「ちょっと、ハンスさんっ?! べっ、別にいちゃいちゃだなんてっ、しっ、してないわよっ!!」
「そうですか? 私の目にはそうとしか見えませんでしたが...」
クラリスはそそくさと俺から離れ、再び席に座った。
そして、もじもじしながらもそのまま顔を伏せてしまった。
いちゃいちゃって、こんな感じのことを言うのか? これくらい、学院時代もよくしてたけど...。
「あの、どちら様です?」
「ああ、申し遅れました。私、学院の事務を担当しているハンスと申します」
事務、か。確かに、人事は事務の管轄だよな。先生、ではなさそうだ。
ちなみに、俺の代は先生が28人いた。各々自分の専攻するものがあったが、俺はどうしようか、まだ決めていない。
「はぁ、分かったわよっ! それじゃ、話を始めましょうかっ」
クラリスは、こちらに振り向いて話し始める。
「ーーようこそ、ハーラスト勇者学院へ。改めて、私は第27代教頭、クラリス・ユークラウスです。早速だけど、これがあなたのクラスの名簿よ。間に、校舎内の地図を挟んでおいたわ。他に聞きたいことがあったら、なんでも聞いてね」
その顔と声色も、教頭らしく切り替わっている。その変わりっぷりには、感嘆するしかない。
てか、俺はずっとここで過ごしてきたんだぞ? 聞きたいことなんて、何も...ん?
「おい、ちょっと待て。名簿が足りないんじゃないか? これ、五人しか書いてないけど」
「別に、それで合ってるわよ?」
「へっ?」
その返答は、肯定の一言だった。何かの間違いかと思ったが、そうではなかったようだ。
「あれ、書いてなかったかしら? あなたには臨時講師として来てもらったの。今ね、最下位のFクラスだけ全然教師が集まらなくって、だからノアにお願いしたのよ」
「ああー...」
あれ、そんなこと書いてあったっけ?
あの時は、嬉し過ぎて何も確認せずに返事しちゃったからな。業務内容すら、まともに見ていなかった。
「...しかもこの五人、全員女子じゃねぇか!!」
「今言ったでしょ、そこは学院でとてつもなく成績の悪い子達が来るクラスなの。筋肉も適性も男子より劣る女子が多くなるのは、仕方のないことなのよ」
仕方ないってなんだよ。俺が女子苦手なこと、よく知ってるだろうってのにぃ...!
「でも、俺らがいた時は、こんなクラスなかったよな?」
「そうよ。その子達は、今特別にFクラスにいるだけ。ある条件を満たせば、また通常クラスに戻れるわ。それが、ノアの臨時契約が解除される条件でもあるわね」
ああ、だから"臨時"講師だったわけか。俺、マジでなんも見てなかったんだな...。
「じゃあ、その条件ってなんだ?」
「それはね、ーー」
◇
「ーーさて、そろそろホームルームの時間よ。教室にその名簿を持って行くのを忘れないでね」
「分かった。それじゃ、行ってくる」
「はーい、じゃあまた後で」
クラリスは、笑顔で俺を送り出した。そんなクラリスを背に、俺は部屋を後にした。
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