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アンビバレント  作者: とすけ
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 望まれる僕(アイドル)が僕の理想と分断わかたれていく。


 *


 全国ツアーの初日を終えた。

 

 楽屋個室のドアを閉じた瞬間。

 身体の奥底に閉じ込めていた

 悪寒が燃え広がる。


 発作的にうなりながら

 ウィッグをネットごといだ。


 叩き落とすように捨て置き

 化粧台の鏡の前に歩み寄れば

 ……潰れた頭髪の下に

 美しい女の顔が在る。



 打ち捨てられて乱れた

 ウィッグを被った。


 吐息がふるえる。

 ボタンを開け、肩を、胸をはだける。

 スカート衣装を下着ごと引き下ろし



 情動に身を委ねるその瞬間

 複雑に分断わかたれた僕が

 重なり合いひとつになる。



 *



 すがる僕に怒鳴りながら母は僕の愛した宝物(可愛いモノ)を全て捨てた。男らしくないことで宝物を失った。だからお前ら(家族)のお望み通り生まれ変わってやった。男らしく(女らしさは)なってやった(捨てた)

 中学に上がると校内の不良グループに加わった。煙草酒窃盗をたしなむこと。改造したバイクで国道を走ること。ゲイではないこと。敵をなぶり倒す事が『男らしさ』だと教わった。

 それでも。思い出の中で宝物(可愛いモノ)を失った幼い僕は泣いていた。怨んでいた。思い出の空が晴れる事はなかった。孤独なまま日に日に虚しさは増していくがその心を騙して夜の町を暴走した。気がつけば18歳になっていた。彼女と唇を交わしても。仲間が幾人もいようとも結局のところ。


 みんなに愛されたのは

 しょうもない(そこに在る)男性像(アイドル)だった。


 *


 兄が買っているアイドル雑誌。


Aster(アステ)⭐︎Rhythm(リズム) プロジェクト発足 男の娘メンバー1名募集中』

 というページを見て


 ──衝動的に僕は、バイクの改造のために仲間と貯めていた金を独りで持って、電車に乗っていた。


 道半ばで終電に達し、ホームから追い出され

 最寄りの公園に訪れる。

 ため息が、白い霧になって立ち昇る。


 そらが明るむ。

 今は何時だろう。


 スマホをけると

 幾十もの不在着信が在った。


 スマホを排水溝の溝に捨てた。


 いつもの息苦しさだけ

 穏やかに薄らいでいく。


 *


 楽しかった。


 4人の仲間達と上を目指す日々

 舞台うてなの上で輝ける日々

 アイドルの頂点へ駆け上がらんとする

 青春の汗と涙の日々。


 いつのまにか僕らは

 家族のような絆で結ばれていた。


 *



 夢のような日々は終わりを迎えた。

 週刊誌で暴かれるのは

 僕の半グレの過去。

 仲間から金銭の持ち逃げをしたこと。

 近所からの悪評・犯罪の申告。


 あの日、スマホと一緒に

 排水溝に捨てたはずの過去がささやく。




「過去は消えない」




 この瞬間から

 望まれる僕(アイドル)が僕の理想と分断わかたれ始めた。


 媚びることなく

 かわいいものが好きでいられる

 そんな自分を愛してくれる

 自分を好きでいられる場所のはずだった。


 それは

 僕に対する愛ゆえの解釈不一致と

 ネットに漂う悪意で壊れていった。


 Aster(アステ)⭐︎Rhythm(リズム)が人気になればなるほど

 ひどく、ひどく壊れていった。



 僕は家族のように思っていたはずの

 メンバー達にまで、心を閉ざしていった。

 僕に向けられる全ての想いを

 信じられなくなっていった。



 僕の描像ビョウゾウが世間で独り歩きし

 僕ではないモノにっていくにつれ

 皆に愛されている僕(みんなのアイドル)の本質的な部分が

 嫌いだった自分(しょうもない男性像)に近づいていく。

 舞台うてなの上で

 愛されるための義務感レッテル傀儡くくられていく。


 ──性欲に従えばひとつになる。

 分断わかたれた自分の全てが

 ただ1人の男性であることにけていく。

 その場凌ぎでしかない。

 それはわかってる。


 もう、面倒だ──



 *


 全国ツアー最終日程が進行している。


 Day1のライブを終えた後

 都会の夜をフラフラ歩いた。


 光を奪われたそら

 月だけが浮かんでいた。


 随分と遠くまで来た。そのはずだったのに。

 見える星空はこんなにも違うのに。

 僕は生まれ変われなかった。


 僕は僕(ありのまま)でいたいだけだった。


 それを甘えと呼ぶのが世の中であろうと。


 *


 そのまま僕は消息を絶ち

 アイドルをやめた


 *



 あれから数年後。

 僕はホストクラブに勤めていた。

 人の愛を利用して搾取するために。

 最初からこの心構(マインド)でアイドルをやれてたら違ったのかもな、なんて時々思うが……アイドルとしてどうなんだか。


 今日もいつも通りに

 指名を受けた席に移動するが


「久しぶり!」


 そこにはAster(アステ)⭐︎Rhythm(リズム)のリーダーである、美菜の姿があった。


 背筋に冷たい毛虫が登っていく。


 *



 過去を知る幹部の取り計らいで

 僕への指名は一時的にストップしていた。


 他愛ない会話なのに

 手汗が滲む。

 僕は家族(メンバーのみんな)を捨てて逃げた


「緊張しないで、殴り飛ばしに来たんじゃないから」


 美菜は昔と変わらない

 人の良い笑みで俺の肩を叩く。


「しようよ、昔話」



 *



 送迎用のタクシーの中


 窓は雨に濡れて

 都会の光を七色に映して


 美菜とそれを眺めながら

 ずっと話していた



 *



「変なこと言うよ。海智留みちるが半グレでよかった。アイドルでよかった」


「そりゃあ、海智留みちるのさ、罪は消えない」


「皆んなゆるしてない。私も……」


「でも成し遂げたことも、消えない」


「全部繋がってるからこそ

 今日は一緒に話せて楽しかった」


「今日会えて、本当に良かった」


「またね」



 *



 タクシーから降り立つと

 朝陽が虹を作っていた



「過去は消えない」


 呪いだった言葉が

 何時いつになく暖かく


 一筋の涙が頬を伝った


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