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1章2話 不審者から変人へのランクアップ

「あ……違います違います決して不審なものでは――いたっ!」


 不審者と間違われたと悟った僕の必死の言い訳が伝わったのか、その後の叫んだことによる反動に呻く僕に同情してくれたのかはわからないが――――。


「…………えっと、大丈夫ですか?」


 逃げるか戻るか葛藤してくれた末に、心配する方に女神様、もとい、通りかかってくれた女性の心境は傾いたようだった。

 でも、いつでも逃げられるように軸足は後ろにあるのが見えるので、天秤は際どかったのだろう。危ないところだった。


 何とか寝そべった状態からの盗撮を狙う不審者に間違われるのを回避した僕は、首だけを彼女に向ける形で、答えた。


「こんな体勢ですみません。通りかかってくださって助かりました」


「え……もしかして、動けないんですか?」


(そうなんです。好きで転がってるわけじゃないんです。趣味じゃないんです)


 そう思いながら頷く。どうやら状況を把握してくれたらしい彼女は、今度は本格的に心配そうな顔をして近づいてきてくれた。


 今度ははっきりと顔がわかる。

 スーツ姿のスカートから見える足からはきちんと目を背けると、小柄のようなのに盛り上がってる気がする胸部が見えてしまって再び目を逸らして、行き着いた先の彼女の綺麗な目を見て答えた。


「はい、お恥ずかしながら。ギックリ腰ってやつみたいです。驚かせてごめんなさい」


 そして、目を見て話して冷静になっても、寝そべった体勢で会話するのは気まずい。


「びっくりしました……いえ、こちらこそ不審者かと勘違いしてしまってすみません。えっと、何かできることありますか?」


 そんな僕に、完全に警戒は解いてはいないのだろうにそんな言葉をかけてくれるのは、きっと彼女が優しいからだろう。

 名も知らないのに、すでに拝みたいばかりだった。


 ただ――。


「……いざ考えてみると。人が通りかかってくれてやった、と思ったんですけれど、助けてもらえること、ないかもですね?」


「え?」


「いや、あはは。僕は大男ってわけではないですけれど、流石に肩を貸してもらって病院にっていうわけでもないですし、どう助けてもらったらいいのかもわからないというか……あ、でも申し訳ないんですけれど傘だけ貸してもらえるとありがたいかも」


 僕が、思考を垂れ流しながら喋っていると、彼女は少しぽかんとした表情を浮かべていたが、次の瞬間、ふっと笑って言った。

 それはとても柔らかい笑みで、僕はこんな時なのにその口元に見惚れてしまう。


「何か、警戒してたのが馬鹿みたいに思えてきちゃいました……その、痛みがあるのは腰なんですよね?」


「え? はい、腰の辺りが、こう、ピキってなって、動こうとしても響く感じで」


 僕がもにょもにょと説明すると、彼女は少し考えるようにして、ふむふむと言いながら傍にしゃがみ込んだ。

 そして――。


「あの、少しだけ身体に触りますね」


「え? 急展開過ぎません?」


「……は?」


 言われた言葉に、つい取り繕うことなく思考が漏れ出てしまって、彼女が再びぽかんとした。いけないいけない。


「ごめんなさい。大丈夫です、いかようにでもして下さい、でも優しくして下さると嬉しいです」


「……まったく、気が抜けちゃう人ですね。変わってるってよく言われませんか?」


「うーん、同僚の中では僕が一番良識ある人間だと思うんですけれど」


「……大丈夫ですかその会社? ……じゃあ変わった方、ちょっと痛いかもですけれど、横になれます? 実家が整体やってて、父から応急処置を教わってるので」


 最初の警戒心マックスの通報一歩手前に比べたら、随分と軽妙な会話が出来るまでに親密度が上がったものだった。


 やはり一人とは違って会話できるとホッとする。彼女とそんなやり取りをしながら、僕は言われるがままに横向きになった。

 一瞬痛みが走るが、心を無にすれば――――。


「ちょっと押しますね」


「……あ、はい――――っっ!?」


 膝の後ろと、太ももをぐいっと押されて、激痛が走る。

 僕が、返事の後に声にならない声を上げていると、彼女はうんうん、と頷いて、じゃあ逆側で、と言った。


「えっと……あれ?」


 先ほどよりも、痛みが随分と弱まっている気がした。


「じゃあ逆側も少しだけ失礼しますね……よいしょ」


「うが! ……お? おお? 動ける?」


 力が入る、そんな事実に僕は興奮のままに立ち上がろうとして――――。


「あ、まだ駄目です。一時的なものなので、この後ちゃんと治療してもらって下さい……」


 彼女にダメ出しされて、僕は大人しく元通りの体勢に戻った。

 でもなるほど。少し動けるようになったから病院にも行けそうだ。


「ありがとうございます、えっと、なんとお礼を言えばいいか……いや、むしろちゃんとしたお礼を――――」


 お礼を言って、いや、言葉だけでもこの感謝を表しきれないと続けようとすると、彼女は首を振って言った。


「いえいえ。困った時はお互い様ですし……」


 改めて、出会った女神のような方は慈愛に溢れていた。きっと深く関わりたくないと思われてるわけじゃないと信じたい。

 彼女の無欲さに、僕が信仰心を増して拝むようにしていると、彼女は僕の視線に気づいたのか少しだけ照れくさそうに笑って言った。


「えっと、もし気になるようでしたら、一つだけ宣伝もしちゃっていいですか?」


「宣伝?」


 それに、僕は首を傾げる。今なら幸運の壺でも買います。


「はい、さっき少しだけ言った私の実家、ここからそんなに離れていない場所で鍼灸と整体をやってるんです。だから、家族のための宣伝、ってことでそちらでどうでしょうか? 腕は保証します」


 うん、全然壺は関係なかった。


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