第五十一話『師匠と弟子2』
時は少し戻り、魔獣災害始まりから2日の夜。
「師匠を止めないと!」
シーナは暗闇に消えていく師匠を追っていた。まだ自分との特訓をやめた理由を聞いていない。確かめたい。
「師匠!」
シーナが叫ぶと誰かから口を押さえられる。
「バカが!なんで着いて来た?どういう状況かわかってるのか?」
そこにいたのは師匠だった。怖い顔をしてシーナを見ていた。
「師匠こそ!黙ってどっかに……。また黙ってどっかに行こうとして!」
師匠はため息をついて、呆れていた。
「どこにも行かない。少し東区を見て来るだけだ。朝には戻る」
「休憩もとらずに……。死んじゃいますよ!」
「魔術師は睡眠も食事も取らなくても魔法でなんとかなる。大丈夫だ。心配かけたな。一緒に戻ろう。明日、全部話す。知りたいんだろ?」
その言葉を聞いてモヤモヤが少し晴れた。
「いいんですか?」
「黙っていたのが悪いんだ。話すよ」
シーナは師匠の手を握り、南区の方へと歩き始める。そんな時、
「た……て」
「へ?」
「どうした?シーナ」
「何か聞こえませんか?」
「たす……て」
「子供の声だ!シーナ、仕方がないから着いてこい」
「はい!」
シーナと師匠は一瞬のうちにそこから消え、ある家の屋根の上にいた。
「今のは?転移ですか?」
「高速移動魔法『風の導き』。現代魔法で一番魔力効率のいい移動魔法だ」
「魔力効率がいいってことは魔力効率を無視すればもっと速い魔法もあるってことですか?」
「あぁ。だが魔力消費が異常で使い物には……。おまえなら使えるだろうな……」
「子供の声は?」
「たすけて」
「この下だ。行くぞ」
シーナは師匠と共に屋根から下り、廃墟の中に入っていく。
「なんでこんな所に子供が……」
「気をつけろ。不自然だ」
「はい。あんな声を出していて魔獣がよって来ない」
「それもそうだが魔力感知で子供が見つからない……。いや……」
シーナと師匠の前に子供のシルエットが現れる。だがシーナと師匠は一歩引き、距離を取る。
「シーナ」
「はい。魔石が5つ……。子供型の魔獣……。逃げましょう師匠!」
首の折れ曲がった死体のような子供の魔獣が2人の前に姿を現す。見た目とは真逆のかわいい声で「たすけて」と口にしていた。
「魔石5つはやばいです。一つでもあんな強かったのに」
シーナがそう口にした瞬間、2人に衝撃波がとぶ。シーナは目を瞑り、師匠の手をしっかりと掴んだ。
何かがぶつかる音がしてシーナは目を開ける。師匠は平然と立っていて、魔獣の攻撃をいなしていた。2人の前には巨大な防御魔法がはられている。
「ここで始末しておかないと騎士に死人が出るな」
師匠は杖を魔獣に向け、数発魔法を放つ。煙が上がり、それが晴れた時、まだ魔獣は立っていた。
「効いてない……。師匠!やっぱり逃げましょう!他の魔獣も寄ってくるかも!」
「分かった。早めに終わらそう。あまり使いたくはないんだが……」
師匠はそういうと杖をもう一度魔獣に向ける。その白い杖から黒いモヤのような物が一筋出てくるのをシーナは見た。ゆらゆらと黒いモヤは魔獣へと近づいていく。
「師匠、何をしているんですか?」
「禁忌級魔法『消滅の霧』」
黒いモヤは少しだけ広がり、魔獣を覆う。そのモヤが消えてなくなると同時に魔獣も消えていた。
「魔術師の使う魔法で最高峰とされているのは神級だ。だがそれは魔力効率、つまり魔力消費量と効果の総合評価で決まる。さっきも言ったように魔力消費量を完全に無視した効果だけに焦点を当てた使い物にならない魔法が存在する。それは全て禁忌級に位置付けられ、ほとんどの魔術師は使わないし、使えない」
「今のも?」
「『消滅の霧』は禁忌級の中でもずば抜けて魔力効率が悪い。魔力消費が大きすぎるんだ。だがそれだけ効果も絶大。触れたものは何一つ残らない」
「怖いですね」
「安心しろ。まともに使える魔術師なんていないし、おまえでも常用してればいつかは魔力切れを起こす」
「私がですか?」
「たぶん……」
師匠は自信無さげに答えた。2人はもう一度屋根の上に上り、魔獣から身を隠す。
「戻らないんですか?」
「少し疲れた。魔力を消費しすぎたんだ」
「さっきの『消滅の霧』ですか?ほんの少ししか使ってませんでしたけど」
「魔力効率は本当に最悪だな。急に大量の魔力を使いすぎると目眩が起こったりする。おまえには関係ない話だろうが覚えておけ。少し休憩しよう」
師匠は屋根の上に寝っ転がり、空を見上げた。
「あの日もこんな空だった」
「へ?なんの話ですか?」
「俺の話だ。俺の家族の話……」
師匠ーーウェス・ミルダルは星の瞬く空を見上げ、追憶を始める。




