第1話:翌日の障害対応
夜更けの地階作業室は、かすかな換気音とモニターの淡い光だけが生きている証だった。人は三人しかおらず、以前は何十人もいたという話が遠くから聞こえてくるようだ。
「ソース、ないですね」
少し訛った日本語。長く海外で働いていたという。
「納品されてない」
誰も驚かない。それがこのシステムの常だ。
タカは画面を指差す。
「……これ、ロードモジュール(実行ファイル)から戻せる」
三人は一瞬沈黙する。意味は皆分かっている。
「シンの時なら、もう触ってますね」
彼は付け足した。
「怒られるやつですけど」
再構築はうまくいった。止血としては十分だが、そのままでは次に誰も触れない。
「でかすぎる……」
一つのクラスに判断も例外も全て詰め込まれている。
「速かったんでしょうね」
「……速かった」
三人で機能ごとに切り分ける。失敗したとき誰が責任を持つか分かるように。時間はかかったが、一人しか触れない構造は少しだけ崩れた。
午前3時前、7階の内線が鳴る。
「で、もう大丈夫?」
「一応、落ち着いてます」
「じゃあ、朝の会議は中止でいいね」
通話はそれで終わった。
夜明け前、ラーメン屋に寄る。店内は空いていて、三人分の湯気が立つ。
「前の現場も、似た感じでした」
外国語混じりの日本語で、彼は言った。
「人、減って、残った人が全部分かってて」
「で?」
「その人、燃え尽きました」
タカは麺をすすりながら聞く。
「名前、何て人でした?」
少し考えてから彼は答えた。
「……シンって呼ばれてましたね。本名じゃないです」
スープの音だけがしばらく続いた。
「今回も、同じになりそうですか?」
タカははっきりとは答えなかった。
「……少なくとも、同じ席は空けたままにした」
彼は意味を理解したようで、小さくうなずく。
帰りのタクシーで街の明かりを見ながらタカは思う。
「昨日は本当に長かった……」
運転手が後ろを振り返る。
「今日はもう落ち着きましたか?」
「ええ、まずは大丈夫です」
運転手はそれだけ言って、ラジオの音量を上げる。ニュースは別の国の話をしている。
自宅に着くと、妻が声をかける。
「夜食、食べたの?」
「軽く、でもちゃんと栄養あるものにしたよ」
「よかった。無理しないでね」
タカは短い会話で、心の緊張が少しだけ解けるのを感じる。
翌日、社内モニターを再確認するタカ。小さな修正やレビュー作業を繰り返す。
「コンピュータでのチェックには限界があるな……」
極稀に発生するレアケースを見逃さないためには、人の目と判断が必要だ。
軽く夕食を取りながら、妻と話す。
「やること増えちゃったよ」
「まあ、無理しないで。ラーメン以外もちゃんと食べてよね」
笑いながら、タカは肩の力を少し抜く。
翌日もまた、地階と7階を往復しながら、社内外の人とのコミュニケーションを取りつつ、システムの挙動を見守る日々が続く。
それでも、昨日より少し安心して作業できる自分を、タカは感じていた。




