第16話 必要な人…そして…
次の日──牢獄。
冷えた石壁の部屋の中、ガットは硬いベッドに腰を下ろし、通路の天井に吊るされたランプの光をぼんやりと見つめていた。
ガチャン……。
遠くの鉄扉が開く音が響く。 かすかな話し声が続き、そして、ひときわ高く(遠く)「はっ!」という兵士の声。
(遠く)「……してください。」
(遠く)「わかりました。」
(……セリーナ?)
コツ……コツ……コツ……。
革靴の音が近づいてくる。 角を曲がったその先に現れたのは、王女セリーナだった。
「ガットさん。」
「セリーナ……。」
ガットはゆっくりと立ち上がる。
セリーナは鉄格子の向こうからまっすぐに彼を見つめた。
「ナビル王とは……和解できたか?」
「……はい……。」
「そうか……それはよかった。」
短い沈黙。
セリーナの瞳には涙が溜まりかけていた。
「そういう顔をするな……。」
ガットは小さく笑った。
「そういう顔をさせないために、俺は体を張ったんだがな。」
「はい……。」
しばらくの沈黙のあと、セリーナがそっと口を開く。
「今朝……。」
「?」
「コビーさんが、身代金を返しにきてくれました。」
「……コビーが……?」
「身代金は全額返すから、ガットを返してくれと……。」
「泣きながら……何度も……何度も……。」
(あいつ……。)
(コビー……結局お前まで巻き込んじまったな……。)
──今朝。
王城の前。
朝の光を受け、石畳の広場に兵士たちの怒号が響く。
「貴様らが王女を!」
「身代金は返しますから!」
「何を今さら! お前らは終わりなんだ!」
「罪は消えないんだよっ!」
押さえつけられ、コビーは殴られ、蹴られた。
それでも、地面に倒れながら叫び続けた。
「お願いします! 身代金は返しますから!」
「だから……ガットを返してください!」
そこへセリーナが駆け寄る。
「コビーさん!」
「皆さん、やめてください!」
「セリーナ様! お下がりください! こいつは――」
「違います!」
その声に誰も動かない。
兵士が再び拳を振り上げた瞬間――
「やめなさい!!」
その声は広場に響き渡った。
セリーナの喉から絞り出された、初めての怒声だった。
「!! し、しかし……。」
「やめてください……お願いです。」
兵士たちは顔を見合わせ、ゆっくりと身を引いた。
セリーナは倒れたコビーのもとへ駆け寄り、彼の体を抱き上げる。
「コビーさん!」
「う……あ……王女さん……。」
「コビーさん……。」
セリーナは震える手で、彼の傷ついた頬をそっとなでた。
「王女さん……お願いだよ……お金は返すから……ガットを……。」
泣きながら、コビーは懇願した……。
「ガットを返してくれ……。」
「わかりました……今はまず手当てを……。」
セリーナは侍女に振り返る。
「クララ。客間へ運んで。手当てを。」
「で、ですが、その者は――。」
「そんなことを言ってる時じゃありません! 怪我をしてるんですよ!」
「は、はい……わかりました……。」
二人がかりでコビーを支えながら、部屋へと運んでいく。
──部屋にて。
「いっ!」
「我慢してください。」
セリーナは薬を手に取り、コビーの傷口に優しく塗った。
白い指が震える。
その瞳には、恐れと後悔、そして深い優しさが宿っていた。
「コビーさん……どうしてここに……。」
「ガットが……約束の時間まで帰ってこないから……。」
「近くまで様子を見に来たんだ……。」
「そしたら、見張りの兵士たちが……誘拐犯をひとり捕まえたって……。」
「僕は……。」
コビーは顔を横に振る。
「僕たちは……ガットを失ってまで、お金は欲しくない。」
「だから……身代金を返しにきたんだ……。」
コビーの目から涙がこぼれ落ちる。
「コビーさん……。」
「お願いだよ……王女さん……ガットを返してくれ……。」
大粒の涙が床に落ちた。
「わかりました……必ず。」
「王女さん……ありがとう……。」
その言葉は、かすれた声でありながらも、確かな光を宿していた。
――現在・牢。
「そうか……コビーが……。」
ガットは格子越しに小さくうなずいた。
ランプの光がゆらぎ、冷たい鉄の匂いが戻ってきた。




