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僕の大好きな人が、今日も笑えますように  作者: 和尚@二番目な僕と一番の彼女 1,2巻好評発売中
4章 指の痛みに温もりを

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4章7話 上書き


 

 カチャリ、と鍵が開く音がして、私は少し微睡みから意識を浮かばせる。

 鍵を渡した直人くんが、おそらく足音を忍ばせてキッチンに荷物を置いた気配がした。


(…………ふふ)


 身体の怠さも、熱っぽさも、頭痛も何一つよくはなっていないけれど、私はほっとして、そんな自分に少し驚く。

 頭には、まずはと言って渡された冷えピタが貼られている感触があって、それが、これが現実であることを伝えてくれていた。


 他人に看病されるなんて、果たしていつ以来だろうか。 

 両親はとても優しかったし、私自身があまり体調を崩すことは無かったからだが、客商売であることからも、体調を崩した場合は隔離というのが基本だった。


 家を出てからもそう。


『発熱? 風邪かぁ、最近流行ってたもんな。じゃあ予定は延期で、お大事にな』


 社会人同士、共倒れることがないように。

 それがとても、普通だと思っていたけれど。


『38.7度? やばいじゃないですかどうしましょう、あ、冷えピタ買ってきますね、そして何買えば……とりあえず行ってきます! すぐ戻ってきますからゆっくり寝ててくださいね!』


 今となっては、普通なんてわからないけれど。

 嬉しいのがどっちかは、わかった。


(あ…………うわぁ…………びっくり)


 いつも浮かび上がっては、胸の奥を引っ掻いてきた思い出が、当たり前のように自分の中で上書きされてしまう瞬間を観測して、自分のことのはずなのに、熱に浮かされた頭で、うわぁ、と呟いてしまう。


 布団を少しだけ頭まで被り直して、その意味するところはまだ、そっとしまった。

 今はただ、甘えるという行為をして、ゆっくりと待っていよう。


「のぞみさん……あ、眠れたのかな? よし、じゃあ、作るぞ――――」


 そっと扉を開けて、そう呟いた直人くんの声が聞こえて、私はふと、疑問に思った。


 ――作る? あの直人くん(・・・・・・)が?


 布団からそっと顔を出して、耳をすませる。


「えっと、よし……これをまずはチンして」


 ――あ、よかった。レンジね。

 

 そわそわとしてしまう私はもう、微睡みではなくて。


「その間に、よいしょ……水で最初洗うっていってたよね。このまな板と包丁を使わせてもらって」


 ――え?


 なんだかとても、嫌な予感がした。


「みさきねぇさんは刻まれてるネギを買えっていってたけれど、それは売り切れてたし、これくらいなら僕でも……えっと確か猫? 猫がなに関係あるんだっけ」


 ――――え?


 身体の怠さだけはそのままに、目眩も、頭痛も、眠気も覚めてきて。


「よいしょ、こうかな?」


 コ゚トン!


 ――――コ゚トン!?


 その後も心臓に悪い音が続いて、私はどんどん目が冴えていって。


「…………よし切れた、えっとこの後が、イタっ」


「直人くん!?」


 出ないと思っていた声が、出た。

 すると、すぐに扉が開いて、直人くんが心配そうな顔を出してこちらの様子を伺う。


「あ……のぞみさん。起こしちゃってごめんなさい」


「それよりも、今、痛いって。大丈夫?」


「やば……聞こえてました? えっと、慣れないことをしたら、置いたままにした包丁に指刺しちゃって、でも大丈夫です、食べ物は無事ですから!」


 満面の笑みで言う直人くんに、私はもう気が抜けて、ホッとしているのか呆れているのかわからなくなって。


「もう……直人くんの指が無事じゃなきゃ意味がないでしょ……」


 弱々しい声で、私は言った。


「あはは、でもでも、見て下さいのぞみさん!」


 それなのに、そんな私に直人くんは、凄く嬉しそうな顔で言うものだから。

 私は少しだけ力が戻った身体と、少しだけはっきりした意識とともに、私は首だけを起こして、直人くんが作ってくれたそれを見た。


(……わぁ)


 お盆に、スプーンとお椀が乗せられている。

 お椀の中にあったのは、熱々であることを示す湯気が立つ白いおかゆ。それに梅干しと、みじん切りには少し太い白ネギが添えられている、シンプルなご飯だった。


 甘いお米の優しい匂いと、梅干しの視覚に、朝からゼリーと栄養ドリンクしか入れていない私のお腹が空腹を訴えている。

 そして、頬がピクリと痙攣したような感覚があった。


(…………?)


 違和感に、私が少し止まっていると。


「わぁ……久しぶりに、のぞみさんのいつもの笑顔を見た気がします、やっぱりのぞみさんの笑顔は、すっごくいいですね!」


 すっごく、の部分にとてもとても力を込めて、直人くんはふわりと笑って言って、私はようやく自分が、いつもの笑みというものを浮かべていたのだと知った。




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― 新着の感想 ―
他人のためにご飯を用意するとは、凄い進歩ですね。 やっぱり笑いあっている関係が一番ほっとできますか。
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