学級委員長、初めてのRPG
「ちょっと有宮君、有宮君!!」
有宮拓真は振り向きざまに疑問の顔を投げかけた。今、満面の笑みでゲームの説明書を片手に駆け寄る女子は、よく彼が知る学級委員長とはかけ離れた姿だったからだ。
「私読んだわ! 説明書を読んだわ!」
「そ、そう……(俺一回も読んだ事ないけど)」
「徹夜で読み込んだわ!」
「やる気凄いね……」
目の下が軽くグチャグチャになった学級委員長。期末テスト前以外、それもゲームの説明書ですらそうなるのか、と有宮は引きつった笑いを返すしか無かった。
──事の始まりは数日前まで遡る。
学級委員長、片桐由樹は産まれた頃から勉強だけを良しとされ、テレビ、漫画、ゲームの至る全てを禁止されていた。
由樹は特別興味があった訳では無かったが、友人達の口から出る話題に度々着いていけず、少し歯痒い時もあった。しかし父は新聞の四コマ漫画すらも許さぬ堅物であった。
しかし、その父を許さぬ者が居た。それは令和と云う時世であった。
「……父さんが間違っていた」
「?」
数学の参考書を読んでいた由樹の前に、父である剛造が勢い良く手をついた。その目には涙が浮かんでおり、激しく己の行いを悔いていた。
「……父さんの会社の部下が……その……いーすぽーつとやらで……その……三千万円を、だな……」
「説明は簡潔丁寧に願います御父様」
「……すまん」
いつも言われている事を返すと、剛造は涙を拭って頭を上げた。
「いーすぽーつの大会で、部下が優勝して賞金三千万円を手にした。父さんの年収で言うと七年分だ。父さんは今まで良い会社に入るために勉強だけをしてきた。ただ、アイツは会社とは関係無しに、七年分を一日で稼いだのだ……。父さんは恥ずかしくなった。あれほどまでに見下してきたゲームで、だ……」
そして、剛造は由樹に漫画やゲームを解禁した。由樹は暫く考えて、「ワイクエだけ、やってみたい。今流行ってるみたいで友達も皆やってるって」と、こたえた。
ワイクエとは大人気RPG『ワイバーンクエスト』の略称であり、つい先日最新作ワイクエⅢが発売されたばかり。学校では皆がワイクエの話で持ちきりだ。
由樹は剛造と共に近所のゲーム屋を訪れたが、如何せん二人とも知識は0。仕方なく店員にワイクエを聞くと、「品切れです」と何度言ったか分からない顔をしてサッと持ち場へと消えてしまった。
「あれ? 委員長? 委員長なの!?」
鳩がブラックホールを食らった顔をして、有宮が後ろから声をかけたのはすぐの事だった。
「有宮君」
「何故委員長が!?」
当然の混乱である。有宮は兎に角「ええ!?」「何でぇ!?」を繰り返すばかりだった。
「──てな訳なの」
「ようやく理解」
五分後、由樹から説明を受けた有宮は、サッとカバンからワイクエのソフトを取り出して見せた。
「丁度売ろうと思ってて」
「えっ?」
「終わったから」
「ええっ!?」
「すぐに売れば高値で売れるから」
「ええっ!? 宿題1ページに三日かかる有宮君が!?」
「それトップシークレットね」
「……良かったら売ってくれないかな?」
「タダで貸してあげる」
「ええっ!? 悪いよ……」
「いや、ゲーム仲間は大金に換えても得難い物である。by聖徳孫子」
「……ありがとう。そして聖徳太子ね、太子」
そんなわけで、有宮からハードごとワイクエを借りた由樹は徹夜で説明書を十回以上隅から隅まで読み込んだのだった──。
由樹の部屋、有宮はまるで拷問のような気分を感じていた。目に入る至る所に参考書が置いてあり、今にも吐いてしまいそうな息苦しさに来たことを軽く後悔した。すぐにポテチを口に入れて気を紛らわせる。
「来るんじゃなかった……」
「それじゃあ、始めるね」
「ヨロシクオネガイシマス……」
ゲームの電源を入れると、壮大なオープニング曲が流れ、ワイクエが始まった。
「ジャア、ユウシャノ ナマエヲ キメテ」
「……」
いきなり主人公の名前を決めてくれと言われ、由香はフリーズした。
「……委員長?」
「えっと……」
「適当でいいよ。すてまる、とか」
「捨丸は適当な名前じゃないわ」
「じゃあ委員長の名前で」
「……じゃあ」
ユキ、と二文字を入力するのに三分を使い、ゆっくりと動くカーソルに耐えきれなくなった有宮は、そっと瞳を閉じた。
「有宮君! 寝ないで!」
「始まったら起こして」
「もう始まってるじゃないの!」
「キャラクターを動かせるようになったら起こして」
