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1章4話 腰痛の隣人はリラックスの元?


 隣人が優しい人だった僕は人生勝ち組だと思う件について。

 僕の今日の出来事を小説のタイトルにするとしたら、こんなところだろうか。


 何はともあれ、今は長く辛い旅路を終えて、なんとか我が家に帰ってきたところである。やはり長年親しんだ家は落ち着くね、今朝引っ越してきたばかりだけれど。


「娘さんの方の月野さん、本当にありがとうございます。この恩は必ず!」


 僕はゆっくりと身体ごと月野さんを振り向いてお礼を言う。この腰との付き合い方も段々とわかってきた。首だけで動かしたり捻れの動きがピキりと来る、人間の身体って繋がっているのがわかる。こんな風に痛みで知りたくなかった知識だ。


 ちなみに、彼女はなんと階段で困っていた僕を助けてくれたばかりか、荷物まで運んでくれた。

 これは深々とは出来ないまでも、心を込めてお礼を言わねば。

 礼には礼を。おんば(・・・)も、いつもそう言っていたのだから。


 そんな僕の心からのお礼が伝わったのか、また少し彼女は笑った。

 僕のこれまでの人生の中では、話していて苛々されるか笑ってもらえるかは、苛々に軍配が上がるくらいなのだけれど、彼女には笑ってもらえて何よりだった。


「…………娘さんの方の月野さん? ふふ、あはは」


 違う、心が伝わったからじゃなさそうだった。

 鍼を打ってくれたお父さんも月野さんですよねと思いながらで、日本語が変だったから仕方ないとは思う。


「あはは、変な言い方になっちゃいました、ごめんなさい」


 とりあえず謝っておく。大事。

 それに対して、笑顔を見せてくれた彼女は首を振った。その仕草の中で、笑った顔の左側にだけえくぼが出来るのを見て、僕はまた一つ彼女の魅力を見つけてしまう。


「のぞみです」


「のぞみ?」


 急にそう言われて、僕の頭の中に新幹線の500系が出てきた。あのフォルムがいいと僕は思う。

 そういえば、ドクターイエローが無くなるらしく残念なことだった。戦隊モノが組めなくなってしまうじゃないか。


「娘さんの方の月野さん、だと長いと思うので。月野のぞみって言います」


 そんな我ながらくだらない上に関係ない連想ゲームを脳内で繰り広げていると、のぞみさんがそう言った。


「あぁ、名前。のぞみさん。漢字はなんて書くんですか? ちなみに僕は風間直人かざまなおとです。風の間に、正直な人です」


「ふふ、わかりやすい……私は漢字ではなくて、平仮名でのぞみですね」


「平仮名、解釈一致です。覚えました」


「はい?」


 僕の中で彼女の名前と500系が結びついた瞬間だった。

 うん、これでもう忘れない。のぞみさん。のぞみさんね。



 ◇◆



 私が、不思議な隣人を見送った後で自室の玄関を開けると、我ながら美味しそうな香りが出迎えてくれた。

 そして、そう言えば元々郵便受けを確認に降りようとしたんだったと、手ぶらで戻ってきてしまったことに気づく。


(風間さん。不思議な人だった、変ではあるけど、隣に越してきたのが悪い人じゃなさそうで良かった)


 同時に、私はその原因である隣人となった男性について思い返し、くすりと笑った。もう一度ポストまで降りればいいのだろうが、明日でいいかな、と思う。


 最近は仕事で根を詰めることも多く、余裕がなくてあれもこれもとなってしまっていた自覚があったのだが、不思議なものだった。


「……うーん、気分転換しようと頑張っちゃってたんだな」


 ぽつりとそう呟く。

 仕事だけではなく、自分でも特に最近、張り詰めてしまっているなとはわかっていて、それを緩めようと思って本を読んだり、瞑想をしたり、凝った料理を作ってみたりと色々していたのだけれど。


