第7話:異能者カイザと勝負(アイリの視点)
(……え?)
母が――キサラが、膝をついた。
その瞬間、アイリの呼吸が止まった気がした。
(そんな……うそ、でしょ……)
母の戦いは、いつだって冷静で、的確で、威風堂々としていた。
誰よりも強くて、決して崩れない。
それなのに――たった一手。
力づくでもなく、氣の激突でもなく、
静かに、何かを“ずらされた”ようにして――母が、地に伏した。
何が起きたのか、目では理解できなかった。
でも、肌で感じた。
この“旅人”は、明らかに只者ではない。
(何……この人)
動きは控えめで、言葉も丁寧。
威圧感もなければ、挑発もない。
なのに、見ていると――心の奥がざわつく。
(怖くない。でも……近づいたら、戻れなくなりそう)
そんな感覚だった。
いや、違う。
それだけじゃない。
(……なんで、目が離せないんだろう)
気づけば、ずっと彼を見ていた。
誰よりも尊敬する母が敗れた相手――
心の中で彼を凄いと感じた瞬間、何かがアイリの心に鎖をかけた。
この男、カイザは何かがおかしい。
怖い。でも目を離せない。
近づきたくないのに、なぜか気になってしまう。
(……ダメ。この気持ちは、おかしい)
混乱と困惑。
それが自分のなかで渦を巻くのを、止められなかった。
(ユウなら、どうするだろう)
脳裏に浮かんだのは、幼なじみの顔だった。
一緒に稽古して、何度も打ち合って、何も言わなくても通じる関係。
けれど――
(ユウじゃ、勝てない。絶対に)
そう思ってしまった自分が苦しかった。
(ユウの拳は、あたたかい。でも……)
カイザの拳には“感情”がない。
それなのに、なぜか心が引きずられる。
(こんなの、変だよ)
アイリはそっと拳を握った。
自分の中に芽生えたこの小さな“揺れ”が、これからどこへ向かうのか――
その答えを、まだ知らない。
だが心の奥に芽生えた違和感と、妙な引力のような感覚は
静かに、確かに、彼女の中に根を張り始めていた。