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第十二話

「包丁がなくなっていたのは事実なんだね」


 学校から離れていくにつれて、それに呼応するように雨脚もさらに強まっていく。

 路上にはすでに大きな水溜まりがちらほらできており、遊羽は避けながら、俺は無理やり飛び越えながら、今日調理実習で発覚した出来事について二人で話し合っていた。


「それは間違いない。一ヶ月前にやった調理実習の時には、確かに包丁は全部あった。なのに、今日見た時には二本しかなかった」

「同じ形の包丁だった?」

「同じ……だったと思う」

「誰かが他の目的であそこから取り外したって可能性は?」

「わからない。もしかすると古くなってたから、先生が抜き取っただけかもしれない」


 いまいち確証が持てない俺に遊羽は文句一つ言わなかったが、その代わりに低く唸り渋い顔を見せる。


「もしあそこにあった包丁が、今回行われた殺人事件の凶器と同じだったとしたら……」

「だとしたら、何だよ……」


 不自然に言葉を途切れさせ、結論をもったいぶる遊羽。

 俺はそんな彼に、この時ばかりは若干の怒りを覚えていた。


 いや、違うな……。これは遊羽に対する怒りじゃない……。


 この苛立ちに近い不快感は、彼にではなく……。

 たぶん、同じ結論に達してしまったであろう自分に対して、なのかもしれない。


「学校の関係者の中に犯人がいる。そう考えるしかないだろうね」


 やはり……そうなるか……。


「……ちなみになんだけど、関係者以外の人が学校に忍び込んで包丁を盗んだって可能性はないのか?」


 俺は何でもいい——最悪の結論へ至る前に、どうにか可能性の幅を広げられないだろうかと、当然ありえるだろう状況を遊羽へ指摘した。


 村の誰かとは言わないが、よそから来た人が学校へ忍び込んで包丁を盗み出しておいた。——そういう可能性も、十分考えられるはずだ。


 しかし遊羽はにべもなくその可能性を否定した。


「桜季の言う通り、もし外部の者が犯人だったとして、一体何のために見つかるリスクを冒してまで、調理室の包丁を盗む理由がある?

 学校には当然、鍵がかかってる。それに、——これはついさっき校長に聞いた話だけれど、学校の鍵は今、河津先生と永源校長の二人しか持っていないらしいんだ。そして調理室の鍵は職員室に置いてあるものだけ。その職員室も夜は鍵がかかるから、盗み出すのはほぼ不可能だよ。

 それから、これは僕の体験談を元にした話なんだけれどね。僕が以前、夜の学校を訪れた際、どの窓もしっかりと施錠されていて入ることができなかったんだ。もちろん、昇降口や、非常口も同様だよ。河津先生はきっちりした性格だから、毎日の施錠も抜かりなく行っているんだろう」

「お前……」


 今さらっと言ったけど、一体何をしに夜、学校に行ったんだよ……。


 俺はその一瞬だけ事件のことなど忘れ、そっちの方に気を取られたが、すぐにかぶりを振り余分な考えを打ち消した。

 ——そんなことよりも、だ。


 そうか……確かに河津先生は何事も抜かりなく行う人だ。施錠の管理もしっかりしてる。

 真琴やあさぎ辺りにこの話をすると、たぶん相当驚くんだろうが……。


 これは以前玲に聞いた話なのだが、この村に住んでいる人の大半は、家に鍵をかけないらしい。

 都会に住んでいた俺からすると驚きしかないが、ここは辺鄙な場所にあるど田舎。

 泥棒もよっぽど食うに困らない限りはここへやってくることはないのだろう。

 そもそも警戒することすら無駄なのだ。


 この村唯一の交番で働いている関山も、毎日暇を持て余しているくらいだ。

 だから彼は裏に畑を築いているのだが、それでもごくたまには仕事がある。


 それが、近所で飼われている動物の捜索だった。

 本当にたまーにだが、飼育小屋から逃げ出した鶏の行方を彼に探してもらうことがあるらしい。

 この間なんて、自作したポスターを看板や電柱に貼る関山の姿を目撃したことがある。


 これは校長も言っていたことだが、とにかくこの村は本当に事件とは縁遠く、ましてや殺人事件が起こるなど誰も予想していなかった。


 今思うとだからなのだろうか、玲や真琴たちが事件の犯人を追うことに消極的だった理由は……。

 滅多に起きないからこそ、妙に現実味の薄い出来事に感じたのかもしれない。


「盗み出したのはじゃあ、やっぱり学校の関係者ってことになるのか……」


 俺は潔く諦め、遊羽の意見に賛成した。

 否定材料が浮かばないどころか、自分も最初からそう思っていたのだから、そもそも反論する気力すら薄かった。


「そう言うことになる。具体的には、調理室から包丁を盗み出すことができるのは学校がある昼間だけ。

 でもいくらこの学校の全校生徒が少ないからといって、昼間学校に忍び込むのは危険すぎる。僕らが授業しているタイミングを見計らっていたとしても、学校には校長だって出入りしている。しかも校長のやってくる時間や日にちはまちまちで、いつ来るかも予想しにくい。

