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1章8話 ステータス配分は極振りでした


「……何だか色々機能ついてて凄いんですけれど。大きくてちょっと持ち上げるのはしんどいかも」


 私は、レンジはそこに入ってますと風間さんが指したダンボールを開けて、見えた新品の未開封レンジに対してそう呟いた。

 自分では、女性の平均よりも力はある方だと思っているのだけど。そんな私でもひと目でこれは持ち上げられないなと判断する大きさの、様々な料理に使えるオーブンレンジがそこにはあった。


(…………そして冷蔵庫も結構大きいのよね)


 失礼だとはわかりつつも、宝の持ち腐れという言葉が私の脳内で踊っている。


「ひとまず、床に置いたままで設定しちゃいますね……というか正直うらやましいです」


 私がそう言うと、風間さんも同じことを自覚していたようで、「あはは、僕に使いこなせないから勿体ないですかね」、と笑って言った。

 笑顔になると、整っている顔がくしゃりとなって子供のような印象を受ける。


 彼に男っぽさを全く感じないのは、中性的な容姿に加えて、この邪気の無さなのだろうか。そんなことを思いながら、私は説明書を見ながら設定をしていく。凄いな、自動メニューどれだけあるんだこれ。


 設定をしつつ、私は、改めて部屋を見渡す。

 ノートPCと、何も入っていなかった大きな冷蔵庫以外にはダンボールしかなかった。そこにこのレンジを出して、ひとまず最低限暮らせる状態に必要なものを考える。


(レンジがあればご飯は最低限何とかなるわよね……後はお湯を沸かすものと、炊飯器と食器類も二組くらい出してあげればいいかしら)


 そして、そう思って私が風間さんに尋ねると、風間さんはどこか他人事ひとごとのように言った。


「なるほど? 確かに……ポット買わなきゃラーメンも食べられないですね。レンジは買ったんですけど盲点でした」


 今気づいたかのような呟きに、私は呆れる。もしかしてこの家には、大きな冷蔵庫に機能過多のレンジはあるのに、食器類も、お湯を沸かすものもないのだろうか。


「あの、あの中とかにポットとかあるわけじゃないんですか?」


「えっと、あの中は本とかゲームとか資料ばかりで、後は色々必要になったら買えばいいかなって思って……」


 ふとそこで気になった。

 まだ荷解きができていないから、何も無いのかと思っていたがもしかして。


「ちなみに、風間さんが持ってる家具って何ですか?」


 そう私は尋ねる。


「冷蔵庫と洗濯機とレンジさえあれば暮らせるって聞いたので、とりあえずそれと……後は僕のものだった本とゲームとパソコンですかね。本棚はまだないです」


 やはり。


「……ポットとか、フライパンとか、お鍋とか、お皿は?」


「おおなるほど、そういえばそういうものも必要ですね! 勉強になります!」


 続けて、私が多分無いだろうなと思いつつ聞いた答えは、なるほど、という答えだった。

 ツッコミどころしかない。

 同時に、どういう人なんだろうという疑問が増してきていた。

 一人暮らしで、洗濯機と冷蔵庫とレンジだけ用意している人。今は六月、新社会人というには時期も妙だし、子供っぽい部分はあるが、卒業したばかりの学生のようにも見えなかった。


「……失礼ですけれど、風間さんよくひとり暮らししようと思いましたね」


 そして、純粋な疑問が私の口から出てくる。

 初めての一人暮らしのはずだ。そうでなければもう少し色々とありそうなもの。だが、家族と暮らしていたのであれば、安心して送り出せる気はしなかった。


「あー、実はおんばが死んじゃって、それでやむ無しの一人暮らしなんですよね」


「え……?」


 あっさりと告げた彼の言葉に、私は吐息のように声を出してしまう。

 だが、そんな私に首を振って、風間さんは続けた。


「あ、大丈夫です。急な病気で、その、苦しんだりとかもなくて……ちゃんとお別れも言えたんで」


「そうなんですか……でもごめんなさい。立ち入ったことを」


「いえとんでもないです。ただ、色々あってその場所は他の人にあげることになったんで、僕は一人暮らしすることになってですね。早めに生活できるようにしないと、仕事にも影響が出ちゃうのはよくないよなぁって」


 私が恐縮すると、風間さんも申し訳無さそうな顔でそう言った。

 一つ彼のことを知る。社会人で、しかも仕事のことは真面目にされている人のようだった。生活力はなさそう。


「……そうなんですね、仕事何されてる、とか聞いても大丈夫ですか?」


「全然大丈夫です! 改めまして、風間直人27歳。ステラっていう会社で、ゲーム作ってます!」


「あ、歳下なんですね……私も改めて月野のぞみです、歳は28歳です。って、ステラ…………? もしかして、あのステラですか?!」


 手を止めて、その名前に少し大きな声を出してしまった。

 

「はい、アプリゲームとか作ってます。もしかしてご存知ですか?」


 ご存知も何も、ステラは『クロノス・サーガ』という大ヒットしたアプリゲームを突然リリースしたことで一躍有名になり、大手に混じって昨年のアプリ売上ランキングで一位を取った新興ベンチャーだ。

 中村という創業者は何度かバイアウトを経験していてメディアにもよく登場し、「デジタルエンターテイメントの革命児」と呼ばれている。今回も非常に少数精鋭の企業で、早くも様々な大手が買収に意欲を見せているという噂も聞こえてきていた。


 のぞみがデザイナーとして勤めている会社でも、何人もがアプリをやっている。のぞみ自身もやってみて、秀逸なゲームシステムに難易度、やりこみのストレスの無いバランス設計が美しいと思っていた。


(うちの営業も少しコラボできないかと様々な伝を使ってて、苦労してようやく打ち合わせが組めたって言ってたよね)


「あのクロノス・サーガをリリースした、ステラですよね?」


「あ、うちの子を知ってくれてるんですね! えへへ、結構頑張って考えたんで、色んな人が遊んでくれるのは嬉しいですよね」


「…………うちの子? 考えた?」


 まるでそれは、風間さんが考えたかのような。

 私が尊敬の念と共に口に出したゲーム名に対して、風間さんがあっけらかんとそう発言するのに、私は恐る恐る、確認するように呟くと。


「はい、ステラのゲームの流れは、大体僕ともう一人で作ってるんで。あ、デザインとかサブシナリオは外注なのも結構ありますけれど、メインシナリオとかコア部分はそうですね」


 風間さんは、何気ないようにそう言った。


「…………ええ!!!!????」


「ただ、とりあえず一人暮らしに慣れないと、次のアップデート滞っちゃいそうなんですけれどね。あはは、困っちゃいます」


「…………」


 私は隣人について少し理解を深める。この人は才能に全振りした結果、生活力がゼロの人だ。


 そして同時に思ってしまう。恐らく彼の生活力を支えていたのであろうおんばさんを失った結果、こう(・・)なっているこの人を、知った後でこのまま放置するのは後味が悪いな、と。



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