第24話:壊れかけた体
カイザは背を向けた
「リサ。あとは任せる。彼が覚醒を果たしたら報告しろ。俺は今回手に入れた女達の処理に入る」
「了解しました」
カイザは、いまや自分の影響下にある女たちへと歩み寄った。
「君たちには異能強化の処理を受けてもらう。上手く適合すれば君たちに異能の力が備わり覚醒する」
彼の言葉に、誰もが夢の中のようなまなざしでうなずく。
異能強化薬はユウに使用した異能覚醒薬と違い、生まれついた時から持つ異能を強化する。たいていの者が生まれつき持っている異能は、微弱で役に立たない。
しかし中央では長年にわたる研究と実験の末に、その眠れる力を引き出し、戦力として通用するまでに強化する技術を確立した。
ただし――その強化には、適合率という大きな壁がある。
成功すれば異能の力を得るが、失敗すれば精神や肉体に深刻な後遺症を残すことも珍しくはない。
中央がこの技術を適用する対象を選ぶ際は、慎重さと冷徹さが求められる。
何しろこの薬は大量には生成できない。莫大なコストと労力が必要となるからだ。
そして失敗した時の損失があまりに大きい。
カイザがこの薬を持っているのは、自身の異能で王都の人間すらも操り人形にしているからに他ならない。研究所の人間はそのことに気付いてはいるが、貴重な薬を扱えるという研究欲からその事を黙っている。いや。彼らも気づかぬ内にカイザに操られていたのだ。
カイザは常に自分の駒となり得る者を探していた。
支配に値する者。忠誠に値する者。
自らの「野望」に必要不可欠な、特別な強さを秘めた存在を。
アイリたちは、静かに並べられたベッドの上で次々と眠りについた。
その顔には穏やかな安堵の影が浮かび、まるで自らの意思で安息を選んだかのようだった。だが実際には体内に注入された強化薬が、ゆっくりと異能の芯に浸透していく工程の始まりにすぎない。
この眠りは、覚醒のための前奏。
彼女たちが目を覚ますのは、一ヶ月後。
それまでの間、薬はじわじわと全身を巡り、適応の可否を静かに判別していく。
カイザはその光景を前に、まるで芸術家が作品の完成を待つような表情で微笑んでいた。
「――どんな力を得るのか。目覚めた瞬間、お前たちは私の戦士となる。……いや、それ以上の何かになるかもしれないな」
彼の瞳には、支配者の光が宿っていた。
そして、さらなる「選別対象」のリストも、静かに増え始めていた――。
自身が王になるためのピースは着実に増えつつあった。
――目覚めは、地獄だった。
ユウは、ベッドの上で痙攣していた。目は開かず、声も出せない。ただ、異常なほど高密度のエネルギーが彼の肉体から漏れ出していた。
「体はすでに限界を超えている……だが、死なない……!?」
研究者たちは次々に彼の体に計測装置を貼り付けていく。脳波、心拍、細胞構造までも調査して――だが、すべてが「異常」の一言で片付けられた。
誰も、ユウの異能の正体を説明できなかった。
「わからん……覚醒には成功したようだが。ただ異常な生命力で生きているだけだ」
アレス博士も過去に例のないユウの覚醒に苦悩していた。
カイザは、ガラス越しに眠るユウの姿を見下ろしていた。
異能の覚醒には成功――それは記録上の事実でしかない。だが、その能力は不安定すぎた。意識は戻らず、全身の神経系は過剰活性。あらゆる感覚器が異常をきたし自己を保てない。
「……暴走系か。制御できぬ力に意味はない」
「だが、まったくの無駄でもあるまい」
直後、白衣の研究員が小さなガラスケースを手に戻ってきた。中には、ユウから採取された微細な細胞組織が浮かんでいる。
「この細胞、自己修復能力が異常です。既知の再生異能より遥かに強力。しかも、他の因子と融合を始めています……」
「……興味深い。まるで、異能そのものを吸収しているようだ。
これを応用すれば――さらに進化した覚醒薬を造れるかもしれない」
カイザの口元が、ゆっくりと歪む。
手に入れたのは、異能戦士計画の中核を成す“原型”――他のすべてを凌駕する素材だった。
「細胞の一部を採取して、いつもの処理区画へ冷凍保存しておけ。今後の素体材料とする」
カイザはユウを見下ろして言った。
「感謝しているよ、ユウ」
彼は小さく呟き、唇の端を持ち上げる。
それは礼ではない。敬意でもない。ただの自己満足に基づいた感謝だった。
「君のおかげで私の計画は……一歩、完成に近づく」
カイザはこの時点で、彼への興味をなくした。
彼の眼には誰にも見えぬ未来の理想世界が映っていた。




