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第十三話

 遊羽の提案から、俺たちは桜の木近くに建てたという秘密基地を探すことになった。


 明日……は土曜日で休みだから、明明後日の月曜日、日を改めて玲たちに場所を聞いてからでもいいんじゃないかと俺は提案したのだが、遊羽に無言で拒否されてしまった。


 何をそんなに焦っているんだか……。


 事件発生から実に三回目。

 長い道のりを経て俺たちは、例の曰く付きであるオオヤマザクラの根元までやってきた。

 幸い今日は午前中までしか授業はなかったため、時間はまだたっぷりとある。


 途中、交番の前を横切った際、関山のおっちゃんに呼び止められるというアクシデントにも見舞われたが、何とか振り切って俺たちはここへ辿り着いた。


 桜の木周辺には昨日来た時と変わらない、黄色いテープが張り巡らされている。

 根元近くにはこじんまりとした墓標も、変わらずそこにあった。


「それで、どうやって探すつもりなんだ? 雨も降ってるし、そう遠くには行けないぜ」


 俺は真っ黒な傘を差している青年に一応の釘を刺した。


 そうでなくても今日は雨で、地面の大部分は泥でぬかるんでいる。

 そのうえ春が来ているとは言え、この天気では昨日よりも早く外は暗くなってしまうだろう。

 いくら時間に余裕があるとは言っても、限度はある。

 この村は街灯なんて殊勝なものはないから、それこそ本当の意味で夜の外は闇と化してしまうのだ。


 しかし遊羽はそれも考慮済みなのか、それともただ単に後先考えていないだけなのか、「わかってる」とだけ答えた。


 一体どうやって探すつもりなのかまでは答えてくれなかった。


 無言で周囲の森をキョロキョロと見回している後ろ姿を眺めながら、俺は雨粒が弾ける音に耳を傾けていた。


 本当に、こんなに雨が降るのは久しぶりだ。


 俺は桜の木に視線を戻し、見上げる。

 この村一番の桜はピンクの花びらを纏いながら、何とか雨の中毅然とした態度で佇んでいた。

 幸い風はそれほど吹いてはいないが、こんな雨が続けば花が散る速度も速まってしまうかもしれない。


 心なしか雨脚は下校時よりも弱まってはきている。だが根元を見れば、もうすでに何枚かの花びらは無惨な有様で散乱していた。

 周囲に生い茂った草と、散った花びらによって、茶色い地面はほとんど見えなくなっている。

 しかもこの雨で花びらや雑草が水分を含み、辺りは一段と滑りやすくなっていた。


 ——滑りやすく、か……。


 もしかすると彼女も、それが原因だったのかもしれない。


 この場所で命を落とした少女。


 足元にポツンと置かれている石はこの雨のせいでひどく濡れそぼっていた。

 俺はより一層注意を払いながら、真っ直ぐ均等に足へと体重をかける。


 ——すると、今まで森ばかり見ていた遊羽が、静かにこちらへとやってきた。


「桜季。あっちを探そう」


 遊羽はそう言いながら桜の木の向こうにある——俺たちが立っている地点からだと真左へ進んだ先を目で示した。


「どうしてあそこなんだ?」


 俺の純粋な疑問に、遊羽は相変わらずの簡潔さで答えた。


「この桜から一番近い」

「それだけか?」

「うん」


 本当に大丈夫なんだろうかと、一抹の不安を抱きながらも俺は「まあ、ここまで来たんだ。とことんまで遊羽に付き合ってやろうじゃないか」と言う面持ちで、彼に着いていく覚悟を決めた。


