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僕の大好きな人が、今日も笑えますように  作者: 和尚@二番目な僕と一番の彼女 1,2巻好評発売中
3章 変化の兆しは頭痛から

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3章11話 まだ私は大丈夫


 壁を挟んで向こう側で起きた出来事に、私はただ、呆然としてしまう。

 最初は、風間さんに対しての営業と新人の失礼を、共にいた中村さんに謝罪して、止めるために回ろうとしたのだ。

 でも、その後の、にじみ出るような悪意に私の足は固まってしまった。


 息が、苦しい。

 心臓の音が、耳に、響く。

 驚くほど軽薄で、驚くほど他人事な声が、私の心の傷のかさぶたを無理矢理剥がしていった。


 丁寧に、丁寧に、時間をかけて、ゆっくりと築いていたはずの防壁は、たやすく貫かれて。


(そんなの……やめて……やめてよ……)


 ただ、願うことしかできなくて。


(――――聞かせないで……!)


 彼にだけは、私のそんな過去なんて知らなくて、いつもにこにこと、気も遣うことも遣われることもなく接することができる大切な隣人にだけは、知られたくなかった。


 でも、そんな願いは驚くほどあっさりと踏みにじられて。


 ――――そして、直人くんが、怒った声を出しているのを初めて聞いた。


「のぞみさんのことを、僕は尊敬してるんですよ――――あなた達程度に同情されたり、笑われていい人じゃないと思ってます……なぁ、ふざけるなよ?」


 いつもの柔らかな、とぼけた姿からは想像がつかないほどはっきりと、他ではない私のために、直人くんが怒っていた。


「あ……」


 声が、かすれる。

 壁を突破されても、どんな陰口にも、心無い言葉にも、傷つきながらでも耐えてきていた心を、代わりに怒ってくれる言葉が包むように、撃ち抜いた――――。

 頭の奥がズキンと脈打って、鼻の奥がツンとして、何かが決壊してしまいそうで。


「……直人が、あんな事を言うようになるなんて、歳はとってみるもんだな」


 しかし、中村さんの低い声に、私はハッと、現実に意識を戻した。

 踏ん張ろうとする。でも、まだ地に足がついていない。

 そんなぐちゃぐちゃな私に、中村さんはとても穏やかな声で、言った。


「月野さん、貴女はもう行きなさい。悪意ある言葉は、どうしても残ってしまうけれど、出来ることなら、直人が貴女に敬意と好意を持っていることだけを持って」


「中村さんは?」


「少しだけ、事態を収拾しに……そして、弟分を褒めてやりに行こうかなと、ね」


 そして、言われるがままに、逃げるようにその場を後にした私は、その後どんな会話がなされたのかを知らない。



 ◇◆



「話の途中で失礼した。営業部の板橋さんと、デザイン部の新人の川合さん、だね」


 僕の言葉を切るようにして割り込んだトキオさんが、口元に笑みを浮かべてそう言った。


「お名前を覚えて頂けているとは光栄です」


「あの……私も、いつも動画で見ています!」


 板橋と川合の二人が、それに気づかずに、トキオさんに向けて笑みを浮かべていた。僕はそれを、信じられない気持ちで見る。

 この人たちは、どんなつもりでその言葉を吐いているんだろう。


 そして、僕はこの人たちの醜悪さを伝えようとして、トキオさんによって合図のようにかざされた手と目線で、口を閉じた。

 気づいたからだ。


「……随分と興味深い話をしていたね」


「は……いえ、あの、つまらない噂話で――――」


 下世話な話をしていたのは自覚があったのだろうか。

 二人はトキオさんの言葉に、笑みを浮かべたままで、口ごもった。そんな二人に対して、トキオさんは穏やかに尋ねる。


「二人は、僕達ステラがどうして御社と提携をしたか、知っているかい?」


「え? それはその、お互いにメリットがあるから、ですよね。後は弊社の上層部と関係があったと伺っていますが」


 いまいち意味がわかっていなさそうな新人の川合に対して、板橋はそう答えた。ただ、こちらも何故今そんなことを聞かれているのかはわかっていなさそうだったが。


「勿論それもあるね。そして、そのメリットの一つに、デザインの仕事を評価しているものもあってね……例えば川合さん、君のところの月野のぞみさんの仕事のようにね」


「へぇ、そうなんですね」


 川合が、何も考えていなさそうに、言葉通りの感想を吐き出す。


「あぁ。そして、そんな彼女の過去をうちの社員に対してべらべらと喋っているところを今、不愉快にも私は目撃してしまったわけだ…………ここで、君たちが、私の心象を毀損した点が三つある」


「いや、それは――」「……え?」


 板橋が、まずいという顔をして、川合はよくわかっていない表情で首をかしげた。

 それに、トキオさんは淡々と告げる。


「一つは、御社がそういった人間的なトラブルを抱えているチームだということを知ったこと。一つは、営業にいる人間が他人の過去を軽はずみに口にするほど信用がおけないということを知ったこと」


