表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の大好きな人が、今日も笑えますように  作者: 和尚@二番目な僕と一番の彼女 1,2巻好評発売中
4章 指の痛みに温もりを

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/54

4章9話 嬉しさと躊躇いの間で


 望んでしまったら、また裏切られるかもしれない。

 そんなことを思ってしまっている時点で、きっと私の中の心は揺れていて。


 人を好きになったら、また傷つくかもしれない。

 そんなことを考えてしまっている時点で、まだ恋はできないのだろう。



 ◇◆



 真っ直ぐな直人くんの目が私を見て、その口から出た言葉が私を撃ち抜いていった。

 私はそれに、きちんとしたものを返さないとと考えて。


「…………ありがとう」


 結局、考えた時間に見合うのかわからない、お礼の言葉を口に出した。

 一度目とは違う告白は、私を戸惑わせることはなくきちんと私に届いて、心を温かくしてくれている。


 凄く見つめられて、私は自分が寝間着で、ベッドの上にいることを思い出した。

 恥ずかしさと状況に少しだけ顔が熱くなる。きっと、赤くなっていることだろう。


 ちゃんと、答えを、言わないと。

 そう思うのに、うまく言葉が出てこなくて。


 そんな私を更に見つめて、直人くんは何かを少し考えるようにして、ふと、何かを思いついたようにして言った。


「えっと、ちゃんと、恋です」


「え? ふふ……ははっ」


 真面目な顔で、一体何を思いついたのかと思ったらそんな補足で、私は思わず吹き出してしまった。


(もう、まいったなぁ)


 どう伝えたら良いか、考えていたのに。

 全然考えていない方向から笑わされてしまった。


「その……変でしたか?」


「ううん、嬉しいよ」


 直人くんの少しだけ不安そうな声に対して、するっと、当たり前のように「嬉しい」が口から出てくる。私は、その意味から少しだけ目をそらして、答えを口にする前にぽつりと言った。


「…………知っているかもしれないけれど、私ね、昔、婚約してたんだ」


「はい」


 以前、私の事を聞いて怒ってくれた直人くんは、そんな事実を知っていると告げることもなく、はたまたわざと驚くこともなく、茶化すこともふざけることもなく、唐突な私の言葉にただ、そう頷いた。


「お父さんにも、お母さんにも紹介してさ。相手のご両親にも挨拶までして、本当だったら今頃は、このマンションには住んでいなかったかもしれないから、縁は不思議なものだよね」


「……僕にとっては、会えたのは嬉しいことですけど」


 直人くんが、おずおずと言う。

 今では私も、そう思っている。本当に、心から。


「……それが、色々あって駄目になっちゃって。元々得意な方じゃなかったけれど、男の人の事も苦手になって」


「…………」


「一年経っても、何だかずっと、自分が否定されている気がして。直人くんが倒れているのを見たのは、そんな時だったんだ」


 私の顔を見ても、身体を見ても、一切のいやらしさを感じさせない不思議な人。

 放っておいたら、また倒れてしまいそうだという言い訳を自分にしながら、気軽に独りから、二人と感じさせてくれる隣人。


 男性とか、女性とか、友情とか、恋愛とか。

 そんな発生してしまう関係(めんどうなもの)から少し距離を置いた、でも距離の近い人。


(……居心地が良かった)


 直人くんの前での私は、自分で評するのもなんだが、いい人だったと思う。

 親切で、話をして、聞いて、ご飯を作ってくれる人だ。


(……私はきっと、ずるい)


 高校生の頃だっただろうか。

 人は、隙間があったら埋めたくなるものなのだと、何かで読んだ。


 その時はよくわからなかったけれど、今となってはとても、よく分かる。


 ――だから私は、寂しいを埋めたくて。

 ――だから私は、悲しいを埋めたくて。


 直人くんを助けるということに、世話を焼くということに、助けられていたのだ。


 他愛なくて、何の変哲もない。

 名前のあるイベントでもなければ、心に残る場面でもない。

 そんな普通の、くだらないとすら言えてしまう時間が。

 共に過ごした時間が、心に水をくれることもある。


 でもそこに、恋愛という感情を入れるには、私の心の底はまだ抜けてしまっていて、私は――。


 報告のような告白に戸惑いながら。

 都合よく訪れた仕事の忙しさに紛れながら。


 どこか、まだ、この中途半端な関係が続けられることに、ほっとしていたのだ。


 直人くんが好きと言ってくれたことも。

 私のことで、柄にもなく心から怒って見せてくれたことも。

 大事に大事に、家に連れて帰ってきてくれたことも。


 どうしようもなく嬉しくて、でも、もう逃げられないから。


「ごめんね……私は、直人くんの大好きに、応えられない」


 私は目一杯の笑みを作って、直人くんに告げた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
おお、断っちゃいましたか。 これで、今までの関係まで断とうとするのかどうか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