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特別話Ⅲ 木漏れ日の下で。


四カ月後──


初夏の陽が高く、空気はすでに夏の匂いを帯び始めていた。セリーナはラスの村へ足を踏み入れる。潮風に混じって、草と土の香りがふわりと流れた。


「わざわざこんな辺境まで悪かったな。」


「お久しぶりです。ガットさん。」


二人は自然と笑顔で向き合う。張りつめたものが溶けるような、柔らかい笑みだった。


セリーナは村の景色を見渡し、胸いっぱいに空気を吸い込む。


「緑がいっぱい…」


すぅ……はぁ……。深呼吸すると、胸の奥が軽くなった。


「皆さんの様子はどうですか?」


「ああ。みんな元気にしてる。」


「緑?野菜のことか。そろそろ収穫できそうだな。……俺は食わんが。」


「野菜食べないとだめですよ?」


ガットは気恥ずかしそうに頭をかいた。指先が髪をくしゃりと乱し、どこか照れが滲む。


「……そうだな。」


「このまま行くか?」


「はい。今日はプリシアさんに会うために来ましたから。」


「そうか。プリシアも喜ぶ。」


「少し待っていてください。」


セリーナは護衛の兵士たちのもとへ歩み寄り、村の入口で待機するよう落ち着いた声で命じた。兵士たちは静かに頷き、持ち場へと散っていく。


二人は海沿いの道を歩きはじめた。照り返す白い砂利道が、陽に眩しく輝く。寄せては返す波音が、二人の足取りにリズムを刻む。


やがて、一本の大きな木が海風に揺れる丘へ辿りつく。そこに、プリシアの墓がひっそりと立っていた。


《プリシア=ローウェル、ここに眠る》


「プリシアはここが好きでな。」


地平線まで続く大海原。白い波が遠くで弾け、細かい光が舞い散る。


ザァァ……


「きれい……」


セリーナは風に揺れる髪を押さえながら、そっと墓前に花束を置いた。瞳を閉じると、潮の香りと静けさが胸に染みていく。


「プリシアは一日ここにいたことがあった。」


「わかります。とても…心が落ち着く場所だから。」


セリーナは花束を整え、静かに祈りを捧げる。


(プリシアさんに…… ガットさんが私を救ってくれたこと…… 私を変えてくれたこと…… どうしても伝えたかった……)


祈りを終え、セリーナはゆっくりと立ち上がった。


「ガットさん……話があります。」


「ん?どうした?」


セリーナは海の方を向いたまま、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ガットさんの奥様は…シーラ=ハベルさんですよね?」


「ああ。そうだが。」


「私の母の名前はご存じですか?」


「フローラ王妃。誰でも知ってる。」


「では…王家に嫁ぐ前は?」


「…たしか…シャーウッド家だろ?」


「王家に並ぶ名門の。」


「はい。表向きは。」


「何が言いたい?」


潮風がふっと吹き抜け、木漏れ日が揺れた。その光がセリーナの肩に揺らぎながら落ちる。


「私が成人した日。父が母の過去の話をしてくれました」


「私の母…フローラは平民の出でした。」


「平民…」


「父のクロフォードが母を愛しました。」


「でも…王族と平民。周りからはよく思われない。」


ザァァ……


「そこで身分を隠すために母はシャーウッド家の養女になりました。」


「王家とシャーウッド家。同じ階級同士なら問題ありませんから。」


木漏れ日がセリーナの背にそっと光を落とし、海風が髪を優しく揺らす。


「そして私は調べたんです。母の生い立ちを。」


「シャーウッド家に来る前の本当の名前…」


「フローラ=ハベル。」


ガットの息が止まる。


「……ハベル……」


「ガットさんの奥様は…シーラ=ハベル。」


「私の母と、ガットさんの奥様は…姉妹です。」


海風が丘の上を駆け抜けた。


「だから……」


ザァァ……


「私とプリシアさんは血が繋がっているんです。」


ガットは何も言えず、視線を海へ落とした。木漏れ日が二人の間に静かに降りる。


「プリシアに……会いたかった……」


セリーナがゆっくり振り返る──その瞬間、強い風が吹き上がった。


海からの照り返しと木漏れ日の光が重なり、無数の光の粒が宙に舞い上がる。金色、白、淡い青。光の粒は風に揺られながら二人を包んだ。


世界の音が遠のき、波音だけが残る。


ガットの目に鋭い日差しが差し込み、思わず目を細める。視界の白がゆっくりと薄れ、目を開いた──


そこには、プリシアがいた。


「……プリシア……」


ガットの喉がかすかに震えた。 胸の奥から、何かを押し出すように息が揺れる。


「どうして……」


涙が頬を伝う。


プリシアが微笑む。


「俺は……」


「お父さんに伝えたかったことがあるの……」


プリシアがはにかみながら言う。


「ありがとう。」


その頬に、木漏れ日がそっと揺れながら落ちた。まるで風が彼女の笑顔を照らし出したかのように。


「……プリシア……ゆるしてくれ……そばに居なかったことを……」


「ゆるすもなにも、そんなこと思ってないよ。」


「お父さんは私のために探してくれた。助けようとしてくれた。」


光の粒がふわりと二人を舞いながら抱きしめるように揺れる。


「……大好きだよ。お父さん。」


プリシアがそっと抱きつき、ガットもプリシアを抱きしめた。


(いつまでも……そばにいるからね……)


「プリシア……愛してる……」


光がふっと強く瞬き、 まるで世界そのものが二人をやわらかく包み込んだ。


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