第1話:道場で訓練する2人
朝霧がまだ道場の裏山を包んでいる中、木刀が打ち合う音が響いていた。
白い道着を着た少年と少女が向かい合い、互いの息遣いがわずかに重なる。
「そこ、甘いよユウ!」
「くっ……わかってるって!」
少女――アイリの踏み込みが速い。
ユウは咄嗟に構えを直そうとするも、木刀が彼の肩に軽く触れた。
カン、と乾いた音が響き、ユウはバランスを崩して膝をつく。
「一本。……甘すぎ」
「くそ……今日こそは取れると思ったのに」
アイリは苦笑しながら木刀を引き、ユウに手を差し出した。
汗に濡れた前髪をかきあげるその横顔に、ユウは一瞬、目を奪われた。
「動きは良くなってる。去年よりはね」
「……お前、容赦なさすぎ」
「強くなるためには当然でしょ?」
そう言って、アイリは腰に手を当てて小さく笑った。
その笑顔を見るたび、ユウの胸がざわつく。
追いつきたいと思った。ずっと。
「二人とも、稽古を終える前に気を抜かない!」
鋭い声が飛んだ。
道場の縁に立つ女性――《剛気館》の師範であり、アイリの母・キサラだった。
「ユウ。悪くはない。でも、構えの重心がまだ浅い。だからアイリに先を取られる」
「は、はい……!」
「アイリ。勝っても気を抜くな。一本は取っても、戦はまだ続いているつもりでいなさい」
「……はい、母様」
鋭さの奥に、確かな愛情と期待を含んだ言葉だった。
門下生たちも静かにその様子を見つめている。
「うわ、またユウ負けたのかー?」
「でもあの二人、ほんといいコンビよねぇ。息ピッタリ」
「ったく……あのアイリに勝てる奴なんて、ここにはいねーっての」
門下生たちが、それぞれの距離感で口々に茶化す。
ユウは頬を赤らめながら立ち上がった。
「……勝つさ、次こそ」
心のなかでだけ、もうひとつ言葉を続けた。
(だって、いつまでも隣に立っていたいから――)
そう、今はまだこの距離があるけれど。
それでも、彼女の背中を追うこの日々が、ユウにとって何よりも大切だった。
「うわ、またユウ負けたのかー?」
カナの明るい声が、道場の緊張を軽やかに破った。彼女は手を腰に当て、茶目っ気たっぷりにユウを見下ろしている。動きやすそうな稽古着姿のカナは、まるでこの場を盛り上げるために生まれてきたかのようだ。
「でもあの二人、ほんといいコンビよねぇ。息ピッタリ」
ユイがくすくす笑いながら言う。彼女は少し離れた場所で、扇子を手に涼しげに風を起こしている。ユイの物腰は柔らかく、どこかお姉さんらしい落ち着きがあるが、目にはユウの奮闘を温かく見守る光が宿っていた。
「あのアイリに勝てる奴なんてここにはいないよね」
シズカがぼそっと呟く。彼女は壁に寄りかかり、腕を組んでクールに状況を眺めている。彼女が一見近寄りがたい雰囲気を漂わせているが、仲間への信頼は言葉の端々に滲み出ていた。
「次はもっと粘れるよ、ユウ。アイリの動き、ちゃんと見てたよね?」
ユイが軽くユウの肩を叩く。彼女の声は優しくとても癒される。ユウは苦笑しながら頷き、剣を握り直す。
対戦相手のアイリは、涼しい顔で剣を納め、軽く微笑んだ。彼女の動きには無駄がなく、まるで水のように流れるような美しさがあった。ユウは悔しそうに唇を噛みつつも、アイリの背中を見つめる目に尊敬の色を隠せなかった。
一方、ユリナは道場の隅で静かに本を読んでいた。彼女は他の門下生とは少し距離を置き、物静かな雰囲気を漂わせている。だが、時折ページをめくる手を止め、ユウとアイリのやり取りにちらりと視線を向ける。その瞳には、仲間たちの熱意を認めつつも、どこか冷静に分析するような光があった。
男たちの声も、道場のざわめきに混じる。
「ユウ、気合入れ直せよ! 次はアイリをビビらせてやれ!」
陽気な声で励ますのは、がっしりとした体格のリュウだ。彼は仲間たちと気軽に笑い合いながらも、ユウの成長を心から応援している様子が伺えた。
「まあ、無理だろうな。あのアイリは別格だ」
そう冷やかすのは、細身で少し皮肉屋な雰囲気のソウタ。だが、彼の口調にはどこかユウへの信頼が隠れている。男たちはそれぞれの距離感で、ユウの敗北を笑いものにしつつも、次の一歩を期待していた。
道場の空気は、仲間たちの絆と競い合う熱で満ちていた。ユウは深呼吸をして剣を握り直す。その背中には、仲間たちの声援と、師匠の厳しくも温かい視線が注がれている。夕陽が道場を赤く染める中、ユウの新たな挑戦が始まろうとしていた。