 まさか階段で倒れている隣人を助けたくらいのことで、肩の力が抜けるとは思わなかった。

 いや、違うか。考えてみると、仕事以外で、それも何の関係性もない人と会話をするのは久しぶりだったからかもしれない。


 実家だって近いんだから、帰ればいいのだろうとは自分でも思うし、両親との仲が悪いわけではなかった。むしろ良いほうだと思う。だが――――。


『…………残念だったわね。気を落とさないで』


『しんどくなったらいつでも帰ってきたらいいからね』


 当事者である自分よりも落ち込むようにして、そして励まされるのを思い出してしまうのは、暖かくもしんどかった。そんな心から、ついつい足が遠のいている。


 ~~♪


 考え事の中でスマホが着信を知らせて、ビクリとなった。そして画面を見て再び驚く。

 心の中が伝わったかのように、父からの電話だった。この時間に、それも母ではなく父がかけてくるのは珍しい、何かあったのだろうか。

 すーっと深呼吸して、通話ボタンを押して出ると、いつも通りの穏やかな声が耳に届く。


「もしもし、今大丈夫だったかい?」


「うん、お父さんからの電話なんて珍しいね。何かあった? この間体調悪いって言ってたけれど、お母さんが病気でもしたわけじゃないよね?」


「いやいや、お母さんもお父さんも元気だよ。電話したのはね、今日来たお客さんについてなんだけど……あ、改めてだけど紹介ありがとうね」


 そう言われて、私はようやく父親が電話をかけてくるであろう要件に思い至った。

 風間さんを紹介した事のお礼は、もう予約で事情を話した時に告げてもらったけれど。

 それを父に尋ねると、父はそれに違う違う、と笑うように言って、そして少し戸惑ったように続けた。


「それがね、風間さん、のぞみにも謝礼をって言ってお金置いていってね。そういうのは不要だと思いますよって伝えたんだけど、気持ちですからってさ」


「ええ?」


 予想外の言葉に、私はそう声を上げる。謝礼という社会人的な、しかも堅めの律義さが先程の風間さんと私の脳内で一致しない。


「それでさ、本人でもないのにこちらで強く断るのも違うかなってことで、預かってるんだけれど、どこかでのぞみ、受け取りに来てくれるかい? それともどうしても断る場合は、電話番号は伺ってるし、次の予約も取ってるから改めて私の方から断るけれど」


 ――――ドスン!


 そして、父の質問に応えようとした時、その音が部屋の壁側から響いて、私はそちらを見た。どう考えても電話の話題の主の部屋の方向である。


 まさか、と頭の中に可能性が浮かんで言葉を切った。そして父に告げる。


「…………ごめんお父さん。ちょっと答えはもう少し後でもいい? また連絡するから」


「うん? それはいいけど? まぁお金のことだから早めに伝えておこうとは思ったけれど、急いで対応しないといけないことでもないしね。僕はてっきりのぞみは即答でお断りするのかと思ってたんだけど」


「あぁうん、そのつもりではあるんだけどちょっとね……ひとまずお仕事お疲れ様、それと連絡ありがとう、お母さんにもよろしくね」


 少し怪訝な声を出す父にそう言って電話を切ると、私は少しだけ耳を澄ませた。決して壁が薄い訳では無いが、流石に聞こうと意識をして何も聞こえないということはなく。


 ――――うぅ。


 呻き声みたいなものが聞こえた気がした。

 願望も込めて、気のせいかなとも思おうとしたが。


 ――――もう、だめかも。


 続けて、間違いなく苦しむような声が聞こえた。その後は耳を澄ませても何も聞こえず、不安なほど静かになる。壁の向こうには、夕方から二度ほど助けた人がいるはずで。先程の物音で連想したこととも結びつくようで。


(嘘でしょ…………? うーん。流石に普段はここまでお節介じゃないつもりなんだけど、ましてや男の人に)


 そう思うも、足が立ち上がろうとしていた。頭の中に、端整なのにとぼけたような印象を受ける男性の顔が浮かぶ。

 二回も見たからか、助けを求める顔はすぐにイメージ出来てしまった。


 二度あることは三度あるっていうけれど、実際によくあることだから諺にもなっているんだろうか。そんな事を思いながら私は立ち上がって玄関へと向かうのだった。


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