7話:最愛の君
駅前の賑やかな通りを歩く俺は、食事処を探していた。数軒回ってみたがどこも混んでいて、結局少し路地に入ったところの小さな酒場のような店に辿り着いた。
「ここなら何とか入れそうだな。」
扉を開けると、灯りが店内を照らしていていい匂いが漂ってくる。少し疲れていたので、一息つくために入ってみることにした。
店内はそこそこ広く、満席とまではいかないがそこそこ賑わっていた。俺は空いていた一番端の席に座り、メニューを手に取る。注文を考えながら店内を見渡すと、同じく一人で座っている少女がいるのが目に入った。
彼女は長い白銀の髪をなびかせ、きりっとした可愛らしい顔をしており、その存在感に引き込まれるようだった。年は俺より少し上ぐらいかと予想すだろうか。すぐ隣にかなりの荷物を置いているので彼女もこの首都まで旅に来たのだろうか?
あんな年の女の子を一人旅させるのは少し危険じゃないだろうか?俺にはインチキともいえるほどの膨大な魔力による魔法という自衛手段がある。そのことをわかっているから家族も俺のわがままを聞いてくれて、首都まで一人で旅することを許されている。それでももしもの時のために自衛用の高い魔道具も持たされている。
あの子も何か自衛手段や魔導具でも持っているのだろうか?
ぐぅ~~
そんなことを考えていたら店内のいい匂いに我慢できないというようにお腹が鳴った。
「まあ少し気になるけど、何かできるわけでもないし、考えてもしょうがないか」
そう考えメニューに視線を戻し、本日のおすすめとでかでかと書いてある黒魔豚の煮込みミートボールという店内にいい匂いを充満させていた元凶を頼むことにする。
黒魔豚とは普通の豚ではなく、魔力を体内に蓄えた魔獣と呼ばれるものの一つで、普通の豚よりも体が大きく凶暴だが、肉の味は格別となっている。
魔獣は基本的に飼育は不可能なので、自然界のものを狩る必要があるのだが、普通の狩人などでは狩るのは難しい。なのでこの黒魔豚はおそらくハンターが狩ってきたのだろう。
ハンターとはギルドと呼ばれる場所で素材集めや護衛、魔獣狩り、街の中での雑用など様々な依頼受けて、それをこなす何でも屋のような存在で、基本的に誰でもなれるが稼ぎは自分の腕次第という職業のことだ。使用する武器などは剣や槍、弓などが多く、魔法や魔導銃なども使われるている。
チームを組んで効率よく依頼を回す集団もいて、数十人から百人ほどの規模のハンター達の集まりもあるらしく、そんな規模になると物資運搬用の魔導車をつかって遠出して大量の物資を持って帰ってきて1月分の生活費ぐらいのお金を一気に稼いだりもするらしい。
同じような集団に傭兵団というものもあって、こちらはさらに戦闘に特化した集団で、主に戦争などでお金を稼いでいる。戦争がないときは近くの戦争をしている国に出向くかハンターとして生活しているものが多い。
「お待たせしました~黒魔豚の煮込みミートボールです~」
そんなことを考えて空腹を紛らわしているところにやっと頼んだ料理が運ばれてくる。そこから漂う匂いに思わずよだれが出る。
「美味そ~!」
早速ミートボールを口に入れるとほろりと肉がほぐれて、肉汁があふれてきてソースと混ざりとてもおいしい。
「美っ味い!!美味すぎる!!!」
日本でも食べたことのないような味に、思わず笑みをこぼしながら夢中に食べ進めてしまい、気が付いたらミートボールはあと一つになってしまっていた。
「危ない危ない、こんなおいしい料理を一瞬で食べ終わってしまうところだった」
最後の一つは楽しみに取っておいて付け合わせの野菜やパンなどを食べ進める。
「他のもおいしいけど、やっぱりこのミートボールには及ばないな」
そうつぶやき付け合わせを食べ終える。水で口直しをしてから最後のミートボールにフォークを刺し、ゆっくりと口に運ぶところで俺の後ろを通った大柄の男の抱えていた大きな布で巻かれている荷物が俺に当たり、その衝撃でミートボールを落としてしまう。
男は気づいていないのかそのまま進んでいき、俺の席の隣にあった裏口と書いてある扉に入っていった。
俺の最後のミートボールはコロコロとそのドアの前に転がって行った。
「………………」
呆然として声が出ない。
床の土やほこりなどがたくさんついてもう食べることはできなくなってしまった最愛の君。彼女をそんな姿に変えておいて詫びの一つも残さず消えて行った男が入ったドアを睨む。許せない…。思わず魔力が少し漏れてしまっているかもしれないがそんなことは関係ない。
汚されてしまった最愛の君の代わりにこれでもかと睨みつけていると後ろから話しかけられる。
「あなたも気が付いているようね」
振り返ると先ほどの白銀の髪の少女が目を細め、怒ったような顔でドアを見ながら俺の後ろに立っている。どうやら俺に話しかけているようだ。俺が『あなたも気が付いている』とはどういう意味かと考えていると少女が続ける。
「わざわざ布で隠して闇魔法で気配を無くしてまでいるあの男の荷物……おそらく……許せない」
まさかこの少女は俺のミートボールが男の荷物に当たって落ちたことを一緒に怒ってくれているのだろうか…?まさかあの男が闇魔法で気配を少なくしてまで俺のミートボールを落とそうとしていたとは驚きだが、なおさら怒りがわいてきた。
「あなた、先ほど漏れていた魔力からしてかなり魔力が多いわね。私はこのまま見捨てるわけにはいかないからあとを追うけど、あなたはどうする?」
他人のミートボールのためにそこまでするのかと驚くが、他人の彼女がここまで怒ってくれているのだ。最愛の君のためにも俺がここで引くわけにはいかない。
「…付いていこう」
そう答え、おいしいミートボールのチップとして代金を少し多めに机に置いて席を立った。