第6話:異能者カイザと勝負(キサラの視点)
(……私が、地をついた?)
膝が床に触れた瞬間、キサラの心に走ったのは明確な“敗北”の自覚だった。
だが、次の瞬間には、それが技術的な負けであることもまた理解していた。
力でも、速さでも、氣の流れでもない。
もっと別の、見えない何かに芯を外された。
それがどうしようもなく悔しく、そして、どこか――
(……美しかった)
技の洗練、身のこなし、無駄のなさ。
それは攻撃ではなく、あくまで“制圧”だった。
誰も傷つけず、誰にも誇示せず、ただ一点だけを見据えていた男の動き。
(本当に、ただの流れ者なの?)
キサラは静かに立ち上がりながら、心の中で問いかけた。
疑うべき点は多い。
だが、彼の態度には矛盾がない。礼節も保っている。
そして何より――
(……嫌悪感が、湧かない)
負けた相手には、得体の知れぬ苛立ちや警戒がつきまとうものだ。
だが、彼にはそれがなかった。
いや――
(……それが、逆に恐ろしい)
自分の心のどこかが、“彼を受け入れようとしている”。
そのこと自体が、何よりも不自然で、危険だと、本能が警鐘を鳴らしていた。
――そう。これは理性ではなく、感覚の領域だ。
言葉にできない違和感、そして興味。
「……お見事です、カイザさん」
そう口にしたときの自分の声が、少しだけ震えていたことに、キサラ自身が気づいていた。
(何かが・・・おかしい)
その予感が、胸の奥に静かに沈殿していく。
敗北の余韻とともに、その一方で彼女の心の奥底には――
ほんの微かな好奇心が芽生えてしまっていたこともまた、否定できなかった。