お望み通り
それからアニカによる逆嫌がらせが続いた。
あるときはビリビリに破かれた彼女の教科書が私の机に入っていたり、運動着が隠されたと泣いていたり……すれ違いざまにわざと転んでみたり。目に余るものだった。
「いい加減やめてほしいのだけど」
あるとき、すれ違い様に彼女に告げた。
周りに取り巻きもいなかったので彼女は露骨に嫌な顔をした。
「は?何を」
「私が嫌がらせをしてるように振る舞うことよ」
アニカは大きなため息をつく。
アヤは絶対しない顔。
「あんたが自分の役割放棄してるから。こっちが自演してるんでしょ。静かに過ごしたってフィリップはあんたには振り向かないわよ」
アヤと同じ顔なのに。
「あんたみたいな地味な雌豚がフィリップに釣り合うとでも思ってるの。あんたが隣に並んでいるとこ想像するだけでゲロがでそう」
なんて、邪悪な顔で笑うのだろう。
「そうだぁ。この階段から落ちちゃおうかなぁ。そしたらあんた殺人未遂で学校追放されちゃうかも。いや。豚箱いきかぁ。雌豚にはぴったりね」
階段の淵に立ってアニカはけたけたと笑う。我慢の限界だった。
どんっとアニカの体を押すと、彼女は「え」と声を出してごろごろと体を打ちつけながら落ちていった。
ひどいダミ声の絶叫が響き渡る。
なんだ。どうした。きゃぁ!数々の悲鳴が階下の彼女にかけられ、人々は皆私を見上げる。
「あらあら。まぁあまぁアニカさん」
みんなに注目されながら私は上品にゆっくりと階段を降りていく。
「テメェ……何して……!」
目を見開いて怒鳴るアニカの腕は明後日の方向に捻じ曲がっていた。
「あら!貴方が言ったのでしょう。いじめてほしいと。ほらもっと美しく目に涙を潤ませて殿下をお呼びなさいな」
「こんなことしてただで済むと思うなよ!フィリップに言いつけてやる!あんたは嫌われる!あんたは豚箱行きだ!」
「まぁ、どうぞ。私フィリップに嫌われたいと思っているの。だって私も嫌いだもの」
アニカは信じられないものでも見るかのように私を見つめ、わなわなと唇を震わせた。
「てっ…てめぇ」
アニカが口を開いた瞬間。私は曲がった彼女の腕を思いっきり踏みつけた。
再びダミ声が響き渡る。
「いい加減。アヤと同じ顔でそんな汚い言葉を使わないで」
ぐりんと、その腕を踏みにじると、何度でもアニカは汚い声をあげる。
遠くからフィリップが駆けつけてくるのが見えた。その腕から降りて、私は颯爽とその場を後にした。アニカは金切り声で私を指差して、フィリップに何か訴えかけていた。
数日後、アニカはまた中庭に私を呼び出した。その腕には包帯でぐるぐる巻きのギプスがはめられている。
どこで見つけてきたのか周りには屈強な男の取り巻きがいる。
取り巻きはざっと私を囲むと地面に押さえつけて制服をナイフで切り裂いてきた。無様に乙女の肌が晒される。
「お前たちこいつをボロボロになるまで犯してやって」
ニヤニヤと笑う男の一人が私の胸を掴んできた。
あら不愉快。
「神聖な学び屋でこんな不埒なこと。これは正当防衛もやむを得ません」
抑えられているのは肩だけで、手首は動く。
私はポケットから同じくナイフを取り出すと、躊躇なく男の首を裂いた。
もう一人の男は驚いて私から手を離す。私は地面から飛び上がると男の脳天にナイフを下ろした。
男の頭部からも血が噴き出し、私もアニカも血で染まる。
アニカはぎゃあと悲鳴を上げた後、胃の内容物をすべて吐き出していた。血と混ざり合い、なんとも不愉快な匂いになる。
「なんてこと…なんてことを……」
その場にへたれこみひぃひぃと震えるアニカに私は笑顔で歩み寄る。
「なんてって……襲われそうになったんだもの正当防衛よ。私も貴方も」
待っていたナイフで彼女の制服をゆっくり切り裂くと彼女は失禁していた。
あら。ますます臭くなる。
「何で人を……そんな簡単に……」
「モブってアヤは言ってたかしら……。貴方とかフィリップとか私?は殺せないみたいなんだけど。彼らみたいなのは殺せるみたいなのよね」
震える彼女の耳元で私はふふっと笑う。
「貴方のお望み通り。私は何度でも貴方をいじめてあげる。でもこれはゲームだから。断罪イベントまで頑張ればフィリップは貴方を助けてくれるわ。だからがんばってね」
またフィリップが走ってくる。無能なフィリップ。どうせ襲われているところを見せつけたくて呼んだのかもしれないけど。無駄足だったわね。
あまりの惨状にフィリップも口を抑えて目を見開いている。
震えてなにも言えないアニカに代わって私が口を開く。
「フィリップ殿下。遅いですわ。私たちこの人たちに襲われそうになっていたの。私が反撃できたからよかったものの……」
「そっ…そうか。しかし命を奪うなんて」
「何を言っているんですか!殿下……。私アニカ嬢を守らないと思って……怖くて必死で手加減なんてできませんでした」
涙ながらに訴えるとフィリップは「そうだな」と頷き、アニカに自分の上着をかけた。
「すまない。君にもすぐに」
シャツも脱ごうとするフィリップに私は首をふって断った。
「いいですわ。殿下……貴方が風邪をひいてしまう」
「でも…」
「よいです。私はすぐに寮に戻りますから。それよりアニカ嬢は大分ショックを受けています。支えてあげてください」
「すまない」
お前が肌に身につけていたものなんて。触りたくもない。
去り際に情けないアニカの声が響いた。
「フィリップ…フィリップ…アイツが」
「わかってるわかってる。大変だったね」
「アイツが……」
私が人を殺めた件については正当防衛が認められ、表沙汰にもならなかった。ただアニカからちょっかいかけてくることもなくなった。私が相当怖いらしい。
でもそれとは関係なしに私は彼女をいじめ続けた。すれ違えば足をひっかけて、見掛ければ口汚く罵り、物を隠して壊した。暴力は毎日。
アニカはその都度フィリップに訴えたろうだが、彼は話を聞く以上のことはしない。なぜなら断罪イベントのその日まで彼は動いてくれないのだから。
一度アニカは自殺をしようとした。だから私は教えてあげた。
主要人物は途中で死ぬことはできない。自殺なんてすれば入学初日にもどる。断罪イベントまでこの日々は終わらないことを。
絶望した彼女はその日を待ち望んでいじめに耐えた。
そして卒業パーティー当日。フィリップの横には傷だらけの痩せ細った女がいた。こけた頬。歯はいくつか折れ、髪は白髪まじりでところどころ禿げている。それでもフィリップは愛おしそうに彼女の手をとっていた。
「マチルダ•デイヴィース!アニカ嬢への残虐非道な嫌がらせの数々。許すわけにはいかない。俺はお前との婚約を破棄する!」
響き渡る声に皆の注目が集まる。
「貴様は俺の未来の花嫁を傷つけたのだ。死をもってアニカに詫びろ!」
アニカ目から大粒の涙がこぼれ落ちる。そうよね。待ちに待ったわよね。この日を。
「謹んでお受けします」
彼が刑吏を呼ぶ前に私は会場を後にする。
後ろからアニカの勝ち誇ったような罵詈雑言が響いていた。




