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第八話

「なかった?」

「ああ。東京で起こった二つの事件、両方ともそんな手紙は残されていなかったってさ」


 翌日の放課後。

 俺は昨日と同じで遊羽と二人、並んで帰路に着いていた。

 しかし今回は遊羽の方から誘われたのではなく、俺の方から遊羽を誘った形である。


 俺が一緒に帰ろうと申し出た時、遊羽は嫌な顔一つせず、二つ返事でOKした。

 おそらく俺の表情から、事件のことについて話があると察したのだろう。


 畦道を歩きながら、早速俺は昨日遊羽と電話口で話した、東京で起こっている連続殺人事件に手紙が残されているのかどうかの報告をした。


 結果から言って、そんな手紙は残されていなかった。


「となると、東京の事件とこの村の事件は無関係ということになる」


 遊羽が真面目腐った顔で目を細めた。

 彼なりにこの結末は不服なのか、それとも単に真正面に見える太陽が眩しかっただけなのかはわからない。


 前方には傾きかけた太陽が、今すぐにでも山の影に身を隠そうとしていた。

 この村は四方を山で囲まれているおり、日の落ちる速度がかなり早い。そして一度落ちてしまえば、辺り一帯は極端に暗くなってしまう。


「おそらく……と言うか、十中八九警察もその両者との関係性は考えていたと思う。でも似たような手紙は見つからなかった。だからニュースでも、手紙についてはともかく、それら関係性については公表しなかった」


 例の手紙を報道しない理由は昨夜遊羽が語った、模倣犯を防ぐためや第三者による悪戯を防ぐためだと理解した。

 しかし、もし東京の事件と、この村の事件になんらかの関係性があるのなら、それを世間に隠しておく必要はない。

 むしろ警察としては少しでも事件の捜査が進展していることを世にアピールしたいはず。

 だからもし、両者に何らかの繋がりが見つかっているのなら、理由を省いてでも報道するのではないか、と遊羽は言った。


 む、……少し話が小難しくなってきたな。


 俺はそれ以上、遊羽の話す内容に理解が追いつかず、ひっそりと頭を抱えた。


「——それで、桜季はこのこと、どうやって調べたの?」


 一通りの説明を終えた遊羽は、話題転換として素朴な疑問を口にした。


 ——おっ、やはり訊いてくるか。


 俺は待っていましたと言わんばかりに得意げな表情をして、遊羽お得意のもったいぶりを披露した。


「少しだけ、特権を使ったのさ」

「特権?」

「ああ、知りたいか?」

「いや、別に……」


 ふふん、そうだろう——。


 俺はまた得意げな顔で……、あ?


