愛したアニカ
そのアニカは語った。
この世界は「おとめげえむ」という男性と恋愛することを楽しむゲームの世界なんだと。
「それのフィリップルートね!!私フィリップ様推しだったんだぁ。あーでも。マチルダ様が一番よ!キャラデザが一番きゃわわよ!んー!それにしてもやっぱり実物もきゃわわ!ナンバーワンだわぁ!!」
「きゃわわ……」
中庭のベンチに座って私たちは話をしていた。いじめるか、避けるかだったアニカが目の前でにこやかに笑っている姿は私を妙な気持ちにさせた。恐怖感でも憎悪感でもない。不思議な感覚。
「アニカ……あなたは一体?」
「嫌だ。デフォルトネームで呼ばないで!私アヤ。タチバナ・アヤよ」
アヤは語った。
自分は転生者で前世があったことを。
死んだ者は望む世界に転生し、楽しむことを女神に許されることを。
アヤが選んだのはこの「おとめげえむ」世界のヒロインで、私にはヒロインを虐める悪役令嬢という役割があることを。
それらを聞いて私は涙が出た。
自分が創作物の中の存在であるということを知ったから。
これまでのループはアニカたちが楽しむためだけに強いられたシナリオだったことを知ったから。
「なになにどうしたの!?」
アヤに、私は全てを話した。何度もこの世界をループしていること。何をしてもしなくても言われもない罪で断罪され、処刑されることを。
アヤは最後まで話を聞くとぷるぷるとその体を震わせていた。
「そんなの許せない!おかしいよ!やってもない罪で断罪されるなんて。ゲーム補正とはいえフィリップも許せない」
鼻息を荒く、アヤは怒りで顔を真っ赤にしていた。
「アヤ……貴方不敬よ」
「いいんです。フィリップ推しだったけど。もういい!やはり私の推しはマチルダたん!キャラデザが圧倒的だし!」
アヤは私の腕に自分の手を絡めるとすりすりと頬擦りをした。
「なにをして……」
「いじめられたなんて噂すらたたないくらい私たちは仲良しになればいいんですよぉ」
「いやよぉ……恥ずかしいかからぁ…」
「良いではないかぁ。良いではないかぁ」
照れる私にアヤはなおいっそうその体を預けた。
そしてこの三年間はアヤとともにあった。教室移動もランチも放課後も全部彼女と一緒。最初は鬱陶しかったコミュニケーションもだんだんこそばゆくなっていき。いつしか彼女といる時間がかけがえのないものになった。
そして卒業パーティーがやってきた。彼女の隣にいるのはフィリップではない。私だ。
それなのに。
「マチルダ•デイヴィース!アニカ嬢への残虐非道な嫌がらせの数々。許すわけにはいかない。俺はお前との婚約を破棄する!」
ポカンとしているのはアヤだった。
「は?何言ってるの!私はいじめられてなんかいないし!こんな仲良しなんですけどぉ!」
腕を絡ませてくるアヤに私は照れながらも複雑な思いだった。やはり私がどんなことをしてもアヤいわくゲーム補正というものなのだろうか。フィリップの中では私が彼女をいじめていたことになる。
「かわいそうにアニカ。そういう風に言えと脅されているんだね。今助けてあげるから。刑吏!」
刑吏が私たちを取り囲む、
「は?いじめられてないし!触んないで!あっ…マチルダ!!」
刑吏は私を床に伏せ、アヤをフィリップの元へ運ぶ。
「離せクソ王子!!マチルダを連れて行かないで!!嫌……マチルダ!マチルダ!!!」
私は抵抗する気もなく、そのままずるずると会場の外まで連れていかれる。
ありがとう。アヤ。貴方が庇ってくれただけで私は嬉しいの。貴方と過ごした三年間が今まで一番楽しかった。
今日はアヤとフィリップの結婚式。私の処刑日。
首に縄がかけられる。嗚呼何度やってもこれは慣れないわね。
もうすぐ。死ぬんだ。久しぶりに死にたくないかも。もっとアヤといたかった。アヤと楽しい日々を重ねていきたかった。
遠くから天使が近づいてくるのが見える。
ああ。死ぬんだ。
真っ白い服をきた美しい天使。なぜかしら天使がアヤに見える。
「マチルダ!マチルダ!!」
驚いた。それは天使ではなくアヤその人だった。
白い服はウェディングドレス。なんということか結婚式から抜け出してきたのか。主役が何をしているのだ。
刑吏たちは未来の王妃にどう接しようかとあたふたしているが、アヤはそんなことお構いなしに刑吏を押し退け、突き落とし、処刑台へとよじ登ってくる。
「アヤ!何してるの!早く城に帰りなさい!!貴方は国母になるのよ。これから幸せに……」
「貴方がいないなら私は幸せになれない!」
首や手の縄を解いて、アヤは怒鳴る。
「私はフィリップなんて愛してない……貴方が死んだら私は幸せになれないの!だって私は……」
「貴方を愛しているもの」
ぼろぼろの私を抱きしめて、アヤは泣いた。
私も泣いた。
「私も」
アヤを抱きしめ返す。ウェディングドレスは手垢で汚れていった。
私たちは抱き合って、処刑台の上でいつまでも泣いていた。