 早速俺たちはその場に桜だけを残すと、秘密基地があるかもしれないという森を目指した。


 段々になっている田んぼを超え、舗装されていない、軽自動車がやっと通れるくらいの道幅を二人並んで歩いていく。

 ところどころ曲がりくねった道はそのまま、前方に立ちはだかる森の中へと飲み込まれていた。


「おい、本当にこの先に秘密基地があるんだろうな……」


 森までもう間もなくと言ったところでまた不安がぶり返してきた俺は遊羽へ確認を取った。

 いくらこの村にすっかり慣れたからと言って、さすがにこの悪天候で森になど入ったことがなかった。

 地面だって相当ぬかるんでいるだろうし、何より暗いはずだ。


 対して遊羽はそんな俺の不安を和らげるどころか、さらに増長させるが如く「たぶんね」と、頼りにならない返答をした。


 本当に大丈夫なんだろうか……。


 しかしこれは幸いだろうか、目的の森へ辿り着いた頃には雨はすっかり止んでいた。

 一時的かもしれないが、これには大いに助かる。


 俺たちは差していた雨傘を折りたたむと小脇に抱えた。


 道の先は森の中の、さらに奥まで続いている。

 天気のせいだろう、昼間だと言うのにやはり奥は薄暗く、不自然なほどじっとりとした空気が中から流れ出していた。


 無意識に傘を持つ手に力が入る。


「行こう」


 遊羽の合図と共に、俺たちは深緑の中へと足を踏み入れた。


 一応道らしきものは残っているのだが、その両脇ギリギリにまで草木が生い茂っており、奥へ進めば進むほど道は獣道へと変化していた。

 上空からの光も乏しいため、足元が妙に心もとない。


 俺は右頬をピクピクと痙攣させながら、前を進む遊羽の後ろを追いかけていく。

 離されないように、できるだけ近くを……。


 雨の影響からか、森の生き物たちはほとんど姿を消している。鳴るのは俺たちが草をかき乱す音だけ。


 進むこと数分。突然だった——。


 俺の右前方の茂みが激しく揺らぎ、音が響いたのである。


「ひゃっ——」


 その音にびっくりした俺は思わず、普段しないような声を上げてしまった。


 前を行く遊羽が、こちらへ振り返る。その目はじっとりと俺を見ていた。


「……」

「……な、何だよ」

「いや、別に……」


 別にって……。何だよ、何か文句あんのかよ——。


 俺に睨まれた遊羽は渋々前に向き直ると、何もなかったかのようにまた進み始めた。


 ——いいだろ別に……。俺はこういうの、少し苦手なんだ……。


 俺は周囲に生い茂っている草木に細心の注意を払いながら、彼の後ろを追っていく。

 時々、足をかすめていく雨に濡れた植物の感触が心底気持ち悪かったが、先ほどのような失態を見せるわけにはいかないと歯を食いしばって堪えた。


「——あいたっ」


 周りにばかり気を取られて、前方が疎かになっていたのだろう。

 俺はいつの間にか立ち止まっていた遊羽に気がつかず、そのまま彼の背中に激突してしまった。


「なんで急に止まるんだよ……」


 おでこを抑えながら、訴える俺。

 遊羽は立ち止まったまま、こちらには目もくれず、辺りを見回していた。


「あっちだ」


 そう言って獣道から外れた森林の中へと彼は体の向きを変えた。

 長く伸びた草をかき分けながら、何の躊躇もなく先進していく。


「おい、マジかよ……」


 その道は今まで通ってきた道からは大きくはみ出しており、そもそも道と呼ぶのも烏滸がましかった。


「いや、微かにだけど、踏み荒らされた形跡がある。たぶんだけど、ここ最近出入りした人間がいるはずだよ」

「こんなところをか?」


 こんなところに来る奴の気がしれないが、本当にこの先に秘密基地があるのなら、今度会った時玲たちに文句を言ってやる。

 それから一緒に、道の舗装の何たるかも叩き込んでやろう。


 それでは秘密の基地になり得ないことは十分わかっていたが、俺はそんな考えなど棚に上げて、心の中で彼らに悪態をついた。


 その時だった——。

 遊羽が突然、こちらを振り返ったのだ。


 そのあまりの俊敏さに、俺はまた声が出そうになったが、それは何とか押し留めた。


「な、今度はどうした?」


 不審そうに訊ねる俺。

 だがよくよく見てみると、遊羽の視線の先にあるのは俺ではなかった。


 俺の遥か後方、俺たちが先ほど通ってきた道に向かって、彼は目を細め睨んでいた。


 彼の視線の先が気になり、俺も一緒になって振り返る。だが、特に変わったものは見当たらなかった。

 遊羽もしばらくはそのまま、後ろをキョロキョロとしていたが、


「……いや、何でもない」


 とだけ言って、また目指す方向へと顔を戻した。


 ——何だったんだよ。やめてくれよ、そう言うの……。


 そして何事もなかったかのように足を進める遊羽。

 俺は周囲の警戒を怠らず、さらには後方へ意識を飛ばしながら、少し彼との距離を詰めたのだった。

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