 そんなリスクを背負ってまで調理室の包丁を盗む理由があるとは思えない。だからやはり……」

「犯人は河津先生か、校長のどちらかってことだろ」


 現時点での犯人は学校関係者と結論づいたので、俺はすぐに二人の名前を口にした。

 だが遊羽はこれに、さらに付け加えた。


「そして、玲に真琴、あさぎもだ」

「はあ?」


 おいおいおいおい——。こいつ、正気か——。


「お前、あいつらが人を殺したって言う気かッ——」


 憤慨して一気に詰め寄る俺に、遊羽は真剣さを崩さずに言い返す。


「あくまで可能性の話だよ。僕だってみんなの中に犯人がいるとは思いたくない。だがあの包丁を盗み出すことができたのは村の中では五人しかいない。いや、俺たちを含めると、七人になる」

「……」


 そうか。可能性だけを言うのなら、俺たち二人もその中に入るわけだ。

 俺はついカッとなってしまった心を鎮めると、遊羽へ改めて訊ねた。


「もし、河津先生か校長のどちらかが犯人だった場合、どうなるんだ?」


 遊羽は顎に手をやり、慎重に言葉を並べていく。


「河津先生が犯人なのだとしたら、気になってくるのは動機だね。先生は四年前までは東京で教師をやってきた。もしその時に被害者と面識があったのなら、それが殺害の動機に繋がる。だけど現時点ではそれは見つかっていない。もし見つかっていたとしたら、すでに警察は動いているだろうし、それこそ授業なんてしている場合じゃないんじゃないかな」

「じゃあ、校長は?」

「校長の場合だと問題になってくるのは、どうやって殺害したのか、だね。これは校長自身が言っていたことだけれど、彼は殺害が行われた深夜、零時から二時の間ずっと、近所の人たちと酒盛りをしていた。警察の人にもそう証言したとも言っていたから、警察は当然その酒盛りに出席した人に確認は取っているだろうね。でも校長はいつも通りに生活をしている。ということはおそらくアリバイは証明されたんだろうね。

 だからもし校長が犯人なのだとしたら、どうやって酒盛りの場を抜け出し、あの桜の木まで行って殺害したのかがポイントになってくると思う」

「もしそのアリバイ自体が、俺たちだけにした嘘って可能性は?」


 遊羽は俺の問いに即座に首を振った。


「もしそれが嘘のアリバイで、警察には違う証言をしたとして、一体何の得になるのさ。僕らを欺くため? こんな子供にかい?

 仮にそうだとしても、もし警察が僕らにまで話を聞きに来て、そこで校長の証言の食い違いが発覚すると、追い詰められるのは校長自身だ。いくら何でもそれじゃあリスクとの釣り合いが保てていない」

「そうか、確かにな……」


 それぞれの犯人説を一気に捲し立てていく遊羽。


 俺はそんな彼の話す内容を十分に理解しているとは言い難かった。

 それでも、言いたいことはなんとなくわかっている。つもりだ……。


「どちら共、犯人とは言い難いってことか……」

「そういうことだね。もし二人のうちどちらかが犯人とするのなら、それら障害を取り除かない限りは断定できない」

「じ、じゃあ……」


 俺は躊躇いがちに、できるだけ考えたくもない質問を口にする。


「玲たちなら、どうなんだ?」


 遊羽はしばし閉口すると、険しい顔のままゆっくりと開いた。


「正直、アリバイは訊いてみないとわからない。あとは動機だけれど、これも今のところはさっぱり。校長の話では被害者は以前にもこの町に来たことがあると言っていたけれど……。もしかすると、そことも何か関係があるのかもしれない」

