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4章4話 それぞれの思いとすれ違い


 改めて、ステラとは全然違う会社なんだなぁと僕は思う。

 人が多い分、こんなにスケジュールが必要なんだろうかと思っていたけれど、とんでもなかった。ルールに工程にと、決定までが全体的に遅いのだ。


 基本的に、ゲーム本体と、今回コラボレーションするためのミニゲームなどはステラ(こちら)

 提携先であるのぞみさんの会社の、日本でも有数のアクセス数を誇るサイトにおいてのイベントページやトップに差し込むバナーなどに加え、相互に連携するUI/UX系の表側がのぞみさん達という役割分担になっているのだが。


『ここって、こちらからも導線作ったほうがいいかもしれないですね』

『え? すみません、ちょっと資料修正して上長に確認取らせて下さい』


『こちらの作業についてってどうなってますか? 一応組み込みと単体テストまでは終わったんですが』

『えっと、確認します。あー、担当は終わっていて再鑑で待ちみたいですね』


 いつも通りとは言わないまでも、一時が万事そんな感じだと辟易する。

 でも、だからこそ、僕はのぞみさんへの尊敬度を日々高めていた。


 のぞみさんは、センスが飛び抜けて優れているというわけではない。

 しかし誰よりも丁寧で、一つ一つに意味を持たせながら、そしてすり合わせながら期間内に収まるように仕上げていく。

 色んな人との折衝の中で、それぞれが求めているものを調整しながら、色んな人を納得させる形で全体としての最終的な方向へと落とし込むのが上手いのだった。


 ただ――――。


 (…………あまり馴れ馴れしくし過ぎないように)


 定例となっている進捗報告の中で、僕はそう心でつぶやきながら、のぞみさんに声を掛ける。


「こちらのタスクは完了したので、デモまでに繋ぎをやっておきたいなと思うんですけど、一度お願いした後の反応がなくて確認してもらえますか?」


 のぞみさんに質問しないといけない時は、有栖たちに言われた通り適度な距離感というもので接していた。

 ちなみに、何だか凄く沢山の資料という名の少女漫画を渡されてもいて、昔は全く感情移入できなかった恋愛漫画も、意外と面白かったりしていたりもする。


「…………なるほど、わかりました。ちょっとこちらは巻き取っておきます、明日、遅くても明後日には出せると思いますので」


「ありがとうございます……その、のぞ、月野さん? 無理しすぎないでくださいね、少し位はこちらに無理を押し付けてくれてもいいので」


「いえ……今で本当に助かってますよ、ありがとうございます」


 その「ありがとう」にはやはり、少しだけ、柔らかい拒絶の気配が含まれているように感じて。


(…………うう)


 僕は内心で落ち込む。

 嫌われているわけではないと思う。変な噂があることだって聞いた。


 ただ、のぞみさんの助けになりたい。でも上手くできない。

 心配だった。

 日増しに、のぞみさんの横顔が疲れていくようで。


 でも、他にも何かの理由で壁を作られている気がして、以前に比べて少しだけ、そんな事を考えるようになった僕は、何もできないでいた。



 ふと会った時にそれをトキオさんにこぼすと、有栖達に漫画を読まされていることには笑われ。「何も考えずにそのまま行動した方が良いこともあるかもな」と肩を叩かれて。


 考えなしと言われたり、考えるなと言われたり。

 人間関係は、仕事なんかよりよほど難しかった。



 ◇◆



 昔から、困ったことがあったら没頭できるものを探す性質だった。

 何かに没頭していたら色んな事を忘れられる。

 気絶するように眠りについて、過去の夢も、見ない。



「先輩、最近少し、根を詰めすぎじゃないですか? 明らかにオーバーワーク気味ですよ……ほら、目の下だってクマ、メイクで隠してるでしょ」


 強引に昼食に連れてこられた後で、向かい側に座った香菜がそう言った。

 口調は強くても、物憂げな表情と、心配の色を乗せた瞳がこちらを見ている。


「え? 嘘……そんなに目立ってる? とりあえず今度のプレゼンだけ乗り切っちゃえばと思ってはいるんだけど」


 私は目頭に手を当てて、揉み込むようにした。

 それに香菜は今度は少し本気で怒ったような口調で続ける。


「……先輩?」


「……ごめん」


 香菜は去年、私が好奇と同情にさらされた時も、変わらずにいてくれた貴重な後輩で、戦友だ。

 そんな彼女に、こんな顔をさせてしまうほどなのだろう、今の私は。


「色々気になることはありますけれど一つだけ、風間さんと、何かありました?」


「え……?」


「最近、妙に雑談的な事を避けてないですか? 案件での関わりは結構見ますけれど、それ以外だといい感じにそろそろ来そうなときには席を立ってたりして」


「…………」


「それに川合さんも、あれだけ風間さんに絡もうと狙ってたのに大人しくなって、しかも教育担当の変更もありましたし」


「香菜ちゃんは何でもお見通しね」


 私はそう笑おうとして。


「……また笑ってるつもりの顔、に戻っちゃってますよ、先輩」


「香菜ちゃんは厳しいなぁ」


 香菜の厳しい言葉に、私は笑顔とも泣き顔とも、無表情とも違う状態で止まった。でも、俯く私に、香菜は少し息を吸うようにして、長い言葉を続けた。


「でも仕事として見てて、ステラの人はすごいなって思うんですけど……やっぱり先輩も凄いですよ。デザインだってセンスもあるのに地道に頑張って、調整ができて、お客さんにだって仕事でも人柄でも信頼されて、毎日遅刻もしないし、人に優しいです」


「……どうしたの急に?」


「変な噂を塗りつぶすくらいに褒め殺してやろうかと思って……それにですね」


 香菜はまじまじと私を見つめて言った。


「最近の先輩より、先月の先輩の笑顔の方が、私は好きです。無理に踏ん張らないでも良くなったのかなって、ホッとしてたんですからね?」


 わかってますか? と問いたげな顔で、香菜が大きな瞳で私を見つめる。


「…………うん、わかってる」 


「……わかってるなら、いいです。楽しみにもしてるんですからね」


 ふんす、と満足した顔と、いたずらっぽい表情をわざと作って、香菜が言った。


「いや、ほんと、香菜ちゃんいい子。結婚したいわぁ」


「大歓迎なので、是非生まれ直して男になってから来て下さい」


 今度はこちらも冗談を言って、きちんと笑えた。

 最近は笑うと不思議なことに、直人くんが浮かんだりする。


 香菜は少しだけ誤解しているようだったが、直人くんと顔を合わせづらいのは噂のせいではなかった。


 仕方ないなと、助けていたようで、何も知らない直人くんに癒やされていたのを私は自覚している。

 出会ってからの一月、ふとした拍子に浮き上がってくる過去も忘れて、作ったものを美味しいと言ってくれる彼の笑顔に、自分の存在価値を認められているように感じていたのだから。


 だからこそふと、どうしようもなく怖くなってしまうのだ。


(もしも、直人くんにまで変な気を遣われてしまったら――――)


 いい意味でも悪い意味でもまっすぐな彼に、もしも腫れ物を触るようにされたらと。そんなことはしないだろうと思う理性と、何もかもを無視して湧き上がる不安と。


 今はただ、大丈夫なのだと、示したかった。

 ――私は可哀想でもなんでもないと、私自身に言うために。


 そう、これは直人くんが悪いわけでは勿論なく、ただ私の意地で、そして、私の臆病さだった。


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