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やり直し

「おい聞いたか!庶民がこの学校に入学してくるんだって!!」

 そんな声が後方から響く。

 振り返ると多くの生徒が各々に騒めきを作っていた。

「えっ……」

 驚いて手荷物を落とす。手荷物?私は縄で手首を縛られていたはずじゃ?

 自由になっている手で恐る恐る首元を触る。何もない。囚人服代わりのだったぼろ服は真新しい真紅の制服に変わっている。

「マチルダ様!どうしましたんです」

 お付きのクラリスが焦ったように荷物を集めている。

 この光景。見たことがある。

 これは王宮学校の入学式。

 三年前、私が見た光景。

 首に手を当てたままひゅーひゅーと不器用に息をする。その場に座り込むとクラリスが驚いて声を上げる。周りの生徒も集まってくるが、私の過呼吸は止まらない。


 過去に戻っている。


 信じがたいその事実に心も体もついていけなかったようで、私はその場で意識を失った。


 目が覚めると、そこは医務室だった。

 そばではクラリスが泣き腫らした目でこちらを見つめている。

「ああ!マチルダさまぁ!!よかった目を覚ましましたです!」

 クラリス。わがまま放題の私についてきてくれた私のメイド。処刑の時もアニカと殿下の結婚式ではなく、涙を流しながら処刑場に来てくれた。

「ごめんなさい。ちょっと立ちくらみがしたの」

 クラリスは目を丸くする。

「マチルダ様ぁ。やはり頭を強く打ったんじゃ!」

 ああ、そうか。以前の私はもっとツンケンしていた。謝るなんてもってのほか。わがまま放題の嫌味娘。こんなに良くしてくれるクラリスにも随分強く当たっていた気がする。

「そうかも。以前の私とは違う……」

 ぽそりと肯定すると、クラリスは「大変だです!」と悲鳴を上げて校医を探しに廊下へと駆け出した。

 それにしても。過去に戻るなんて信じられない。だがこれは神に与えられたチャンス。

 やり直すためのチャンスなのだ。

 ガチャリと医務室の扉が開く。

「クラリス。随分早かったのね」

 声をかけた瞬間。心臓の真ん中から体が凍るような恐ろしさに襲われた。

 そこにいたのはフィリップ殿下だった。

 私を捨てた。私を処刑する様に命じた次期王。

「マチルダ。倒れたんだって」

「ふぃっ……フィリップ様。どのような御用で……」

 俯いたまま必死で震えを収める。フィリップはくすりと微笑むと私の頭に手を置いた。

「婚約者が倒れたんだ。見に来るのは当たり前だろう」

 以前の私なら飛び上がるほど喜んだだろう。しかし今は違う。心臓がばくばくと悲鳴を上げて背中に冷や汗ばかりが伝う。歯の根がなりそうになるのをバレないように手を噛んで必死で抑えた。

「でも感心しないなぁ。マチルダ……いくら俺の気を引きたいからって仮病はダメだよ」

 びっくりして顔をあげる。

 その顔はどんなに引き攣っていただろうか。

 でも殿下はそんなことに気づかない。私の顔なんて見ていないのだ。

「大丈夫そうならよかった。じゃあ俺はいくから」

 後ろを向き、そそくさと殿下は医務室を後にした。入れ替えに校医と入ってきたクラリスが「ひどい顔だ!」と声をあげ、校医も心配そうに私に二、三質問する。

 私はここで泣き出してしまった。戻ってきた安堵感なのか。殿下に蔑ろにされたからなのか。彼への恐怖からか。

 クラリスがおろおろするなか私は声を上げていつまでも泣き続けていた。

 私は決めた。アニカにも殿下にも、もう二度と近づかない。私は私を思ってくれるクラリスのような存在を大事に平穏にこの世界を生き抜くことを。


 それからの私は変わった。大好きだった夜会や社交界にも出ず、大人しい格好をして休み時間は図書室で過ごす。アニカとはクラスメイトとして接することもあったが、それだけ。極力接点を持たずに過ごした。程なくしてアニカと殿下が仲睦まじく過ごしている姿も見た。クラリスは怒っていたが。くれぐれも何もしないように釘を刺した。

 そして三年間が終わり。いよいよ卒業パーティーの当日となった。

 前回の煌びやかな日々も悪くはなかったが、今回はかつては話もしなかったクラスメイトと友人になったり、勉強の楽しさを知ったりした。実のある学生生活を送ることができた。

 卒業パーティーも終盤。殿下は皆の前に発表があると躍り出た。その横にはアニカ。しんと静まり返った会場の視線が二人に注がれる。

「俺は真実の愛を手に入れた。それがアニカだ」

 アニカは嬉しそうに。それでも少し恥ずかしそうに殿下を見つめていた。

 教師陣はざわつくが、生徒たちは素知らぬ顔だ。あれだけ普段からいちゃついて私を蔑ろにしてれば「何を今更?」という話だろう。

 クラリスだけが「なにをー!マチルダ様というものがありながら不埒な!」と声を上げていたが、彼らが恋人同志なのは周知の事実。それに私はもう殿下を愛していない。喜んで身を引こう。

「俺はアニカを妃にしようと思う。よってマチルダ•デイヴィース!お前との婚約は破棄する」

 名前を呼ばれて思わず飲んでいたシャンパンを吹きこぼす。咳をする背をクラリスが撫でてくれた。

 婚約破棄はいつ言われようと受けるつもりでいた。だがなんだろか。その違和感は。婚約者がありながら平民に不貞を働いたのは、有責なのはあきらかに殿下の方。頭を下げて頼まれるならまだしも声高らかに名指しされる覚えはない。

 アニカのほうもびっくりしたように殿下を見つめている。

 呆気に取られている私に殿下は舌打ちをする。

「聞こえてないのか。マチルダ。アニカ嬢への残虐非道な嫌がらせの数々。許すわけにはいかない。俺が気づいていないとでも思ったのか?」

 頭が真っ白になる。この男は何を言っているのだろうか。もしやアニカが殿下の気を引こうと嘘を?そう思ってアニカを見るがアニカも不思議そうな顔をしている。でも否定はしない。

 会場だけがざわざわと騒がしい。

「お…お待ちください殿下。何かの間違いです!私は何も」

「黙れ!私の寵愛が受けられないからと言ってそのようなこと許さん!お前は死刑だ!連れて行け刑吏」

 殿下は静かに告げ、数人の男に抑えられ私は会場を追い出される。

「嫌!そんなことしてない!アニカを虐めたりなんかしてない!信じて!!殿下……!!」

 刑吏が私を引っ張る。なんで……私は何もしてないのに……どうしてこんなことに。

 やり直せたと思ったのに。

 扉は閉ざされ、数日後。私は再び処刑された。

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