第七話『指食い』
足元から生え出てくる無数の腕がシーラやヒューズの足を掴む。その腕は細く、すぐに折れそうな見た目にもかかわらず、その見た目からは想像もできない握力を持っていた。足が千切られそうなくらい掴まれるがヒューズもシーラも痛みを耐える。
「いやっ……」
シーナは足を掴まれている母のことを思い不安が膨らんでいく。ヒューズはすかさず自分を掴む腕を斬るがまた無数の腕がヒューズを掴みにかかり、シーラの方へ行くことができない。
そんな中、五本の指が落ちている地面から大きく汚い口が現れた。その口は落ち葉と土とともに五本の指を飲み込み
「いい叫びだった。この指も小ぶりで美味である。やはり食うのは少女の指に限る」
「趣味が悪い」
地面から這い出た口はそのように仮面の少年に告げると同時に少年は本心を囁いた。
「だが契約は不成立だ。そこに【騎士王】がいる。うぬたちが去る時間だけはかせいでやる」
「なんだと。話が違う。契約違反だ」
「何を言っている。契約違反かどうか決めるのは我らだ。時間だけはかせいでやると言っている。うぬらでは騎士王からは逃げれんぞ」
「待て!!」
仮面の言葉は聞かずその口はまた地面の中へ入っていく。
「逃がさんぞ」
ノストラルの声のする方を仮面の少年は向く。さっきまで無数にあった腕は一つもなく、シーナやヒューズ、シーラは解放されていた。
「この短時間で全ての腕を……」
仮面の少年は少女を抱え、山脈の方へ走り出す。それをノストラルが追おうとした時、今度はさっきよりも大きな口がシーナたち三人の足元から飛び出した。そのまま三人を飲もうとする口をノストラルは細切りにし、なんとか三人を救い出す。
だが、もうさっきの二人の姿はなく、気配も消えていた。
「これはやられたわい」
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〈ヒューズ視点〉
ヒューズたち四人は森から無事に帰宅した。シーナとシーラは今日の出来事の疲れからかすぐに寝てしまい、ノストラルはワグルテの死体を運ぶため、ハミルやベントを連れ、もう一度森に入って行った。
最後に出てきた化け物、あれは神級魔物【指食い】。限りなく禁忌級に近い神級上の魔物であり、魔物というより神や悪魔に近い存在だということをノストラルから聞いた。そのような高位の魔物は人と契約を行い、【指食い】は契約内容に指を食わせることを要求する。そのためその名がついた。自己中心的で非道な魔物だ。
今回、あの仮面たちは何を目的にヒューズらを襲ったのか分からない。ただ、ヒューズにはどうすることもできなかったのは事実だ。大嫌いな父親から何度も何度も言われた屈辱的な言葉が蘇る。
「おまえは弱すぎる」「オルスタルの人間であることを忘れるな」「そんな弱さで生きていけると思っているのか?」「そんな強さでは誰も守ることはできない」
聞き飽きたような言葉のはずなのに、今自分に何度も突き刺さる。
「くっそ……」
もう暗くなった夜空を見上げるが星は一つもない。ただ闇が広がっているだけだ。自分の目から一滴の滴がこぼれる。上を向いて溢れないようにしても溢れ出てくる滴は頬を伝って地面に落ちる。
あの父親は間違ったことを言っていない。ヒューズは弱かった。いや、間違っていないことは知っていた。ただ、憎んでいる父親が言っていることを聞き入れたくなかった。それなのに、今回の出来事で認めざるをえなくなった。それが一番悔しい。
「くっそぉ……」
「ヒューズ」
優しい声で名前が呼ばれる。涙を拭き、振り返る。そこにいたのはシーラだった。
「あなたは立派だったわ。私はヒューズがあんなに強かったことを知らなかった。あなたは強いわ」
ヒューズの心を見透かしたかのようにシーラはヒューズを抱きしめる。ただただ優しく、生まれたての子を抱きしめるようにシーラはヒューズの背中に手を回す。
「私は怖くて何もできなかった。でもあなたはシーナや私を守るために魔物に立ち向かおうとしたじゃない。あなたは勇敢だった。自信を持って。いつの時代も人を守るために勇敢でいられる人が一番強いんだから」
