第五十話『師匠と弟子』
「師匠のバカ……。なんで」
シーナは石を蹴りながらシーラたちの待つ宿へ帰っていた。心にまだつっかかりがある。なぜ師匠は嘘をついて自分との魔法の特訓をやめたのか。理由はいくつか思いついたが……。
「やっぱり……私と特訓したくなかったんだろうな」
シーナはシーラの待つ宿に到着した。辛い感情は隠そうと思った。この魔獣災害が起こってから約2日。多くの辛い体験をした。それもなんとか自分の中で押し殺し、人の前では自然に振る舞いたい。
「シーナおかえり」
「ただいま、母様」
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「西区の避難者の受け入れは引き受けました。でもまさかあなたが……」
「それじゃ」
髭を生やした魔法使いでありシーナの元師匠はその場を後にする。ネントはそれを止め、ある提案をする。
「元宮廷魔法使い、ウェス・ミルダル。あなたがいれば防衛も楽になる。今、第二騎士部隊の隊員と一般騎士で防衛してますが限界が……」
「俺は夜には東区へ向かう。まだ避難遅れの人がいるかもしれない。現宮廷魔法使いに頼め」
「今宮廷魔法使いは城下街の回復魔法にあたっていて動けない状況です」
師匠ーーウェス・ミルダルは少し考えるがネントの提案を断り、その部屋を出ていった。ネントもそれを追いかける。
「なぜですか?」
「分かった。少し東区を見てくるだけだ。すぐに帰って南区の防衛もする。それでいいだろ?」
「ありがとうございます」
ウェスは東区に向かって行った。
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シーナは三尾のサンちゃん、シーラと共に眠っていた。うまく寝付けない。宿が足りないせいで多くの人は外で寝ている人も多い。シーナたちは特別に宿の宿泊を許してもらっていた。主な理由はシーナの活躍で避難民の皆が宿で休むよう勧めたからだ。
「やっぱり寝れない……」
「みゃー」
「サンちゃんも寝れないんですか?少し外に行ってきます」
「みゃー」
シーナはシーラを起こさないようにゆっくり起き上がり、外に出る。気温はちょうどいい。これなら外でも過ごせそうだ。
そんな時、シーナは1人の男を見かける。
「師匠……」
ウェスは角を曲がり、姿が消える。シーナは師匠に確認したかった。自分と特訓を続けたくなかったのか。もしそうならなぜなのか。
「追いかけないと……」
シーナは角を曲がり、師匠を探す。だが見失った。
「師匠……どこ?」
「あの魔術師探してんのか?」
シーナの背後からエドが現れ、そう尋ねた。
「はい、どこに行ったか知ってますか?」
「東区の方に行ったの見たけどな」
「ありがとうございます。エドさん」
シーナは急いで東区方面に向かった。すると師匠の姿を確認する。だが……
「なんで東区へ入って……」
ウェスは南区を出て東区へと足を踏み入れた。どんどん師匠が遠ざかっていく。
「どうしよ」
大声を出して呼べない。魔獣が来るかもしれないからだ。だがこのまま見ていてはまた自分から離れていく気がした。
「どうしよう」
シーナは焦り、勇気を振り絞って踏み出した。東区に入った師匠を追いかけていく。
その判断で自分がどれほどの危険に晒されることになるのか、それはまだシーナには分かっていなかった。
ーーーーーー
翌朝
「シーナ、シーナを見ていませんか?」
「いや、見てない。シーナちゃんいなくなったのか?」
シーラは焦り、そこら中を探し回るがシーナの姿は見えない。
「皆さん緊急事態ですので注目してください」
騎士たちが呼びかけ、避難民たちが騎士たちへと注目する。
「こんな時に……」
シーラは焦りがやまない。
「シーラさん……」
「カーラ、シーナは見つかった?」
「いいえ、どこにも」
そんなシーラとカーラにさらなる絶望が押し寄せる。
「南区後方は今後崩壊の危険性があります。皆さん全員今から城下街へ。騎士たちが護衛を……」
「待ってください!まだ娘が!」
「母さん……シーナがどうしたの?」
そこにいたのはヒューズだった。
「ヒューズ!シーナが朝からいないの!」
「シーナが……」
「なんで!」
ヒューズの背後からヒーラが現れる。そしてヒーラの呼びかけで皆でシーナを探すことになる。
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「見つかんねぇぞ」
ヤスも協力してシーナを探したが見つからない。
「あいつ……なんでこんな時に」
ヒーラは苛立ちながら魔力感知も使いながら探していた。
「ヒーラ、シーナは見つからなさそう?」
「たぶんあいつこの南区にはいないと思います」
「そんな……」
シーラは膝から崩れ落ち、泣き叫ぶ。そんなシーラにカーラは近づき、一撃腹にいれ、気絶させた。
「あ……カーラさん?」
「これ以上は……。南区からの避難もしないといけません。お嬢様の捜索はヒューズ様にお任せしても」
「分かりました。母さんをよろしくお願いします」
「はい」
カーラはシーラを抱えて騎士たちと共に避難を開始する。
「ちょっといいか?」
そこに和装をした男が現れる。
「冒険者のエドっていう」
「ヒューズです」
「おまえの妹はたぶん魔法使いのおっさんを追って東区に向かった」
「どういうことですか?」
エドは昨日の夜のことをヒューズとヒーラに話した。
「それならシーナは東区にいるかもしれない」
「私もついていきます」
「ヒーラ・レイス!おまえはダメだ。避難民の護衛はおまえが要だ。おまえが抜ければ」
「そんなの関係ない。私は私が大事な人が無事でいればそれでいい。正直見ず知らずの他人まで助ける余裕は今はないの」
「ヒーラ・レイス!ダメだ」
「余裕があればできるだけ助けようとは思う。でも…でも今は私の友達が危険なのかもしれない」
「ヒーラ、その子はもう死んでいるかも」
第二騎士部隊副隊長ミスはヒーラにそう言おうとした時、首にヒーラの剣が向けられる。
「ふざけるな」
そこには緊張が走った。第二騎士部隊副隊長だとしてもヒーラは殺せるかもしれないからだ。そんな時、ヒューズが止めに入る。止め方は分かっていた。
「ヒーラ、僕が1人で探しに行く。僕を信じられないなら一緒に来て欲しい」
「え……」
「信じられないかな?」
ヒューズはヒーラの気持ちに気づいていない訳ではなかった。むしろよく分かっていた。だからこそうまくその気持ちを使った。
「し、信じれます。でも……」
「なら俺も付いてく。それでいいだろ」
和国出身の冒険者エドは2本の刀を腰に下げヒーラにそう言った。ヒーラは弱くうなづき、避難民の方へと向かう。
「あの頑固な女、よく説得できたな」
エドはヒューズに小さな声で囁いた。
「僕は性格が悪いんです。あの子の気持ちも全て裏切っている……」
「よくわかんねぇな」
エドとヒューズは心を決め、東区へと向かう。目的はシーナの捜索。