「なんでだよ。訊けよ——」


 俺は人生初めてと思える、テンプレートのようなツッコミを遊羽へかました。

 突っ込まれた遊羽本人は困惑気味な表情をしている。


「訊いて欲しかったのか?」

「そうだよ。訊いて欲しかったんだよ。だから訊いてくれよ」


 遊羽は心底面倒臭そうに顔を顰めると、それを隠そうともせず棒読みで改めて訊ねた。


「ソレデ、桜季ハドウヤッテコノコト調ベタノ?」

「ふーん、知りたいか?」

「……うん、知りたい」

「んー、どうしようかなあ。あまり口外するなって言われてるしなあ。——遊羽はどうしても知りたい?」

「…………別に」

「いや、だから——」


 そんな漫才みたいなことを繰り返すこと三回。

 そんなこんなで俺は最終的に遊羽へ調べた方法を語った。


「親戚に刑事?」

「そう。俺が四年前まで都会の方で暮らしてたって話はしたか?」

「聞いた、ような気がする……」

「……」


 俺は四年前、この村へ引っ越すまではもう少し都会よりで暮らしていた。

 学校も、その近くにあった小学校へ通っていたし、近所には親戚も住んでいた。


 その時よく一緒に遊んでくれていたのが、父の兄の息子——つまり俺から見て従兄弟だった。

 年齢は俺より十歳以上も年上で、気さくな性格。

 俺が引っ越す前まではよくキャッチボールなどして遊んだ仲だ。


「その兄が少し前に、えっと……東京の刑事になったらしくて、それで試しに電話してみたんだ」

「それで教えてくれたと……。警視庁の刑事が進んで一般市民に情報漏洩とは、これいかがなものか……」


 遊羽が冷ややかな目で俺を見る。


 ——やめろ。そんな目で俺を見るなッ。

 くっ……こいつ、結構怖い顔するのな……。


 でも今回はそのおかげで東京の事件について知れたんじゃないか。

 非難される筋合いは……あるかも知れないが、感謝してほしいもんだ。


「ま、まあもちろん。絶対に他言無用とも言っていたし、だからこうして二人で下校しながら、俺はお前にだけ話してるんじゃないか」

「ふん……、まあ、いいか……」


 全ては俺の人徳のおかげなんだぞ。感謝しろよ。


「でも、これで行き詰まりだ」


 遊羽が顔を顰め呟く。


 この村で発生した事件は東京の事件とは無関係に終わった。

 つまりそれはあの手紙に書かれていた第三の復讐が、また謎と化してしまったことに繋がる。

 事件はふりだしに戻ってしまったのだ。


「そうだ。そう言えば、もう一つ気になっていることがあった」


 遊羽が唐突に切り出した。


「気になること?」


 俺は率直に訊ねる。

 遊羽が突発的にそう発言するのにすっかり慣れてしまった俺は、先んじて考えるのをやめたのだ。


「あの手紙に書かれていた『ダイサン』……はひとまず置いておいて。それよりもこの文章全体『ココニ ダイサンノフクシュウハ トゲラレタ』——これは一体、誰に当てたメッセージなんだろうね」

「メッセージ?」

「そう。こう言った文章を残すのはきっと、誰かにこの事件について深く考えてほしいからなんじゃないかな。——例えば、松月咲冴が殺害された理由について、とか……」

「殺された理由か……」


 そういえば確か、俺たちが死体を発見した日にも、永源が似たようなことを言っていた気がする。


 ——あの男にもそれ相応の理由があったに違いない。


 あの言葉の意味もそう言うこと、なんだろうか。


「他には……、犯人が被害者たちとは別の第三者に向けて残したメッセージとか。後は警察関係者に、松月含めた被害者が過去に犯した過ちを突き止めてほしい、とか。——でなければあとは、単なる愉快犯による警察やメディアへの挑戦状ってことになるだろうけれど……。でも僕はなんとなく、それは違うような気がする」

