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4.日常の終わり 1/3

「お白江しらえさんへ行ってきたまえよ。 鷹揚たかのぶ君」


 鷹揚たかのぶ燈理あかりあきらがかなり遅めの朝食を済ませた頃、ジンバがゴールデンレトリバーとラブラドールレトリバーを引き連れて居間へ入ってきた。


 この二頭、昨日の朝は散歩に行っていたらしく会うことはなかったが、昨夜戻ったときに玄関前で待機していた。 どうやら、ジンバは愛犬と一緒に日本に来ていたようなのだ。

 ジンバには、再三、犬だけで散歩に出してはいけないと注意しているのだが、彼には馬耳東風である。 今度、ジンバのお姉さんとコンタクトを取って言いつけてやろう、と鷹揚は心のトゥドゥリストに計画を書き込んだ。



 説明せねばなるまい!

 ジンバが言う、お白江さんは市内の白江寺の地元での愛称だ。

 宿場町の近くの小さな湖のほとりに城が立っていたことから、そのあたりは城江と呼ばれていたらしい。 湖の周りは湿地帯が広がっており、唯一の岩盤の上に城が建てられていた。 難攻不落であった城が兵糧攻めであっけなく焼け落ちた後、付近に戦没者を弔う観音堂が建てられ、しろえの読みに白江の字があてられた。

 と、ローカルな小学校教材の郷土史に掲載されている。



 さて、そこでは年二回、お彼岸の時期に縁日が開かれ、静糸駅からお寺まで出店が並ぶ。 土曜日である今日から一週間の開催となり、ハッピーマンデーを含む初日から三日間が一番出店の数が多くなる。


 もし、縁日に参加するなら、この三日間が良いだろう。


 なぜなら、平日は駅周辺の音楽イベントはないし、翌週の日曜日は最終日という事もあり、朝から半分片付けが始まってしまう。よって、縁日に参加しているのに、なにか物悲しい気分になるという稀有な体験をすることになる。


「そうですね。最近行ってないから、久しぶりにみんなで行きましょうか。 外ならナンもチャパティもいっしょに行けますよ。 今からなら午後のプログラムが始まる時間に着けそうですし」

「残念だが、俺は行けないのだよ。 よってアニマルズも参加できないのサ。 燈理あかりちゃんの付き添いでお役所に行かなければならないからな」

「私がこの穀潰しに付き合わされるのよ。 ムコウにも休日対応で手続きしてもらうんだから、もう少ししおらしくできないものかしら。 タカちゃん、コレを放り込んだらすぐに行くから、現地で待っててね」

「と、いうわけなのサ。 少し遅れるが、お参りはみんなでしようぜ。 お賽銭と線香はおごらせてもらうぞ。 その代わり、鷹揚君にはあきらちゃんをエスコートしてくれい!」

「エスコートの代金が、ずいぶん安いですね」

「何を言っているんだ。 君が襲っちゃうくらいかわいらしい子だよ? 本来なら対価をもらいたいくらいのトコを相殺してあげてるってわけだ!」

「昨日というか、今日というかの件は事故……ですよね?」


 確かに晶はきれいだ。 女性にしては大柄なのは燈理と同じだが、燈理と違い全体的に肉感的で色素が薄く、ジンバと同じ琥珀色の目に色の薄い金髪と、なぜ和名であるのか分からない容姿をしている。


 がるるるる……。

 ちなみにこの威嚇はアニマルズではない。彼女らは大変賢く、かつ、フレンドリーだ。

 威嚇しているのは燈理である。


「アカ姉、どうどう。 ほら、晶さんが引いてる……そうだ! アカ姉、役所まで乗せてってよ。 そこから歩いていくから」

「そうしたいのだけど……向こうから迎えが来るみたいなの。 だから、今回はタカちゃんを送って行けないのよね。 まったく、この穀潰し……面倒な仕事を増やさないでほしいわよ」

「じゃ、電車で行こうかな」

「バイクで行けばいいじゃないか。 晶ちゃんと行く! ドキドキタンデムで急接近! みたいな感じでさ」


 がるるるるるるる……。


「煽らないでくださいよ。 それに僕のイーハトーブじゃ二人乗りは無理ですよ? 法的にはオッケーですが、トレッキングモデルですから、やめときましょう」

「エッジのバイクがあるだろう? ほら、鍵もあるぞ」

「どこから鍵を持ってきたんです? また英司さんに怒られますよ? それにワルキューレルーンなんてもっと無理ですよ。 十八歳まで大型バイクの免許は取れないですからね」

「大丈夫! 君のガタイならバレない!」

「ジンバさん……そんな考えだから、こんな状況になってるんですよね……?」





 鷹揚と晶が出かけたあと。 ジンバと燈理はダイニングテーブルを挟んで向かい合っていた。

 ナンとチャパティの二頭は燈理の後ろでそれぞれ離れて寝そべっている。


「さて、話してもらおうかしら。 先ずは二つね。 なんで正規の入り口からコッチに来なかったのか? なぜ、事前の連絡がなかったのか?」

「言ったろう? 事が済んだら話すって、君のお母様にも許可は取ってあるんだよ」

「ええ、そうね。 でも、お母様に許可を取ってるのはアンタが急遽こちらに来るってことだけよね? 晶ちゃんのことは無かったわ。 もう一度言うわね。 どうやってコッチに来たのか、なぜ事前の連絡が無かったのか? それから、晶さんって何者? 事前連絡ではクルチャが来るはずだったわよね?」

「え~、め~ん~ど~い~」

「ふざけないで! 何かあってからでは遅いの! 何を企んでるの? アンタがアイツらと接触したのは分かってるの! 力ずくで答えさせてもいいのよ? ここでは私に勝てる人間はいないわ」

「燈理ちゃんさ、焦ってるよね? 早く合流したい? 鷹揚が心配だよね? あのダイナマイトボディに取られちゃ・う・か・も?」

「っ! ふざけ——」


 ジンバから燈理へ走る紫電。

 ジンバの手にはループ状の文字列がまとわりついている。


 燈理が右手でジンバの紫電を打ち払いつつ、イスを蹴り倒してリビングへ向かう。

 移動しながら、燈理は打ち払った手をそのままジンバへ向ける。

 その手はジンバと同じような文字列があるが、一度に流れる行数が圧倒的に多い。


「ぐ……」


 燈理が背中の激痛にのけぞり、膝をつく。

 燈理の右手の文字列は既に消えている。

 燈理を囲み、ジンバを頂点とした三角形。 残りの頂点に陣取る二頭からも紫電が走っている。


「確かに、コッチで君に勝てる生物はいないだろうサ。 俺一人じゃ君には絶対に勝てない……保証するよ。 だから、多勢に無勢に持ち込んだんだ。 君の敗因は、君が最強だったこと……かな。 では、おやすみなさい」


 ジンバからの紫電が燈理を貫いた。

 意識を失う直前、燈理はゴールデンレトリバーのナンと目が合った。 申し訳なさそうな彼女の目が印象的だった。


「タカちゃ……逃げ……」


 ジンバは体から煙を出して倒れる燈理を見下ろしている。 その顔は心の底から楽しそうだ。 あるいは悪戯を成功させた子供はこんな顔をするかもしれない。


「さて、邪魔者は片付いたゾ。 今回の計画で一番厄介なのは君だったけど、意識を奪えばコッチのものだ。 せいぜい利用させてもらうよ? はたして鷹揚君は君を助られるかな? う~ん! 悪役らしくなってきた! た・の・し~!」

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