「母さん……。僕は……なれるかな…?」
「なれるわ」
「……爺ちゃんみたいに…強くて勇敢な人間になれるかな…」
「きっとなれる。ヒューズなら」
シーラはそう言いながらヒューズを強く抱きしめる。ヒューズはその腕の中でただひたすらに涙を流した。一生分の涙を。そしてこれからヒューズが出会う人の分の涙を。
ーー強くあろう。これから自分の前では誰も泣かせない。ここでなると誓おう。母さんやシーナ、他のみんなも守れる強くて、勇敢な人間に。
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〈仮面視点〉
仮面はフィルメールの体を抱えながらキャンプ地へと戻ってきた。そこにいたのは仮面と同様にさまざまな仮面をつけた人間。
「ホールとフィルメールが帰ってきたぞ!!」
笑ったような仮面をつけた男性が皆にホールとフィルメールの帰宅を伝える。
「偵察はどうじゃった?」
「フィルメールはもう寝てしまったのか?」
「ほっほっほ。偵察中に眠るとは困った子じゃな」
このキャンプ地にいるのはある村からの遠征部隊。年齢の幅は広く一番高齢は老婆の一人ーートンボ。三百七歳。最年少はフィルメールの五歳だった。彼らの村は特殊であり、村を仕切る長からの命令で、ある任務を遂行中である。その任務とはある少女を殺すこと。
特殊な環境に育ち、ホールも小さい頃からたくさんの訓練を受けてきた。
「おまえたちノストラルと交戦したな?」
ホールの方に駆け寄り、威圧する男。それこそ村長であるブライドだった。年齢不詳。その他経歴も不明。ホールが子供の頃から村長をし、見た目も一切変わらない。不気味な男だった。
「すみません。不意打ちならなんとかなると……。フィルメールの【指食い】との契約もありましたし」
「【指食い】をあてにするな。あいつは自分勝手すぎる。まともに契約できた試しがない」
ブライドの苛立ちは募る。
「フィルメールの手を出せ」
ブライドの高圧的な命令に従い、痛みで気絶してしまっているフィルメールの手を差し出す。ブライドはフィルメールの手の包帯を外し、傷口に手を当てる。その瞬間無くなったはずの指が生えてくるのをホールたちは目にする。極級、神級相当の回復魔法だ。
「誰がこんな子供を偵察に向かわせた?」
「わしじゃ。こやつらにも少し経験を積ませてやろうと思ってな」
返事をしたのは最高齢の老婆、トンボだった。
「あぁ。そうか、トンボ。その判断でホールとフィルメールを失う所だった。分かっているのか?」
「もう少し指導が必要だったのは認めよう。じゃがこやつらにも経験が必要だ」
「いいか?トンボ、今回の件はあの方、直々のものだ。あれを殺さなければ世界が滅ぶとあの方は言われた」
「あの方とは……」
ブライドはトンボの首に手をやり、体を持ち上げる。
「うっ……」
「おまえが知る必要はない」
トンボの苦しむ声が皆を恐怖させる。ぐきっという首の折れた音と共にトンボの腕や足は動きを止め、宙ぶらりんになった。
「トンボ、おまえは子供の時から賢い奴だった。ここで殺すのももったいないからこれで勘弁してやる。ただ、次失敗したらおまえとここにいる奴らの命で【狂神】と契約する。俺は仲間が死ぬのが嫌いなんだ。だがな、無駄死にさせるくらいなら有効的にその命を使う」
ブライドがそう演説した直後、トンボは息を吹き返し腕や足がまた動き出す。バタバタと不細工に動く手足。それが何度かブライドの体に当たる。ブライドはトンボの体を放り投げると小言を言いながら自分のテントへ帰っていった。
「お主は昔から言うだけじゃ。お主は何一つ決断する勇気を持たん」
そのブライドの背中にトンボはそう語りかけた。
ノストラルと【指食い】が本気で戦ったらあと一歩の差で【指食い】が負けると思われます。【指食い】が弱いわけではありません。神級上魔物など本来人が戦うようなものではないのです。
つまり何が言いたいのかと言うとノストラルが強すぎる。




