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3章7話 混乱は忙殺に紛れ……ることなく畳み掛けるもののようです


 昨日一日、私は自分で言うのもなんだがらしくないミスを連発してしまっていた。


『先輩、体調とか悪いですか?』


『月野さん……その、調子悪いなら早退しても大丈夫だからね?』


 一つ目は香菜からの、そしてもう一つは気配りがあまりできないことに定評がある課長の言葉である。

 つまり、いつも共に仕事をしている後輩からも、そして普段は何も言わない上司からも心配されるほど、いつも通りではなかったということだった。

 そして、残念ながら体調不良によるものではないことを、私はよく知っている。


「おはようございますのぞみさん、春巻き凄く美味しかったです! ありがとうございました」


 もっとも、原因であるところの隣人は、驚くほどにいつも通り(・・・・・)であるのだが。


(ほんとに! ねぇ、どういうことなの!?)


「…………いえいえ、うまく出来たとは思ってたので、そう言ってもらえると嬉しいです」


 そして、何故かいつも通り対応された私は心で叫びながら、それとは乖離かいりした言葉を直人くんに返しているのだった。


(どうして私は、いつも通りに仕事ができなかったのに、原因に対してはいつも通りでやりとりしてるんだろう)


 そんな事を思いながら、会話は続き、それが全く頭には入ってこない。


「今日はトキオさんと、業務提携先に挨拶なんですよね。駅まで一緒させていただいてもいいですか?」


「……え、ええ、勿論。どこまで行くの?」


(これまで付き合いたいに対しての「はい/いいえ」だったけど。これは何!? 私どうしたらいいの!? 聞けばいい? え? どうやって聞くの?)


「あ、中野です」


「……そうなんだ、じゃあ一緒の駅ね」


 一つ一つの受け答えに、私が少し間が空いてしまっているのは、少々心の中で沢山の自問自答(答えは出ない)が行われているからだった。


(告白について聞く……あなたの好きは、キスしたいとか抱きたいとかそういう好きですか? とか聞くの……? ――――聞けるかぁ!!!)


 内心は昨日に引き続きの混乱状態である。



 ◇◆



 そして、その混乱は、一つの小さな事件に波及していた。


「すみません、このツール動かないんですけれど」


「え? ちょっと待ってね見てみるから。今は手順通りに進めてるところよね……あれ? 川合さんこのツールの前にいくつか環境ファイル配置しないといけないんだけれど、してないかしら」


 その声に、隣に座っていた香菜も様子を見に来る。


「はぁ、その認識はありませんでした」


「え? でもこの手順通りにまずは設定って説明だったよね?」


「はい、でもその手順正直良くわからなくて、ネットで調べたやり方で実施したんですけれど何が駄目なんですか?」


 少し不満そうに川合さんが質問する。

 何が駄目も何も、そもそも指示通りでも手順通りでもなく、更に動かせていない時点で良いも悪いも無かった。


 だが、新人なのにやり始めのフォローを出来ていなかったのは昨日の私の落ち度だ。香菜が何かを言おうとしているところを私は手で止めて、答えた。


「えっと、多分調べたのとはバージョンが違うのと、後は社内のツールと連動できるように一部制限がかかってるから、こっちの手順書の先のリンクで実施しないといけないの……ごめんね、昨日のうちに確認すればよかったんだけど。手順のここから改めてやり直してくれる?」


「……承知しました」


 川合さんが席に戻っていくのに、香菜が私にだけ聞こえる声で囁いた。


「すみません、橋本くんは普通に質問なく進んでたのと、まさかあの内容で全く違うことしてると思わなくて油断してました」


「ううん、私の担当なんだから私のせいよ……昨日もごめんね、今日からはそんなことはないから」


「いえいえ、確か課長にもなんか別件振られそうって話でしたよね? 調子悪いときは無理しないでくださいね」


 香菜の心からの心配そうな言葉に、私は微笑んだ。

 どこかでちょっと相談してみようかとも思う。でも流石に、『好き』と言われてその後何も変わらなかった告白への対処など聞かれても困るだろうが。


「やっほ、月野さんに幸田さんのデザイン課コンビは今日も仲がいいね」


 そんな時に、背後から声がかけられる。軽くスマート、と本人は思っていそうだが軽薄にしか聞こえない声。仕事にかこつけて時々声をかけ、更には夕食の誘いなどもしてくる営業の板橋先輩だった。


 今日もお誘いを断るのが面倒だなと思いながら、あまり邪険にもしすぎるとややこしいと笑みを作って振り返る。

 すると、板橋先輩は思いがけないことを言った。


「知ってる? 今日ステラの役員……というかいつもメディアで見かけるあの中村トキオが来るらしいよ。なんでも取締役肝入りで提携するとかで」


「え……?」


「え? そうなんですか? 有名人じゃないですか!」


 私が驚いている間に、向かい側に戻った川合さんがそんな声を上げる。

 そして、私がどういうことなのかを聞き返そうとした時に、聞き慣れた、でもここで聞こえるはずのない声が聞こえた。


「え……あ! やっぱりのぞみさんだった! まさかお仕事でも会えるとは思わなかったですよ」


 そちらを見ると、朝に見た直人くんが、こちらにぶんぶんと手を振っているのが見える。


(…………え?)


「直人、知り合いか? ……いや、のぞみさん? もしかして噂のお世話になりすぎている隣人の? 」


「うん、そうだよ?」


 そして、案内しているのであろううちの上長に何かを告げた、隣の長身の男性とともにこちらにやってきた。

 え? え? と思っている私の混乱をよそに、見慣れた人が見慣れない姿で、そして、メディアで見たことある人が初めてリアルで目の前に立った。


 香菜が隣で、「どういう状態?」と呟くのが聞こえる。


 そして―――――。


「月野のぞみさん、でしたか。うちのがいつも、本当にいつもお世話になっているようで、誠にありがとうございます」


 中村トキオさんが、深々と私に頭を下げて、周りのざわめきが増して。


(……え?)


 私の混乱状態は、まだまだ解けそうになかった。



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― 新着の感想 ―
彼は告白したという認識がないんでしょうねえ。世間一般の受け取り方を知らないから、周りを振り回しちゃうんでしょう。それをコントロールしている上司コンビが偉大なのか。 新人さんもそちらに回して教育してもら…
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