「そ、そうか……。はは、そうだよな」


 なんだ……。あいつらに関してもまだ、そこまではっきりとしたことは見えていないんじゃないか。


 俺は遊羽の語ったそれぞれの見解に、とりあえずほっと胸を撫で下ろした。


「これからどうするよ。それぞれの問題点でも順に解消していくのか?」

「んー……」


 遊羽は悩んでいる様子だった。


 先ほど俺たちの中で犯人は学校関係者なのではないかと結論づけた。

 そしてそれぞれの問題点を挙げていき、それぞれが犯人だった場合の障害も明らかにしてみせた。

 あとはその障害を取っ払ってしまえばいいだけ……。


 だが、それもおそらく一筋縄ではいかないだろう。

 警察ですら未だ犯人逮捕に至っていないものを、子供二人に何ができるというのか。


 あいや、いやいやいや——。

 また俺はマイナスな方向ばかりに考えてしまっている。


 何を弱気になってるんだ。俺は考えるのは下手だけれど、気持ちだけは誰にも負けない自信がある。

 ——それに今は、隣に遊羽もいる。


 彼はこれまでにも、たくさんの意見を口にし、この事件の糸口を見つけ出してきたじゃないか。

 ——心配することはない。いつかきっと、犯人は見つかる。こんなことをしている時間にも、もしかしたらどっか別の場所で警察があっさりと犯人を逮捕しているかもしれない。

 だからこれは、単に警察が先か俺たちが先か、ただそれだけの違いなのだ。


 ——しかし、なぜだろう……。


 最初こそ遊羽のひらめきは常に驚きの連続で、こいつの推理力には底知れないものを感じていたというのに……。

 今の彼にはどうも、あの時の切れ味が薄れているように感じるのである。


 俺も偉そうなことが言えた義理じゃないのはわかってる。

 けれどどうしても、あの時ほどの冴えが、今の遊羽には感じられないのだ。

 うまく表現しづらいのだが、何と言うかこう……、見るべきものから故意か、あるいは無意識にか、目を逸らしているような気がしてならないのだ。


 俺は恐る恐る隣を歩く遊羽の顔を盗み見た。


 彼は顎に手を置いたまま、真面目な顔で地に視線を落としている。


 ——俺の考えすぎだろうか……。

 少し悪い考えばかりが浮かぶせいで、色々なことに神経質になり過ぎているのかもしれない。


 俺は降りしきる雨の中、ひときわ深い深呼吸をして、じっとりとした空気を肺いっぱいに取り込んだ。

 それを二、三回繰り返すと、気持ちも落ち着いてくるのがわかった。


「やっぱり、手紙を解読しないことにはダメなのかもしれない」


 黙り込んでいた遊羽が呟く。


 手紙——それはあの桜の下で発見した死体。そのそばへ置いてあった、あの手紙のことだ。


 『ココニ ダイサンノフクシュウハ トゲラレタ』


 今まで俺たちは散々この内容について検討し、そしてその(ことごと)くがハズレに帰した。


 この村で第一、第二の事件が起こった記録はない。

 そしてその後話し合った、第一と第二の事件は別の場所で行われたのではないか、という見解。

 しかし今東京で発生している連続殺人事件も、今回の事件とは関連性が薄いということで終結した。


 ダイサンノフクシュウ……。


 これが一体何を意味しているのか。

 もしも俺たちがこの事件を解くことができるとするならば、やはりここが一番の近道なのかもしれない——。


「ここに第三の復讐は遂げられた」


 遊羽が小さく手紙の内容を読み返す。


 ——ここに第三の復讐は遂げられた。


 そういえば以前遊羽は、この手紙が一体誰に当てたものなのか気にしていた。

 殺人を犯した犯人はわざわざ手紙を残した。そこには何かしらの意味が込められているはずだと……。


 ——ここに復讐は遂げられた。


 ——ここに、遂げられた。


 ——復讐は、遂げられた。


「何だか、誰かに報告しているみたいだな」

「え……?」


 何気なく呟いた俺の一言に、遊羽が過剰な反応を見せた。

 彼は俺に食らいつくかの如く、先ほどの言葉の意味を訊ねてくる。


「今の——、報告しているみたいってどういうこと?」

「いや、何となくな……。誰かはわからないけど、何だか特定の人に向けて、第三の復讐を報告しているみたいだなって思ってさ……」

「報告……、報告か……」


 それっきり遊羽はまた黙り込んでしまった。


 今の俺の何が、遊羽の興味を引いたのかはわからない。

 しかし、自分で言っておいて何だが、あまり自信のある意見でもなかった。


 確かに最初はそう聞こえだが、もう一度深く考えてみると、そうでもないような気がしてくるのである。


 俺はもう一度だけ、遊羽の顔をチラ見する。

 遊羽は気にしていないのか、あるいは単に気がついていないだけなのか、何も言わない。


 再び訪れる沈黙。

 学校から離れてそれなりに時間が経ち、雨は心なしか弱まっているように感じられる。


 その時、唐突に遊羽が口を開いた。


「なあ、桜季」

「なんだ?」

「玲が言っていた秘密基地、今から行ってみないか」

「秘密基地、ねえ……」


 確かに今日の朝礼の時、白雪里桜の話の中で玲がそんなことを口にしていた。

 俺が特別白雪里桜の話を避けていたのもあるが、秘密基地の存在は俺もその時初めて聞かされたものだった。


 俺がこの村へやってくる前、まだこの村に四人の子供がいたころの話。

 白雪里桜のためにこしらえたという秘密基地に、今から遊羽は行ってみないかと提案しているのである。


 ……。

 ………。

 …………は? 今から?


 俺は驚いて遊羽の顔をばっと振り返った。

 彼はいつもの真面目腐った顔でこちらを凝視している。


 本当に今から行くのか? 今、めっちゃ雨降ってるんですけど……。

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