「どういうこと!?」
由樹は訳も分からず、とりあえず画面に集中を注いだ。が、普段見慣れぬ単語の数々に、すぐに有宮の膝を揺するのだった。
「有宮君、有宮君」
「…………なに?」
「王様に呼ばれてるみたいなんだけど、なんで?」
「説明書に書いてあったよね?」
普段、逆の立場で同じ事を言っているからこそ、有宮の言葉は由樹の心に強く突き刺さった。
「……そう、よね。うん、ごめん」
再度説明書を開く由樹に、有宮はそっとほくそ笑んで瞳を閉じた。
「……あなたは勇者オンナキシーの子孫です。王様から仕度金を貰って世界のために魔王を倒しましょう」
説明書を読み己の役割を再認識した由樹は、不慣れなコントローラーで勇者を操り、家を出た。そして有宮に声をかけた。
「有宮君、有宮君」
「……なに?」
「王様ってどこに居るのかしら」
「村人に聞いてみて」
「いきなり話しかけて大丈夫かしら?」
「……話してみて」
『宿屋へようこそ。一泊5Gですがどうしますか?』
「有宮君、有宮君!」
「なに?」
「一泊5Gですがどうしますか!?」
「そこは宿屋」
「……やどや?」
「ビジネスホテル」
「ああ、そういうことね。……1G1000円くらい?」
「計算しないで」
『魔物のせいで村の外にも出れん。伝説の勇者が居れば……』
「有宮君、有宮君」
「な?」
「伝説の勇者って誰?」
「アンタだよ」
『ここは お城です』
「有宮君、有宮君」
「に?」
「お城だって!」
「分かった分かった。早く入って」
『──勇者の血を引く者よ、よくぞ参った! うんぬんかんぬんで50Gをやろう!』
「どうして知らないオジサンがお金をくれるのかしら?」
「その人が王様だからです」
「ふーん」
「軽っ!」
「じゃあ、後は魔王とやらを始末すればお終いって訳ね」
「……まあ、端的に言えば」
「魔王はどこ?」
「それを探すのもゲームの目的の一つだから」
「……面倒ね」
「飽きてきた?」
「あ、そこのタンスの中にアイテム入ってるよ」
「それって略奪じゃない!?」
「え? ゲームじゃ普通だよ」
「…………変なの」
「有宮君、村の外に出たわ」
「じゃあ後は自由行動で」
「え?」
「好きなところに行っていいよ」
「えっ?」
「どうぞ」
「……あ、何か出たわ。ヌルヌルした可愛いのが」
「モンスターです。倒して経験値を獲得して強くなっていくのがこのゲームの醍醐味です」
「……た、倒す?」
「そう。ボコボコに」
「……何故? いきなり会った動物を虐待して何になるの?」
「言い方。奴等は魔物で悪い奴らだから」
「まだ私何もされてないわよ?」
──ユキに3のダメージ。
「今殴られましたけど」
「それでも暴力は良くないわ。ガ〇ジーもきっとそう言うわ」
「……」
──ユキに3のダメージ。
──ユキに3のダメージ。
──ユキに4のダメージ。ユキは死んだ。
「死んだね」
「……このゲームは私には合わないわ」
由樹はそっとコントローラーを置き、眼鏡を外した。そしてゆっくりと瞬きをして、コントローラーを有宮に差し出した。
「……まあ、そんな事もあるかと思って他のゲームも持ってきてはある」
「ふーん」
野球ゲームのソフトを取り出し反応を見るも、イマイチそうな顔で眉を傾ける由樹。
「普通にやった方が良くない?」
「じゃあコレ」
今度はパズルゲームを取り出すも、やはり反応はイマイチだった。
「問題集を解いた方がいいわね」
「……じゃあ」
残されたソフトはゾンビを倒して進むゲームだった。有宮は諦めた気持ちでそれを取り出した。
「……ゾンビ?」
「まあ、ダメだよね。これで最後だけど」
「じゃあ、まあ……とりあえず」
なんだか申し訳なくなってきた由樹は、なんとなくでもやってみようと、コントローラーを握った。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!!!!」
「普通にゾンビ殴ってますが」
「あ゛ーっっ!! コイツ囓りやがった!! マグナム44で吹き飛べオラァァ!!」
「ガ〇ジーも真っ青www」
「回復薬が切れたわ!!」
「そこのタンスの中」
「助かるわ! タンスは斧でぶち破るに限るわね!」
「略奪乙」
「家主不在なんだから全部私の物よ!! オラッ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねーーーーッッ!!!!」
「……委員長が壊れた」