第14話 セリーナとプリシアと
運送屋の倉庫裏。
王都行き便の積み出し口、その片隅。 ひんやりした夜気の中、二人の影が身を潜めていた。 マントの裾が風に揺れ、フードの奥で息を殺す。
「コビーから合図がくる。」
「それまで待ちだ。」
「合図ですか?」
「ああ。コビーがうまく逃げられたら、そこの川の水かさが増す。」
川のせせらぎが、静かな夜にかすかに響いている。 セリーナは頷き、冷たい指先をぎゅっと握った。
「上流を堰き止めてるからな。それをコビーが決壊させる。水かさが一気に増える。それが合図だ。」
セリーナは小さく息をのむ。
(コビーが逃げられるかどうか……それがすべて……)
「コビーが逃走成功したということにもなる。」
その時、外から声がした。
「おい……川の水かさ、急に増えたぞ!」
「今日はやけに少ないと思ってたが……上流で何かあったのか?」
(よし……コビーが通った)
人々の視線が一斉に川へ逸れ、積み場は一瞬で静まり返った。
「行くぞ。」
セリーナはうなずく。 箱の蓋が静かに開き、ガットが先に飛び入る。 そしてセリーナを抱き上げ、優しく中に入れて蓋を被せた。
「よし。成功だ。」
「コビーさん、成功したんですね?」
セリーナの声には、わずかに安堵がにじんでいた。
「ああ。このまま二時間ぐらいで王都に着く。」
「はい。」
外から人の声が近づく。
「これもか……でかいな……」
「おい、落とすなよ!」
ギイ――
木箱が持ち上がる。 体がふわりと浮く感覚。次の瞬間、ゴトンと積台に落ちる衝撃。 ゴトゴトゴト……車輪が石畳を刻み出す。 ガットが唇に指を当てる。セリーナはこくりと小さくうなずいた。
「王都直送の荷もあるんだ、丁寧にいけよ!」
「はい!」
箱の中で、セリーナはずっとうつむいていた。 外の声に耳をすませながら、息を潜める。
(そういう顔をするな……大丈夫だ……俺がなんとかしてやる……)
「ガットさん?」
「ん? どうした?」
「ガットさんはいつ……箱から出るんですか? 王都に着いてしまったら……」
「……このまま行く。」
「そ、それでは!」
ガットは静かに口に人差し指を立てる。 セリーナは慌てて口を手でふさいだ。
「……俺には、娘がいた。」
ガットの声は、馬車の揺れにかき消されそうなほど静かだった。
「生きてれば、お前と同じ年頃だ。三年前の流行り病でな。」
セリーナはただ、黙って聞いていた。
「俺は何もしてやれなかった。今は……後悔しかない。」
「プリシアに……寂しい思いをさせた。」
「プリシアさん……」
ガットの瞳が、ほんの一瞬、遠くを見た。
「それに気づいたときには……プリシアはもう、いなかった。」
「だから……ナビル王も同じなんだ。お前の価値に気づいてない。」
「私の……価値……?」
「ああ。だから俺がガツンと言ってやる。」
「だから心配するな。そういう顔をしなくてすむようにしてやる。」
「ガットさん……」
「どうして……そこまでしてくれるんですか? 私は……あなたの嫌いな王族……」
「別に毛嫌いしてるわけじゃねぇ。王族の中にも、セリーナみたいなやつがいるって知ったからな。」
(ガットさん……すごく優しい顔……)
(でも……王都まで行ったら……ガットさんは捕まってしまう……)
(どうしてそこまでして……)
ガットは悟ったように、ふっと笑い、 セリーナの頭を撫でた。
(王に直接物言いできるチャンスはここしかない。最初で最後のチャンス。)
馬車が速度を落とす。遠くで角笛、近くで鎖の軋む音。 やがて車輪の音が止まり、静寂が戻る。
「着いたな……」
「セリーナ、口を塞ぐがいいな?」
「え?」
「大丈夫だ。お前を人質にする。王を引きずり出す。」
「悪いが……刃は寝かせる。冷たさだけ首筋に触れさせる。」
セリーナは静かにうなずいた。
(私が人質になれば……ガットさんは逃げられる……)
セリーナはガットに抱きつく。 ガットもそれに応え、セリーナの頭を撫でた。
(この揺れが終わったら、もう戻れないかもしれない――それでも…お前を救いたい。いや…必ず救ってやる!)
「よし……行くぞ……」
セリーナもうなずく。
ダンッ。 勢いよく、箱の蓋が跳ね上がった。




