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1章1話 魔女の一撃と女神との出会い


 僕は、初めて彼女に出会った時の事をよく覚えている。

 そして、彼女もまた、忘れられないよ、と笑っていた。


 僕は彼女のことを女神だと思って眩しく見上げて。

 彼女は僕の事を不審者だと思い通報しようとした。


 そんな出会いから、僕と彼女の事を、語ろうと思う。



 ◇◆



 その日、世界を一変(いっぺん)させる音がした。

 実際には音は鳴っていないのかもしれない。

 もしも形容するとしたら、「ピキ」などという間の抜けた音になってしまう、そんな"音のない音"が、腰から背中にかけて僕――風間(かざま)直人(なおと)の身体に響いたのだ。


 とかっこよく言ってはみたんだけど、何のことはない。

 ギックリ腰というやつだった。痛みに耐えられずに倒れ込んでしまって、もう、動けない。


「あぁ、空が綺麗だなぁ」


 僕は、強制的に見上げさせられた空を見て、そんなことを声に出してみる。

 嘘だった。本日の天気はまごうことなき曇り。太陽は不在だった。状況的になにか明るい気分にでもなりたいと呟いたけれど、言霊には力はなく、空模様は僕の状況と同じで完全に灰色である。


 ――――何で綺麗って言ったし。


 誰も突っ込んでくれる人は現れないので、仕方無しに心の中で突っ込んで、乾いた笑いでも上げようとするが。


「はは……うぐぁ」


 また響くような痛みが、僕に笑うことすら許してくれなかった。あぁ無情、世界から笑顔は消えた。もう終わりですよ。


 曇天、つまり今、僕は外にいるのだ。

 下はコンクリートの冷たさと硬さが僕の服を通して伝わってくる。犬のマーキングをされていたらどうしようかなどと、現実逃避的に詮無いことを考えてみるけれど、逃避している場合じゃないことは確かだった。


「……………」


 恐る恐る、身体を起こそうとしてみる。

 どうだい身体? そろそろいいんじゃないかい腰? 今こそ発揮しようよ回復力。


 ――――ピキ。


 僕はすぐに、身体を元の体勢に戻した。

 はい駄目。無理でーす。


 世の中には、耐えられる痛みと、耐えられない痛みがあると思う。この場合は完全に後者なわけであり、そしてここは今朝引っ越してきたマンションに続く大通りから脇にそれた道だった。


 車が通ったりしないことは安心安全だが、同時に人通りが全く無い。

 なるほど、これが等価交換。


 そんな無情な現実に、この世の真理を悟った気になりながらも、僕は焦らない。大人の余裕というやつだ。なぜなら文明の利器、スマートフォンというやつを僕は持っている。


 そう思って、僕はいつものようにポケットを探って、そして止まった。


 無かった。


 スマホ。正式名称スマートフォン。

 僕が所持していたはずのそれはどこに旅行中ですか? 僕は許可してませんよ?


「…………くそっ」


 焦らないとか思っていた余裕はどこに消えたのか。吐き捨てるように汚い言葉がついて出た。

 どう考えても手の届かない場所に落ちているのが見えている。


 そう、僕はただ、朝からバタバタとしていた引っ越しが終わって。

 そして、何も食べてなかった事に気づいて、寝不足の身体を引きずるようにして外に出て、土地勘もあまりないからスマホで検索しようと地図アプリを開いて――――。


 あぁ完全に犯人は僕だった。

 おお、ジーザス。都合のいい時にだけ神に祈り呪いも向けながら身動きにまた痛みが出て。


「いたたた……って、今なんか額にポタリって?」


 曇天。つまりは、雨が降る可能性(そういうこと)もある。わかる。

 このまま転がっているだけじゃ、雨に打たれてずぶ濡れまで一直線だ。わかる。

 連絡手段もない。動くことも出来ない。わかりたくない!


 僕は、そっと、痛みがないように視線だけをスマホに向けた。

 目測、三転がりくらいでいけそう。転がり(・・・)。初めて使った単位だ。


 とぼけた思考に逃げたくなるけれど、覚悟を決める。

 さぁいけ、僕よ。


「1……ぐぁぁ! 2……いぎっ! 3……あぁぁぁ!」


 痛かった。長かった。おそらく二分くらいしか経ってないのだけれど。

 とはいえ僕は、やり遂げた。これで勝てる。


 なんとかスマホを持ち上げて、顔の前に持ってくると、いつも通り読み込んでログインできたことにほっとする。


 さて、ところでここで問題です。

 こういう風に困った時に、助けが呼べる相手は誰でしょう。


 1.家族。

 そう、一番頼れるのはやはり肉親。ただ残念なことに家族はいない。

 付き合いのある親戚と呼べる人もいなくはないんだけど、これから仕事を始めるような人で、流石にギックリ腰のヘルプに店を休みにして来てくれとも言いづらい。


 2.恋人。

 残念ながらいない。却下。それにしても、恋人が欲しいと言っている同僚の意味がわからなかったけれど、こういうことなんだね、納得だ。


 3.友人。

 いたら――以下略。却下。同僚や仕事仲間はお願いしたら笑いながらでも来てくれるかもしれないけれど、僕の記憶が正しければここから電車で一時間はかかる。


「ふむ……」


 ここまでの思考を高速で行って諦めた僕が検索欄に打ち込んだのは、「ぎっくり腰 立てない 対処法」という言葉だった。

 それに、即座に検索サイトのAIが検索結果を元に答えを返してくれる。本当に便利な世の中だ。さぁ、僕に対処法を教えてくれ、期待してるぞ集合知よ。


 ~~~~

 

『ぎっくり腰で立てない場合は、横向きになるなど痛みが楽になる姿勢で安静に。ゆっくりと呼吸を繰り返しましょう。また、痛みが強い場合はアイシングをしましょう。海外では魔女の一撃と呼ばれるほどに強烈な痛みとなるため、注意が必要です』


 ~~~~


 ぎっくり腰って、魔女の一撃っていうのか。知らなかった。勉強になったよ。

 ところで、そんなRPGみたいな名前なんてどうでもいいんだよそこのところわかってるかな?


 それに安静にする? そりゃそうだろう、ここが外じゃなければね……!

 アイシング? 温めるよりも冷やすのが効果的なのも初めて知った。ところで歩けないのにどうやって冷やすものを取ってくればいいと……!?


「……神は死んだ」


 僕は絶望した。

 世の中がこんなにも一人外で倒れたギックリ腰の男に冷たいなんて。

 しかし、そこで奇跡は起こった。神は僕を見捨てなかった。神はいたんだ。


 ――コツ、コツ。

 歩く音がする。

 人だ……!


 そして、スマホを掲げたまま、僕は足音の方を首だけで振り向く。

 そこには、買い物袋を手に持ち、目を見開いて驚いた顔の、小柄で――そして僕が今まで見たことがないくらい可愛らしい女性が立っていた。一瞬見惚れて痛みが和らいで……。


 女神、これは救いの女神に違いなかった。僕はあなたを信仰します。

 だが、その女神は、無造作に転がる僕を見て、何故か後退りしながら呟いた。


「……っ? 警察呼びますよ!」


「…………え?」


 女神の怯えた声と、僕の間抜けな声が路地裏に響いた。


お久しぶりの方も、初めましての方もありがとうございます。

新作の社会人恋愛ものを始めます。毎日19時に投稿していけたらと思っております。

ブックマーク、評価などして応援いただけましたら、とても嬉しいです。お楽しみ頂けますように。

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