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1章5話 隣人は不用心属性を手に入れた


 ピン、ポーーン。

 このマンションのチャイムは、少しだけ間延びして聞こえる。

 その音を聞いて、しかし、次の瞬間私はふと気づいた。


「あ……もしかして、倒れていたらそもそも出てこれないんじゃ」


 夕方、コンクリートの上で立ち上がることも出来ずにいた風間さんを思い出す。

 あれと同じ状態だった場合は、玄関に出てくることも出来ないだろう。


「すみませーん、風間さん? 大丈夫ですか?」


 近所に迷惑にならない程度の声量で声をかけて、耳をすませるも反応が無く、私は本格的に心配になってきた。


(紹介したばかりの実家の鍼灸院に行った後で倒れてしまった、なんて評価されたらどうしよう。いや、それより本当に大丈夫?)


 そう考えて、少しだけドアの隙間から中でも見えないかと視線を移して、私ははたと止まった。

 自分の部屋のドアと同じだからこその気付きだが、この扉。


「もしかして、鍵、してない?」


 出会って間もない中で、我ながらどんな人だよと思わなくもないが、風間さんは確かに、『何だか家の鍵を閉め忘れそうな人』ではあった。

 私は恐る恐るドアノブに手をかけて。


 ――カチャ。


「あ…………」


 開くのが当たり前ですよ、みたいな音を立てながら扉が普通に手前に引っ張れたことに、自分でやったことなのに思わず声が漏れてしまった。

 私の中で、脳内の風間さんの属性に、不思議、不摂生に加えて不用心が追加される。

 そんな人を助けようと思う辺り、自分がとんでもなくお人好しなのか、なんだか助けようと思わせる何かがあるのか。


(この場合は前者かな、多分)


 そう心の中で呟いて、そっと入ると、私は部屋の奥に声をかけた。

 同じ間取り、1DKと謳うには少し納得がいかないが、確かに廊下というには広く三口コンロがあるキッチンと、左手前にはトイレと浴室への扉。

 そして、真新しい洗濯機がホースが繋がらないまま配置だけされているのが見える。


「すみません、あの、隣の月野ですけど、結構な音がしたのと鍵されてなかったのでお邪魔してしまいました。えっと、大丈夫ですか?」


 私は奥にいるであろう風間さんに向けて、そう声をかけた。

 何となく、開いた扉に招かれるようにして玄関までは入ってしまったものの、流石に家主に無断でずかずかと部屋の中まで上がり込む勇気は無い。


「…………たすけて」


 だけど、凄くか細いながら、助けを求める声が聞こえて、私は靴をそっと脱いで、上がらせてもらうことにした。

 廊下の先の扉の向こうには、8畳の洋間が一つあるはずだ。

 玄関の鍵は空いているのに、廊下の扉は閉めているんだなと、そんな事を思いながら一応再び声だけかけておく。


「えっと、開けますね?」


 そう言ってドアを開けて入った印象は、何も無い部屋だった。


 引っ越したばかりだというのはその通りだが、それにしても人間味と生活感があまりにも存在していない。ひと目で見渡せる部屋の中に冷蔵庫以外に家具と呼べるものはなく、本当にここで人が住むのだろうかと思うくらいだった。


 ただ、開封されていないダンボールの上に、ノートパソコンが開かれていて。

 そんな部屋で、彼はまた、倒れていた。


「やっぱり……大丈夫ですか? 風間さん?」


 私がそっと近づいて声を掛けると、呻くようにして目を瞑っていた風間さんは薄くその目を開いて、私を見ていった。


「おんば? ……あれ? えっと、のぞみさん? なるほど、夢ですね? 僕の走馬灯にしてはいい仕事をするじゃないですか、褒めてあげます……」


「走馬灯……? ちょ、ちょっと? 夢じゃないですから! 本物ですから目を閉じようとしないでください!?」


 何だか放置したらそのまま気絶でもしてしまいそうな生気の無さに、私は慌てて声を掛ける。すると―――――。


 ――――ぐぅ


 風間さんのお腹から、明らかに空腹を主張している音が言葉の代わりに返事をした。


 私はその音に少し冷静になって、少しだけ観察する。


(倒れている体勢的に変に頭を打ったりはしてなさそう。腰はやむなしだとして、これだけ元気がないのってもしかしなくても)


 パソコンが乗っているのとは別のダンボールに、カップ麺の蓋が開けられているのが見えた。

 そして、先程部屋に入った時に感じた通り、この部屋で設置されているのは冷蔵庫とノートパソコンだけである。


「…………他人の冷蔵庫を開けるのは失礼だとは思うけれど。風間さん、開けますね」


 一応形式だけ断りを入れながら、私は冷蔵庫の扉を開けた。出迎えてくれたのは冷気だけである。

 電気屋さんに並んでいる冷蔵庫ですかと思うほどに何も入っていなかった。


 ポットもない。やかんもない。


(……もしかしてこの部屋。お湯も沸かせないんじゃ)


 名探偵でも密室でも何でも無いが、隣人が部屋で倒れている理由に思い至った私は、少しだけ考えて、ふう、とため息をついた。

 乗りかかった船、という言葉が脳裏に浮かぶ。


(ここまで来たら最後まで助けちゃおう……)


 そして、私は風間さんにまた戻って来る旨を告げて、自室へと戻るのだった。


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