ケルベロスと妖精のオルゴール
地獄の門は今日も静か……なはずだった。
その静寂を破ったきっかけは、冥界の王ハデスから下賜された一つの箱──"妖精のオルゴール"である。
「聴いていいよな?」
ケルベロスの三つの首が箱を覗き込む。右は目を輝かせ、真ん中は首をわずかに傾けて考え込み、左はおずおずと妖精を見る。
「ねじ、回してよ」
右が軽く言うと、箱の中の妖精はぷいっと顔を背けた。
「命令されるの、嫌いなの」
「どうする?」
右が残りの二首に問いかけると真ん中が低く言う。
「もういいだろ。仕事中だぞ」
「でも!」
「門番が浮かれるな!」
「せっかくハデスさまがくれたのに〜ッ!」
右の言葉を聞いて真ん中はグルルと唸る。
「やめてよ〜」
と左が間に入った。
そのとき、生きた人間が地獄の門へ迷い込んできた。右が一口で噛み砕き、骨すら残さず処理をする。
右が赤く濡れた口元をぺろりと舐め、
「……異常無し」
真ん中は淡々と呟く。
左はふわりとあくびする。
ケルベロスにとって、人間など取るに足りない生き物だ。しかしオルゴールを前にすると、三つの首は揃ってたじろいだ。どうしたらいいのだろう。
「しょうがないわね」
妖精は小さくため息をつき、ねじを回す。
「べ、べつにあんたたちのためじゃないし!」
リンリンと澄んだ音が冥界に広がった。
右はすぐに歌い出す。
「わっれらの王さまハデスさま〜♪」
「仕事中に歌うな!」と真ん中は叱り、やがて諦めて目を閉じる。しかしそれでも耳は、右の方に傾けていた。
左は妖精にそっと囁いた。
「楽しいね」
妖精の頬が赤くなる。
やがて三つの首の声が重なり、妖精はくるくると回り出す。
「わっれらの王さまハデスさま〜♪」
「つよくてかっこいい!ハデスさま〜♪」
「だっいすき!だっいすき!ハデスさま〜♪」
地獄の門は少しだけ、優しい音に包まれていた。