「ような気がするって……、どうしてだよ」


 遊羽はもう影も形もなくしてしまった太陽から、まるで視線を逸らすかのように俯いた。


「何となく、だよ……。何となく、この文章からは悲痛な思いが込められているような気がするんだ」

「何となく、ねえ……」


 俺は腕を頭の後ろへ回すと、やや歩みを遅くした遊羽に歩調を合わせる。


 今はだいたい四時半ごろと思われるが、辺りは着々と薄暗くなり始めていた。

 まだかろうじて青色を留めている空も、心なしか濁って見える。


 俯いたまま顔を上げない遊羽に、俺はふと思ったことを呟いていた。


「それで、これからどうするよ……。東京の事件は関係なったわけだし、手紙の意味もまだわからない。——それでこれから、何をどう調べればいいんだ」

「……」


 この呟きは答えを期待してものではなかった。

 隣にいる遊羽は別に警察官ではないし、それこそドラマに出てくるような探偵でもない。

 何も言わず黙ったまま。と言うことは、行き詰まっているという何よりの証拠だろう。


 だからこれは単なる独り言……のつもりだった。


 いや、それでもやっぱり、少しの期待はしていたと思う。

 こいつならばもしかすると、また何か新しい道筋を示してくれるだろうと……。

 今までのひらめきを目の当たりにしてきた俺としては、それを期待せずにはいられなかったのかも知れない。


「もう一度、あの桜の木を見に行かないか?」


 その声に振り返ると、遊羽はいつの間にか足を止め、こちらを見つめていた。

 自然と俺の足も止まる。


「桜の木へもう一度行ってみないか?」


 遊羽は俺を真正面に見据えながら同じことを言った。


 自分ではもうどうしたらいいのかわからないと、半ば諦めモードだった俺だが、しかし今目の前に立っている彼の瞳には、未だそんな弱音など微塵も感じられなかった。


 ——俺も負けてはいられない、か……。


 俺は頭の後ろにやっていた手を下ろすと、ポケットにそっと突っ込んだ。


「そうだな。試しにもう一度行ってみるか」


 笑顔でそう返す俺に、遊羽は微かに口元を緩ませた。


         ******


 一旦自宅へと帰った俺は一昨日、初めて桜の木へ遊羽を案内した時に待ち合わせした場所で、彼と合流した。

 そしてまた長い道のりを経て、桜の木までやってきていた。


 到着したころにはまた一段と外は暗くなっている。

 桜の周りには未だ黄色いテープが巻かれており、根本まで近づくことができないようになっていた。


「どうだ? ここからでも何か分かりそうか?」


 俺たちはテープが貼られたギリギリまで接近して桜の根本を観察した。

 暗くなったとは言っても、まだものが識別できないほどではない。


 死体を発見してからここへ来たのはこれで二度目になる。

 桜の木は依然として満開で、一昨日の出来事などまるで嘘のように感じられた。


 あの時見た黒い影から全てが夢だったんじゃないかと思えるほどに、今目の前に立つこの桜の木に変化は見られなかった。

 だが、ここへ立つたびに不穏な気配が背中をさすっていく。

 油断するとまたあの幹に、黒い影が横たわっている錯覚に囚われる。


 俺は念のため桜の木を一周し、何か異変はないかをチェックしたのだが、やはりあの時のような鮮烈な置物はどこにもなかった。


 遊羽も同じように桜の木の周辺をぐるぐる旋回しながら、手がかりとなりそうなものを隈なく探していた。


 しかし数回回っても、それらしいものは発見できなかった。


「帰ろう遊羽。もう日が暮れてきた」


 山の影に隠れてしまい確認はできないが、空模様が青色から濃い橙色に変わり始めている。

 このままでは家に着くころには外は真っ暗になってしまう。この村は街灯と呼ばれるものはないため、夜の外出はかなり危険なのだ。

 それに親父にも、ついこの間忠告されたばかり。

 

「また今度来ようぜ。——それに今更だけど、そんな簡単に何か見つけられるなら、警察の人もとっくに見つけてるんじゃないのか」


 素人で、ましてや子供である遊羽が見つけられるのなら、警察がそれを見逃しているはずはない。

 犯人究明の証拠など、とっくの昔に回収されているに違いない。

 

 ようやく遊羽はかがめていた体勢を起こすと、いかにも口惜しそうな態度でこちらに戻ってきた。


「まあ、ここならすぐに来られるんだし、今日はもう帰ろうぜ」

「うん……そうだね……」


 未だ未練を感じさせる物言いで、俺に続いて遊羽も歩き出す。

 ——がしかし、次の瞬間にはまた動きを止め、ある一点を見つめて彼は動かなくなってしまった。


「どうした遊羽?」


 まったく動く気配を見せない遊羽に俺は問いかけた。

 遊羽はこちらになど見向きもせずに、おもむろに腕を上げ、先ほどから見つめている一点を指差した。


「桜季、あれは何?」


 遊羽の指差す先を見て俺は納得する。


「ああ、あれね……」


 遊羽が指し示していたものは、桜の木から少しだけ離れた位置に建てられている——ゴツゴツとした、拳くらいの大きさの石を積み重ねたものだった。

 その周りを小さめな石が囲っており、そばには白く小さな花が咲いている。


「あれはな、墓だよ……」

「お墓?」


 遊羽が首を傾げた。


 俺はもう少し近くで見ようと、墓の方へ足を伸ばす。

 その後ろを遊羽もついて来ている。


 いかにも手作りしましたと言わんばかりの、無骨な出来栄え。

 ただ単に近くにあった石を持ってきて積み重ね、並べただけの子供の悪戯。


 俺はその中でも最も大きな石に——目を凝らさなければ見えないほど——うっすらと掘られている文字を遊羽へ指し示した。


 遊羽は顔をぐっと近づけ、その文字を睨む。


「白雪……さとざくら?」

白雪里桜(しらゆき りお)だよ」


 俺はその刻印された石を見つめながら、しみじみと遊羽へ語った。


「昔この村には、白雪里桜って女の子がいたらしいんだ。その子は俺がこの学校にやってくる前までいたらしくて、年齢は俺と同じで、当時小学四年生」

「いたってことは……」

「そう。その子、とある事故がきっかけで亡くなったらしいんだ」

「事故……、それはどんな?」

「さあ、そこまでは。俺も人伝だから、あまり詳しい話は知らないんだよ。ただその子、この桜の木の近くで亡くなったらしい」


 俺は眼前に聳える大きな桜の木を見上げた。

 桜は夕風に揺れながら、わさわさと花びらを揺らしている。


「彼女、この桜の木がすごく好きだったらしくて、桜が咲く季節にはいつもここへ来てたんだってさ」

「これは誰が建てたの?」

「玲たちらしい。その白雪って子がここの桜が好きだったから、この場所に建てたんだと」

「ふむ……、桜季が越してくる前ってことは五年前の出来事?」

「そう言うことになるな……。だけどすまん、これ以上はよく知らない」


 俺は肩をすくめてそう言った。


 遊羽はそれ以上は質問しようとはしなかったが、例の石に刻まれた彼女の名前をじっと見下ろし続けていた。


 こじんまりと建てられたお墓。もちろんここに白雪里桜が眠っているはずもない。

 だが、それでもなぜだかこの墓は大切で、きっと誰かにとってはとても尊いもののように感じられた。

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