第六話『仮面』
シーナが目を開けるとまだそこは森の中だった。荒い息が聞こえる。体がグラグラと動く。シーナは状況が理解できないでいた。
シーラが自分を抱えて走っている。横にはヒューズとノストラルの二人が剣を握り、シーラとシーナを守るように挟みながら走る。
「え……。これは一体……?」
シーナは疑問を口にする。
「起きたか。シーナ、大丈夫だからそのまま母さんに捕まってて」
ヒューズの優しい声には疲れが見えていた。一体いつから走っているのだろうか、自分はどれくらい寝ていたのかそんな疑問がシーナの頭に次々と湧いて出てくる。
「止まるんじゃ!」
ノストラルの声と共に三人は走るのをやめ、そこに立ち止まる。
「さすが【騎士王】。素早い判断に、的確な指示。私たちの存在にいつからお気づきに?」
四人の目の前に仮面をつけた人間が姿を現した。
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〈ノストラル視点〉時間帯、ワグルテ遭遇以前
ノストラルはシーナとシーラ、ヒューズを連れ森を進む。ヒューズは強くなっている。ワグルテごときには負けることはない。そうノストラルは確信していた。
そんな中、森に入ってから少し違和感を覚える。落ち葉と土が踏まれた後。
「少し土と落ち葉を確認しよう。ワグルテの居場所を特定するためにじゃ」
ワグルテは水辺の近くにいる。この先にある小さな池にも数体いることはノストラルは分かっている。想定外の事が起きていることをシーナやシーラに勘づかれないようにするための配慮だった。
落ち葉がやはり何者かから踏まれている。魔物ではない。そう分かるのは足跡を隠した形跡があるからである。土の方の足跡は一切分からない程に隠されているのに対し落ち葉の隠し方が甘く隠しきれていない。
ーー誘われているのか?わざと隠していない?
ここ数日転移でこの村に入ったのは三人のみ。孫たちとシーラ。つまりこの足跡の主は村の者でもない。村の者ならもっと上手く隠すことが可能だ。山脈を超えてきたのか、あるいは転移陣なしでの転移魔法か。後者なら相当の腕前の魔術師。ノストラルは最悪の事態を想定する。
そのまま池に到着するまで土と落ち葉を何度か確認するもやはり落ち葉だけ隠しきれていない。
気にしすぎてもよくない。
だが異変は起こる。異変が起こったのはヒューズがワグルテを倒した時だった。
水面が揺れる。本来ワグルテは非常に臆病な性格。敵が逃げるまで池に潜ったままいるような魔物だ。それなのに複数体のワグルテが池から出てこようとしていた。何者かが明らかにワグルテを操っている。
「シーナちゃん、ヒューズ、シーラさん目をつぶっとれ。目を開けても池の方は見んように」
三人にそう告げノストラルは池の方へ向かう。剣を片手にワグルテの首を落としていく。抵抗する暇は与えない。気がつけばそこは血溜まりとなり、池は赤く染まっていた。
「よし。三人とも目を開けて池の方は見ずにかえるぞ」
こちらを監視するような視線を感じながらノストラルらは池を後にする。ちょうどシーナが眠ったためノストラルはヒューズとシーラに状況を伝えていく。
「シーナちゃんは眠ったか?」
「どうしたんでしょうか?疲れたのかな?」
「よく聞いておいてくれ。何者かがこの森にいる」
「爺ちゃんどういうこと?」
「落ち葉に踏まれたような跡があった。それにさっきの池で複数体のワグルテを操ってわしらを襲わせようとしたのも其奴らの可能性がある」
「狙われてるってこと?」
「そうじゃな。なぜかはわからん。早くこの森から出たほうがいい。シーラさんは走れるか?」
「はい」
「行くぞ」
三人は森の中を走る。それと同時に背後に感じていた視線もついてくるのを感じる。ワグルテを操れる魔術師となると上級以上。だがノストラルが負けるような相手ではない。
「何かあればわしがなんとかする」
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〈三人称 シーナ視点〉 時間 仮面との遭遇時
「さすが【騎士王】。素早い判断に、的確な指示。僕たちの存在にいつからお気づきに?」
「落ち葉の隠し方が雑じゃったぞ」
ノストラルは仮面に剣を向けそう答えた。その仮面をつけた少年は見た目十代そこらの子供だった。シーナは今の状況を飲み込めない。知らない人間がノストラルと話している。
「ふふっ。そうでしたか。失礼。葉っぱとはあまり馴染みがなくて」
仮面は腰につけた短剣を取り、攻撃の体制をとった。ノストラルと仮面との間に緊迫した空気が流れる。そこだけ時間がゆっくりと流れているようだ。シーナは息を呑みシーラに抱きつき、目を閉じる。
静寂。風が森を通る音だけが聞こえ、それ以外は何も感じない。そんな中ザッと地面を蹴るような音。それと同時にキンッという金属音が聞こえる。ノストラルと仮面が戦っているのだ。だがその音に違和感を感じて目を開け、振り返る。そうするとシーナの目には想像できない映像が流れ込む。
たしかに仮面の剣をノストラルは受けていた。だが明らかに仮面の剣はノストラルを狙ったものではない。さっきまで数メートル前にあったノストラルの背中がシーナの目の前にある。明らかに仮面はシーナを狙っていた。その攻撃をノストラルが剣で受けたのだ。
ノストラルは仮面の剣を払いのけ、攻撃を仕掛ける。それと同時に仮面は地面を蹴り後ろへ下がる。
「やはり私では相手になりません」
「なぜシーナちゃんを狙った?」
ノストラルからは怒りの声が漏れる。自分ではなく愛する孫娘を狙った仮面にもうノストラルは容赦しない。
怒涛の攻撃。仮面はそれをギリギリで受けるも、ノストラルの横蹴りが脇腹に直撃する。
「くっ……」
悲痛な声をもらしながら仮面は森を転がっていく。圧倒的な力の差。ノストラルと仮面では強さに天と地の差がある。
「さすがにこれ以上ノストラルの相手はできません。やっぱり無理でした。確認だけで済ませておけばよかった」
「何を言っておる?」
仮面の独り言にノストラルは問いかける。だが仮面はその問いかけには答えず、
「フィルメール!!」
「もう一人おったのか」
仮面がそう名前を呼ぶと大木の上から一人の少女が落ちてくる。ニコっとした仮面をつけた少女はさっきの少年よりももっと幼い。ほぼシーナと変わらないほどの年齢。その少女は短剣を持ち、そして……自分の指を切り落とした。
切れた指は地面に落ち、少女の手からは血が流れ出る。
「……っ」
仮面の内側から悲痛な声が漏れる。だが少女の手は止まらない。また少女は一本、一本と指を切り落としていく。シーナもヒューズもシーラも、その光景に頭がおかしそうになる。気持ち悪く吐き気が出そうなそんな狂気じみた光景。
「ぎゃぁぁあ」
そんな叫びとともに少女は四本の指を全て切り落とした。最後の一本に短剣を押し当てる。
「やめんか!」
ノストラルの声も届かず、少女は五本全ての指を切り落とす。血のついた小さな指が五本、落ち葉の上に置かれている。
「くっ……」
声にもならない叫びがその場にいた四人の心を掻き乱す。四人には何が起こっているのかすらわからない。その時、仮面の少年が言葉を発した。
「【指食い】よ。望んでいた少女の叫びと指五本だ。来い!」
仮面がそう告げた直後、シーナたちの足元に無数の腕が生え出てきた。




