第8話一緒に泣いて
日の光が真上から射す時間。
静まり返った小屋の中、窓から差し込む光がテーブルの上に柔らかく広がっていた。
「コビーさん…ガットさんは?」
「ガットなら明日の準備をしに出かけたんだ。それとついでに買い出しも」
ふふっとコビーが笑う。
その笑顔に、いつもの穏やかさが戻っていた。
「そう…ですか…」
「どうしたの?元気ないね?」
コビーは椅子を引き、座っての合図を指で送る。
木の脚が床を擦る音が小さく響いた。
セリーナは椅子に座り、視線を落としたまま息を整える。
「やっぱり今朝、ガットと何かあった?」
「いえ…気になることがあって…」
「ガットさんとコビーさんは…何をしようとしてるんですか?」
「何を?…お金のこと?」
「はい…」
ランプの炎がゆらゆらと揺れ、二人の影を壁に映す。
コビーは天井から吊り下がったランプの光を見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「うーん…ガットには言わないって約束してくれる?」
「はい…」
「僕たちは遊ぶお金が欲しいわけじゃないんだ…村のみんなに普通の生活をしてほしい。そのためのお金なんだ。」
セリーナの瞳が、わずかに揺れる。
「村の…ために?」
「うん。」
コビーの声はどこか遠くを見つめるようで、
その言葉ひとつひとつが静かに部屋の空気に溶けていった。
「三千万ウィルあれば、種や苗を買って育てることができる。牛や羊…鶏…みんな買える。家の補修だってできる。」
「…」
セリーナは黙ってコビーの話に聞き入る。
窓の外で鳥の声が一瞬だけ響いた。
そしてふふっと笑みがこぼれた表情で、コビーは続けた。
「ガットは言ってくれたんだ。そのお金で村に小さな料理屋作ってやるって。」
「お前が作る料理はうまい!だから村に料理屋作ってみんなに食わせてやれ!って。」
「ガットは強引だから。」
ハハッと笑う。
その笑いには、懐かしさと少しのあたたかさが混じっていた。
(ガットさん…)
「ガットは不器用だけど真っ直ぐな人だから。すごくうれしかった。」
セリーナは黙ってうなずく。
小さく光る瞳が、どこか優しい色を帯びていた。
「今…僕たちがやってることは犯罪…それはわかってる。」
「でも…ガットは村のみんなのために…今動いてる…」
セリーナは小さく確認するように
「はい…」
コビーは立ち上がり、カップを二つ用意して紅茶を入れる準備をする。
ポットの湯気が立ちのぼり、ほんのりとした香りが漂った。
「王女さんは今何歳?」
「私は…十九です。」
「そっか。」
注がれた紅茶の表面が光を受けてわずかに揺れる。
「ガットには娘がいたんだ…」
「プリシアっていうね。」
「今…生きていたら王女さんと同じくらいの年かな…」
コビーが紅茶をセリーナの前に置き、ゆっくりと座る。
「病を患っていたんだ。三年前の流行病…王都に行って見てもらおうとしたら薬だけでも五十万ウィル…とても僕たちが払える額じゃない。」
「ガットは必死に探した…治してくれるとこを…薬が買えるところを…」
「ようやく見つけたんだ。最北端のレイクの街でね。全財産を使って薬をようやく手に入れた。」
「でも…間に合わなかった…」
「…」
外の光が少し傾き、部屋の中に淡い影を落とす。
コビーは小さく息を吐いた。
「ガットに言っちゃダメだよ?」
「はい…」
「だから…こんな…苦労や苦しみをみんなにさせたくないって…」
「ガットは…そういう人なんだ。」
セリーナは泣いていた。
声が震え、涙が膝の上に落ちていく。
「私…自分のことばっかりで…」
「こんなにも…苦しんでる人達がいるなんて知らなかった…」
コビーは微笑みながら、その姿を優しく見つめた。
「でもね、王女さん。」
「今知ってくれた。僕らはそれでいい。僕らのために泣いてくれてる。」
「だから、一緒に泣こう。それで十分だよ。」
「ごめんなさい…」
「王女さんが謝ることじゃないよ。」
「僕は…ガットも、王女さんと話せてよかった。」
「さ、冷めないうちに、どうぞ。」
コビーはそっとカップをセリーナの前へ押し出した。
その仕草には、言葉よりも深い温もりがあった。
「はい…いただきます。」
静かなティーカップの音が、小屋の中にひとつ響いた。
──一方ガット。
ザァァ……ザァァ……
ラスの村近く――海の見える丘の上。
潮風が草をなで、遠くでカモメが鳴く。
プリシアの墓前。
名を刻んだ石が、淡い陽光を受けて静かに光っていた。
「……」
――回想――
(あんたはあまちゃんだよ…)
(お前にはできねぇよ…)
ザァァ……ザァァ……
(お前も…同じなんだよ!)
「プリシア…俺は…」
(あの時の…セリーナの顔…)
(頭から離れねぇ…)
ガットは拳を握り、風の中でただ立ち尽くしていた。
ザァァ……ザァァ……




