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3章3話 お弁当?それは無敵アイテムなのでは?


「――――というわけで、僕は無念にも大人の会合に連れて行かれることになりました。しかもその後はリリースですし」


「会社間の契約ごとで会食に行くって、結構凄いことだと思うんですけれど……ステラだと、お相手も大きい会社さんですよね?」


「えー? でも僕らだって人数はすごい少ないですよ?」


「うーん……入社したいベンチャー企業の上位に入ってるのに、中村さんっていう経営者の方が、ほとんど採用しないっていうニュース見ましたけれど」


 僕の言葉にのぞみさんがそう思い出すように言うのに、僕は首を傾げる。


「そんなニュース、ありましたっけ? そもそも僕らの会社が雑誌に載ったりしているのが不思議で……いつも『革命児』みたいなトキオさんの紹介ばかりですよね」


 お刺身を一口食べて、少し考えるように間を置いて。


「中村トキオさん、でしたっけ? 実際凄いと思いますよ? 前の会社でも見やすい上に自分に合ったものを簡単にカスタマイズ出来て、更に要約に特化したAIも組み込んだニュースアプリを作って売却して、ステラを立ち上げたんですよね?」


「ですです、ゲーム作りたいって話の時に、資金が足りないから初手はそれじゃないってトキオさんが言って……あれ? どうしました?」


 あれは高校にもちゃんと行かずにプログラムばかりしていた僕が、トキオさんと加賀美先輩に捕まった後のことだった。随分と懐かしいものだ。


「……前の会社から一緒なんですか? もしかしてこれも!?」


 そして、少し固まっていたのぞみさんが、スマホを取り出して僕に一つのアイコンを見せてくる。関係ないけれど背景の写真が猫なのが可愛い。また一つのぞみさんの可愛いポイントを見つけてしまった。心のメモが捗る。


「あぁ、その頃はデザイナーもいなくて、加賀美先輩と僕で作ったんですよね、買収されてアイコンは変わっちゃいましたけれど、使ってくれてるの嬉しいなぁ」


「……はぁ、直人くんの金銭感覚、改めて意味がわかってきましたよ。ところで、明日の会食も中村さんって方に呼ばれてるんですよね? どんな方なんですか?」


「うーん、どんな……どんな。のぞみさんって、トキオさんの事知ってるんですっけ?」


 いざ聞かれると難しい。

 僕が取っ掛かりを探してそう尋ねると、のぞみさんは苦笑して言った。


「いや、知っているって言っても、記事で読んだり、対談で見たことがあるっているだけですけどね……うーん、明るい感じですし容姿も良くて、長身細身の今風の経営者って感じですよね。後はなんか変な感想ですけど……友達多そう、みたいな」


 あはは、と笑ってのぞみさんが言って、僕もくすくすと笑った。

 何故なら――。


「のぞみさんの、そのイメージと結構真逆ですね」


「ええ? そうなんですか?」


 のぞみさんが目を丸くする。


「トキオさんは何ていうか、スタイリストさん雇って、長い髪を縛ってアウトロー的なスタイルにスーツでぴしっと決めるようになったのもメディア出るようになったからですし、出るのも知名度が必要になったからって理由ですし。目的のために淡々とやることをやるような、寡黙でぶっきらぼうで、でも優しい人ですね」


「へぇ……なんか社長さんって言うより、良いお兄さんって感じですか?」


「あぁ確かに……でも、嫌がる僕を連れて、行きたくない夜ご飯に付き合わせてくるし、締切はきっちり締める鬼でもあります。友達も、知り合いは多いですけれどそれよりも仕事仕事って感じですし。とりあえずテレビの中のトキオさんは幻なんです」


 くすくす、とのぞみさんが笑う。


 笑顔は嬉しい。でも、のぞみさんと一緒に温かいご飯を食べられるという予定が、どこかの知らないおっさん(そもそも年齢も性別も聞いていないが)と向き合って作り笑いでご飯を食べなければいけない予定に変わるなんて。


 改めて思うとテンションが上がる要素がなかった。

 僕がひしひしと現実の無常さに打ち震えているのに見かねたのか。


「流石に明日は難しいですけれど。それなら、水曜日はお弁当でも作りましょうか?」


 そんな事を、のぞみさんがあっさりと言った。


「オベントウ」


 僕はなぞるようにして、その言葉を繰り返す。


「……なんでそんなにカタコトみたいな? はい、食材はありますし、元々自分用も作るようにしてるので。お昼とかに同僚の方とかと食べるとかがなければついでにお作りしますよ。彩りのあるようなものじゃないんですけれど」


「お弁当……のぞみさんのお弁当。それは無敵アイテムなのでは? ありがとうございます!」


 ついでと言いつつ、完全に善意のそれを聞きながら僕は、銀座でお土産を買って帰ろうと僕は心に決める。

 素振りは見せない。課金の姿勢を見せたら先んじて断ってくるのがのぞみさんなのだ。


「無敵にはなれないと思いますけど、それだけ喜んでくれるなら作り甲斐もありそうですね」


 そう言ってくれる、僕は心の中で土下寝をしつつ、痛みのなくなった腰を曲げ膝をついて深々とお礼をしようとして――――。


「だから大げさですから! 土下座なんてしたら作ってあげませんよ? 追加でお礼も禁止!」


「ええ……? 困ります」


「困ってるのはこっちです。もう……普通でいいんですよ。直人くんの普通のありがとうで、充分ですから」


 もう、と言いながら、困ったようにのぞみさんが微笑む。

 それを、ただ綺麗だなぁと眺めていた僕の胸の何処かが、きゅっとした感覚があって。


(…………?)


 僕はまだ、その感覚の意味も、感情も、よくわかっていなかった。


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― 新着の感想 ―
女子のお弁当、ていう年ではありませんが。店のお姉さん達にお弁当作ってもらうことはなかったのかなあ。
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