 そして、一度言葉を切ると、僕の方を見て、彼らを再び見つめると言った。


「最後の一つは、こちらの風間は月野さんと親交があってね、それは直接的には仕事の提携に影響はしていないが、君たちと同じ場所で仕事がしたいとは思えないだろうということだね」


「いやいや……あくまで仕事とは別の日常会話でして」

「そんな、これは板橋先輩が勝手に……」


 笑みを浮かべたままのトキオさんに、二人が何かを言い訳しようとするのを遮るようにして、トキオさんは通告する。


「大丈夫、先ほどの通り、君たちの名前は(・・・・・・・)覚えさせてもらった(・・・・・・・・・)。私は、人の顔と名前を覚えるのも得意でね……この後の御社との打ち合わせで伝えさせていただこう。勿論、社員のモラルに対するクレームの一つとして、ね」


 そして、僕に向かって「直人、行こうか」と言ってトキオさんは背中を向けた。僕は、何かを言おうとして言えずに口をパクパクさせている二人を一瞥すると、トキオさんの背を追った。




「急に来るからびっくりしたよ」


 ある程度歩いてから、僕はそうぼやくように告げる。


「こっちこそ……お前、あの状態だったら手でも出してたんじゃないか?」


「う……でも、だってさ――」


 それに対してのトキオさんの質問に僕は反論しようとして。

 でも確かに、止められなかったら僕はそうしてしまっていたかもしれないと思って押し黙る。


 だが、続くトキオさんの言葉は意外なものだった。


「……まぁ、悪いとは思ってないさ。あそこでお前が、誰かのために怒れるようになったのが見れて良かったよ。むしろ、良いところだけ奪って悪かったな?」


「え……?」


「自分の閉じた身内、あの店の人達以外には何の興味も感慨もなかった頃に比べりゃ、成長したもんだ」


 トキオさんは、いつも僕をどこか子供扱いする。


「いや、何年前の話をしてるのさ」


 だけど、トキオさんは僕の抗議するような言葉には答えず、少しだけ真面目な表情になって続けた。


「なぁ直人。少しだけ、月野さんが無理が無いようには見ておいてやれよ。大事な人なら特に、な」


「え? それはうん、勿論だけど」


 僕は何故、トキオさんがそんな事を言うのかわからないまま、頷いた。




 ◇◆




 これまで、いわゆる普通の人生を歩んできたつもりだった。

 鍼灸師という両親がいるのは少し珍しいことかもしれないけれど、結局それも私自身のことではない。


 普通に進路指導で薦められるまま、少し頑張れば合格圏内だった大学に行って。

 大手ほど競争の厳しくない、かといって親が安心してくれる程度には有名な企業に勤めて。


 そして、周りにお似合いだと言われて、良いなと思った同じ会社の別部署の同期と交際をして、勿論合わない部分もあったけれど同じくらい楽しかったこともあって、三年ほどの付き合いの中で、婚約をして。


 デザインの仕事は好きだったから、結婚しても仕事は続けたいな、なんて思っていた。


 それが、どうしてドラマの一場面のような茶番に付き合わないといけなくなってしまったのだろう。




『ごめん。彼女には、俺がいないといけないんだ……どんなになじってくれてもいい。別れてくれないか?』


 ――私は、あなたがいなくても大丈夫だと思われたのは何故?

 ――私が、ちゃんとしている(・・・・・・・・)から?




『先輩、すみません、すみません』


 ――お腹に子どもがいる状態で、まるで私に選択肢があるような状態で謝るあなた達は何?

 ――どうして私に決めさせる形を取るのよ?




『災難だったね、月野さんなら次だってすぐ見つかるから』


 ――次なんて、いらない。

 ――そんな目で、私を見るな。




『のぞみ、もし辛いようだったらいつでも辞めて、帰ってきていいんだからね』


 ――お父さん、お母さん。私よりも辛い顔をさせて、ごめんなさい。

 ――幸せになれなくて、ごめんなさい。




 いったい私は何を間違えて、果たしてどこを直せば良かったのだろう。

 一年が経った今でも時折湧き上がってくる疑問の答えはまだ、何一つわからないままだった。 

 そしていつものように、言い聞かせるように、呟く。




 ――まだ、私は大丈夫。















3章 変化の兆しは頭痛から  Fin



私事ですがGWは帰省(2-5日)をするため、PCは持参するつもりであるものの、

書く時間が取れるか不明でして、数日更新の間が空いてしまうかもしれません。

なるべく早く次を書けるようにしていきます。


改めまして、ここまでお読み頂きありがとうございました。

引き続きよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
好き、に中身が入ってきた感じですね。 課金をしたいという程度から、大切に守りたいというふうに。 それにしても、先輩後輩は…
 のぞみさん、キミ、全然大丈夫じゃないよ〜?  大丈夫、なんて抽象的な言葉で自己暗示をかけ続けてちゃ嫌だよ。  周囲や普通なんて状況に流されっぱなしじゃつらすぎるわー。  より良い流れは自分で、自分た…
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