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僕の大好きな人が、今日も笑えますように  作者: 和尚@二番目な僕と一番の彼女 1,2巻好評発売中
5章 足の痛みと未来への門出

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5章10話 夜の帳に幸せを


「……バイキングって聞いてたけど、めちゃくちゃ豪華じゃない?」

「……バイキングって聞いてましたけど、ご馳走三昧ですね!」


 僕達は、座席に案内されるまでに見える、海鮮バイキングの想像していた以上の品々に、そう呟いていた。

 同じことを言ったことにお互いに気づいて、くすっと笑い合う。


 先ほど、思わず抱きしめた柔らかい感触も、どきどきとした心臓も、恋人同士になれたという幸福感も、何もかもを抱えたままでも、僕はこうして自然と笑える事を知った。


 あちらの家族も、あちらの恋人らしき人達も。

 沢山の笑顔に、きっと色んな意味があるんだろう。


 そう思うと世の中って凄いなと、ついキョロキョロしていると、くいっと後ろからのぞみさんに袖を引かれて、「あちこち見て、どうしたの?」と囁かれた。

 近くて、袖と一緒に手の体温も触れて、僕のどきどきが再発する。


 とはいえ、周りの人の笑顔を見て世の中について考えました、というのを案内されながら言うのもおかしいかなと、僕も身体を寄せて、耳元にそっと理由を言おうとすると。


「近いって、人いるから流石に恥ずかしい…………もう少し後でね」


 のぞみさんが照れたように言って、ささっと案内の人に付いて先に行ってしまった。


(ええ? それは僕もでは)


 そして、僕は心の中で抗議をしようとしたけれど、全ては付け加えるように言われた「後でね」にかき消される。


 幸せにも、過剰摂取オーバードーズはあるのだろうか。

 もし、あるとしたら僕はもう、駄目かもしれない。



 ◇◆



 通された窓際の席からは、夜の街並みに点在する提灯の灯りと遠洋に見える船の明かり。そして、東京ではあまり見ることのない、夜が見えていた。


「うわ、なんだかすごく、夜ですね」


 少しだけ立ち止まった後に遅れて座った直人くんが、そう呟くのが聞こえて、私の心はまた少しさざめく。

 さらに――。


「わかりました、ありがとうございます」


 簡単にシステムを説明してくれた男性に、にこにことお礼を言っている直人くんにもまた、いいな、と思った。

 何気ないところで、直人くんはいい意味での育ちの良さをみせる。

 外食はあまり一緒にすることはなかったけれど、道中も、着いてからも、よく考えてみればそれまでの何気ない部分でも、直人くんは基本的に応対が丁寧だ。


 そして、そういう普通の部分を見て、自分のこと(・・・・・)のようにして、いいなと思えている内心に、現金なものだなぁと思う。

 言葉は言葉。恋人である前にも、食事は共にしていたし、恋人になる前から、二人で同じ部屋にもいた。

 でも、それはそれとして、先程部屋で抱きしめられる前の私にはもう戻れないわけで。


(…………)


 この何かが始まるときの多幸感と共に。

 私は今とても、どきどきとしていた。



 ◇◆



「美味しかったですね」「ええ、ほんとうに」


 僕らはそんな会話をしながら、少しだけぎくしゃくしながら部屋に戻る。言葉に少しだけ嘘があるかもしれなかった。


 海鮮は新鮮で、お寿司も刺し身も、天ぷらも、全て美味しかったのだけれど。それよりも何よりも、対面で座るのぞみさんにずっと僕の意識は奪われていて、ちゃんと味わえていたかというと怪しかった。


 そして今も……僕は、浴衣姿ののぞみさんから目が離せないでいる。


「……布団、自分たちでって言ってたよね。敷いちゃおうか」


 のぞみさんが、そう言って、僕は慌てて頷いた。


「へえ、マットレスもあるんですね」


「うん、ほんと、サービスのいいホテルだなって思う……よいしょ」


 そんなふうに会話をしながら布団を並べて敷く。のぞみさんが髪留めを解いて、ふわりと香りが漂った。


「電気、消しますか?」


「うん、お願い」


 二人でそれぞれの布団に入って部屋の電気を消すと、本当に暗闇が訪れて。

 それが不思議と、少しだけ緊張を緩和してくれる気がした。


「なんだかほんとに真っ暗ですね、家だと全部消しても光があるのに」

 

「うん……なんかさ、緊張するけど、落ち着く変な感じ」


 僕の言葉に、のぞみさんがぽつりと言って。


「はい……すごく。でも何だか本当に、夢みたいです」


「…………最初、直人くんを見た時には、こうなるとは思ってなかったなぁ」


「僕もです……その、前にも言いましたけど、恋っていうのができるって、思ってなかったんで」


「それもちょっと意外かも? 直人くんさ、その、結構モテたんじゃない?」


「うーん、どうなんでしょう? あまりそんな記憶はないんですけどね」


 なんとなく僕らはそうやってジャブのように何でもない言葉を交わして。段々と目が慣れてくると、僕はそっと隣を向いた。

 すると、同じようにしてこちらを向いたのぞみさんと、暗い中で目が合う。

 そして、のぞみさんが何かを求めるようにして僕に腕を伸ばして――。


「のぞみさん」


 僕は、応えるように、引き寄せるようにして、のぞみさんをそっと抱きしめながら、名前を呼んだ。


「うん……なに? なおとくん」


 そんな僕の抱擁に任せてくれるのぞみさんの身体はとても熱くて、そして、呼びかけに答えてくれるのぞみさんの声は、どこか甘えた響きを含んでいて、脳にくる。

 そして、浮かされるような中で、僕はふうっと、息を吐き出すようにして、告げた。


「うわぁ、もう正直、幸せすぎて死にそうなんですけど……」


「ふふ……死なれたら困るなぁ」


「はぁ……情けないかもですけど、のぞみさんが好きすぎて、いっぱいいっぱいです……でも、ずっとこうしてたいです。贅沢ですか?」


 心臓がばくばくして、でも、抱きしめて抱きしめられる感覚が心地よい。


「…………もう、本当に直人くんは。そういうところもさ、好きよ?」


 すると、のぞみさんは僕にふふ、っと笑って、もう一度しか言わないからねと言っていた好きをくれた。背中に回された手が少しきゅっとして、顔を僕の胸に埋めて隠れるようにする。

 髪から香る甘い匂いも、優しいだけじゃない甘えたような声も、柔らかさも、熱さも、五感の全てがただ、喜びを僕に告げていて――。



 そこからの時間は、あっという間だったような気もするし、凄くゆっくりと流れたような気もした。

 いつでも触れ合える距離で、どこまででも触れることをお互いに許された中で僕らは、少しずつ、少しずつ、お互いのことを沢山知っていった。



 出会う前のこと、今のこと、これからのことを話して。

 ――最初は、触れ合うような、キスをした。



 笑って、嬉しくなって、ただ、どうしようもなく強く抱きしめたくなったりして。

 ――求めるがまま、ついばむような、キスをする。



 ただ、好きな人が好きでいてくれることが、心に与えてくれるものを知って。

 ――そして、どうしようもなく溶け合うような、キスをした。



 僕らはただ、夏の夜の帳の中。

 夜が白むまで、今という幸せを、確認し合っていた。



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